第5話 司書リリア
ラウアを森から連れ出し、数日かけて王都を目指した。
――王立図書館で伝承を探るためだ。
正直、ラウアを連れ出すのはリスクが高い。
だが、何か問題があれば、私が死ねばいいだけの話。
旅の馬車に揺られながら、ラウアとの距離を測りかねていた。今のところ、彼女の変身に共通しているのは、夜――ということだけ。
馬車か……うっ……。
胃から何か込み上げてくる。
マリアンヌ……崖の上から見下ろす、彼女の冷たい目が頭をよぎる。
「レイブン……大丈夫?」
ラウアは小さな手が私の背中に触れる。
「ああ……少し、昔を思い出してな」
「レイブン……ウチもときどき嫌な夢を見る。
でも、起きても一人だった……寝ても覚めても悪夢は続くんだ……」
ラウアなりに慰めようとしているのだろうが、
それだと、逆に不安を煽るだろ。
だが、必死さは伝わったし、
何より彼女の気持ちが嬉しかった。
「もう、一人じゃないだろ?」
私はラウアの頭を撫でてやる。
「うん!」
ラウアは私に抱きついてきた。
内心……今晩、妖狐化しないかひやひやしているが、孤独に震える彼女を突き放すことはできなかった。
✦
王都ラインテッド――ヴリトラ大陸最大の城塞国家。大陸の流通、知識、人はすべてこの王都に集約される。
――4月23日。
私は王立図書館に立ち入り、さっそく東方の伝承を読み漁る。
……そこから何時間探しても、私の知っている以上の知識は得られなかった。
「レイブン……ウチ、暇っ!」
ラウアが両手を地面に伸ばし、叫ぶ。
「なら、ラウアも探すのを手伝ってくれ」
「ウチ……字が読めない……」
「そうか、なら可愛く私を応援していてくれ」
ラウアは図書館の机の上に、
「よいしょ」と声を漏らしながら上る。
「任せてよ!
頑張れ頑張れレイブン!
すごいぞすごいぞレイブン!」
謎の振り付けで手足をばたつかせ、私を応援してかれる。
「あのー、図書館ではお静かに願いますか……」
気の弱そうな声が背後から響く。
振り向くと、青髪の女性がズレた丸眼鏡を整えていた。
白のフリルに黒のサスペンダー。
品の良さそうな淑女だ。
「これは、失敬。
ラウア、図書館では静かにしないか」
私はラウアを軽く叱責する。
「んなっ!
レイブンが応援しろって言ったんじゃん!」
ラウアは鼻を鳴らしそっぽを向く。
「その子……」
司書の眼鏡が、天井からの照明で反射する。
「私はもう少し、見て回るから……外で遊んできなさい」
「ふんっ、レイブンなんか知らない!」
ラウアは鼻を鳴らしながら、図書館の外へ出て行った。
一人にしない方がいいのだろうが、被害が出れば、私が死ねばすむ話だ。
「なにか、お探しでしょうか?
先ほどから長らく滞在しているようにお見受けしますが……」
「キミは?」
「私はリリア・ツヴァイトと申します。
ここの司書を任されています」
彼女は両手を前で組み、丁寧にお辞儀する。
「なるほど、それなら話が早そうだ。
狐女房について、調べていてね」
「狐女房ですか……
これはまた珍しいものをお調べで……
もしや、先ほどの彼女となにか関係が?」
リリアはズレた眼鏡を整える。
「ははは、それはまたずいぶん妄想が逞しいことで……研究論文を完成させるために調べているだけですよ」
「これは、失礼しました……」
彼女は礼儀正しく頭を下げる。
顔を上げたリリアの視線は、私を見ていない。
「別にいいですよ。それより、貴方もずいぶん興味があるようで……どうですか、私にいくつか伝承を教えていただけませんか?」
「申し訳ございます。そうしたいのは山々なのですが、急用ができまして……」
それだけ言い残し、リリアは去っていった。
……彼女、露骨に怪しいな。
早めにラウアを回収した方が良さそうだ。
外に出ると既に、城下町は茜色に染まっていた。
人の往来も徐々に少なくなってきた。
……ラウアがいない。
それから、日が沈んでも彼女は帰ってこなかった。
夜になった。 王都中を探し回った。 どこにもいない。 妖狐化したなら既に被害が出ているはずだ。
これ以上探すのは非効率だな。
――私は、剣を抜き自身の喉を掻っ切った。
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「ふんっ、レイブンなんか、知らないんだから!」
なるほど……ここが、分岐点か――
さて、ラウアを追う方が手っ取り早いか。
私は、話しかけてきたリリアを適当にあしらい、
ラウアの後をつけた。
ラウアは跳ねるように市場を回り、食材に目を走らせていた。
……たまには、美味いものