第6話 司書リリア②
「ふんっ、レイブンなんか、知らないんだから!」
私は、あのまま、殺されたのか……。
体が痺れるようなあの症状――毒を盛られたか?
しかし、どこで……?
「ラウア……待ちなさい!」
私は彼女の手を掴み、引き止めた。
「なによ、レイブンなんか嫌い!」
「私は、お前が大好きだ!」
「うぐっ……不意打ちとは、卑怯だぞ……」
ラウアは、なぜな悶え苦しんでいる。
さて、謎が深まるばかりだが……まずは狐女房の情報を得よう。
そうすれば、こんなところからさっさと逃げればいい。
「リリア殿……少しよろしいですか?」
背後に立つ彼女に向き直る。
「えっ……わたくし、名乗りましたか?」
「ああ、前世でな……」
「前世……ですか?
なかなか神秘的なお話ですね……」
彼女はあからさまに私を警戒している。
「レイブン……ナンパか?
ウチというものがありながら!」
ラウアは私の腕の中で、喉を鳴らしている。
「リリア殿……この子は狐女房だ」
「えっ!?」
「んなっ!?」
リリアとラウアが同時に叫ぶ。
どうせ謎だらけなんだ。
いっそのこと、こちらの事情をすべて話して情報を得てやろう。
「レイブン、その話は……」
私はラウアの口を塞ぎ、リリア殿にすべてを打ち明ける。
リリア殿はその間、瞬きすらしなかった。
「なるほど……やはり……」
「やはり?」
「すみません。わたくしの眼鏡……魔道具なんです。彼女から、不自然なマナが漏れていましたので……」
「魔道具……」
理を乱す遺物か。
一司書がそんな大層なものをどうして?
「まどうぐ?」
ラウアには聞き馴染みの無いものだろう。
「わたくしへの不信感が表情に出ていますよ。
魔道具は父の形見です。私の父は考古学者でしたので……」
リリア殿は私の心を見透かすように、微笑む。
「なるほど……それで、私たちを助けてくれるのかな?」
彼女はわずかに視線を泳がせ、私と目が合う。
「わかりました。閉館後、私の家に来てください……住所は記載しています」
リリア殿はそれだけ告げると、紙切れを手渡してきた。
――図書館を出た後、ラウアが攫われることも、私が殺されることもなかった。
とするならば……あの司書はラウアの誘拐に絡んでいる可能性が高い。
✦
閉館後、指定された民家を訪ねた。
苔むした赤レンガでできた、小さな建物。
中から子どもたちの笑い声が響く。
「どうぞ……」
私たちが来るタイミングを見計らっていたかのように、リリア殿が出迎える。
「ここは……?」
「父は生前、考古学者である片手間に、世界中から身寄りのない子どもたちを引き取っていたので」
「……リリア殿も孤児だったのかね?」
彼女は小さく頷いた。
「母親はいるのかい?」
「以前は、母もいましたが、数年前に父の後を追うよに病に伏して……そのまま……」
「そうか……それは、お気の毒に……」
「レイブン……」
リリアが不安そうに俺を見上げている。
リリア殿は顔を上げた。
その茶色の瞳には、ラウアの姿が反射している。
「みんな〜ラウアお姉ちゃんが遊んでくれるって〜!」
「「わ〜い!」」
リリア殿が叫ぶと、部屋の奥にいた子どもたちが、ラウアに群がる。
「んぎゃぁぁぁ! こら、やめろ〜!
レイブン……お助け〜」
子どもたちがラウアに群がり、
そのまま部屋の奥に引きずられていった。
「南無三……」
「レイブン様は……東の出なのですか?」
「いや……私は王都生まれですよ。母がね……」
「なるほど、それで綺麗な黒髪をしているんですね」
「リリア殿、世間話はこれぐらいにしましょう」
「そうですね……
狐女房についてですね……実は、わたくし、狐女房を見たことがあるんです」
「なんと……その眼鏡のおかげですかな?」
「はい……レイブン様もご存知の通り、
狐女房は雌しかいません。人間の男性と子を成して種を反映させます」
「ああ……」
ここまでは文献にも記載があった。
「しかし、ラウアさんはマナの流れが少し異質です。他の狐女房とは異なります。そこの部分が忌み子としての所以なのではないでしょうか」
「なるほど……確かに狐女房の中でも、例外なのは確かなようだ」
「はい……私がわかるのは以上になります」
もったいぶってた割には、情報が少ない。
わざわざ、自宅に招いてまで伝えるほどのことでもないだろうに。
「……なにか、要求があるのだろう?」
「レイブン様……鋭いですね……」
リリア殿は一呼吸おく。
「レイブン様は、立ち振舞から貴族の家の出とお見受けします。ラウアさんを返してほしければ、金貨十万枚用意してください。さもなくば、彼女自身を売り払います」
……やはり、彼女が黒幕か。
ラウアが攫われた者も、ここの家の出の者なのだろう。
「なるほど……それは、子どもたちの生活の維持のためですか?」
「はい、私のせいで母は出て行きました……だから、私がみんなを養わなければ……」
「……ん、先ほど病に伏したと言わなかったか?」
「似たようなものです……」
なるほど……大体の全容は掴めた。
「リリア殿……お金をあげたいのは山々だが、私は既に貴族の爵位を捨てたんだ」
もし、金貨でラウアが助かるなら、それに越したことはないが……今更、どの面下げて家に戻ればいい?
「……お金が無くて苦しんでいる人が大勢いるのに、贅沢な人ですね!」
彼女は明らかな嫌悪感を私に向けている。
握りしめた拳が、震えていた。
世の中、金がすべてではない……
だが、お金があれば大概の問題はどうにかなる。
だからこそ、私は彼女の捨てきれない部分に賭けることにした。
「リリア殿……君の母親は狐女房ではないのかな?」
彼女の瞳孔が開く。
――この子は分かりやすいな。
「どうして、そう思うのですか?」
リリア殿の声が上ずっていた。
「簡単な推測だ。君は狐女房を見たことがあると、しかも、ラウアを他の種と異なるとまで言い切った。
ラウアの方を異質と言い切るほどには、君は狐女房を複数見ているはずだ」
「そ、それがどうしたのですか?」
リリア殿は明らかに動揺していた。
「狐女房は正体を見破られると、人里から離れていく……君は父の遺産で魔道具を受け取り、母親とその実子たちの正体を見破ってしまった……そして、母親たちは出ていった」
リリア殿の体が揺れる、かけていた眼鏡がズレるほどに。
「そうよ!
だから、私のせいでお母さんも出ていった!
なら、残された子どもたちは誰が養うというのよ!」
リリア殿は泣いていた。
――罪悪感と責任感によるものだろう。
「だからって、他の子たちと結託して、人攫いで生計を立てるのはいかがなものかと……君が攫った人たちの中で、家族がいる者だっていたはず。
君たちと同じ思いを他人にも強いるのかい?」
「うるさい! うるさい! うるさい!
こうするしかなかったのよ!
なら、私たちはどうやって生きていけばいいの?
司書の稼ぎ程度では、この子たち全員は養えないわ!」
彼女の口から咳をきったように、言葉が溢れてきた。
「私たちも協力するから、一緒に考えよう!」
私は彼女に向けて、手を差し伸べた。
「レイブン様……」
リリア殿は眼鏡を一度外し、涙を拭う。
――やがて、諦めたように息を吐いた。
「はぁ……わかりました。
みんな、ラウアちゃんを解放して」
リリアが部屋の奥に向かって、諦めたように叫ぶ。
子どもと何人かの青年に連れられ、ラウアが連れてこられた。
「うわぁぁぁん。いつまで、衛兵ごっこをするんだ! いい加減、解放してくれぇ!」
ラウアは幸いにも状況を理解していない。
「ふふっ……本当に不思議ね。彼女は、狐女房として正体がバレても、レイブン様のお傍に居続けたのですよね?」
「ああ……」
「それほどレイブン様が魅力ということでしょうか?」
リリア殿はこれまでにない笑顔を見せる。
「どうだろうな」
今はラウアを――そして、リリア殿の心を救えたことを喜ぼう……これから、問題が山積みだが……。
「お二人とも……少しよろしいですか?」
リリア殿に連れられるまま外に出た。
外はすっかり暗くなり――町の街灯が弱々しく明滅している。
「……ごめんなさい」
そう言って、リリア殿が突然、倒れた。
彼女の手から細い針のようなものが、こぼれ落ちる。
「おい、なにを!? まさか……毒か!」
前回、私が盛られた毒と症状が似ている。
「レイブン様に言われて気づきました……私は今まで、見て見ぬふりをしていました。
私のせいで、同じ境遇の孤児や残された家族もいたはず……私は、償わなければなりません。
それに……私が死ねば、ギルドからの保険が降ります。それで当分は……あの子たちは生活に困らないでしょう」
彼女の手を握るが、徐々に力が失われていく。
「私が一緒に考えると言ったではないか!
どうして、こんな早まった真似を!」
「お姉ちゃん……死んじゃうの?」
ラウアが泣いている。
「何も死ななくても……そうだ、魔道具のその眼鏡を売れば、大金になるじゃないか!」
「これは……父の大切な形見ですから……」
リリアはズレた眼鏡を震える手で整えた。
「リリア殿……お金がすべてなんて、大嘘ではないか!」
「ふふ……」
彼女は、柔らかい笑みを残し、動かなくなった。
サイズの合っていない眼鏡が、ゆっくりとずれ落ちた。
「お、お姉ちゃん!」
ラウアは動かなくなったリリア殿に縋り付くように泣いていた。
「ラウア大丈夫だ……また、やり直せばいい……」
そうだ、私にはこの力がある……彼女も救えるはず。
「レイブン……何を?」
私はリリア殿が持っていた毒針を自身の手に刺した。
なるほど……前回死んだ時の、首筋の痛みは……この針を刺されたからなのか。
毒の回りが早い……そう思った頃には目の前が真っ暗になる。
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ここは……リリア殿の家。
心許ない街灯の下――ラウアがリリア殿に縋り付くように泣いていた。
そんな……リリア殿は動かない。
そんな……ここが分岐点なのか……。




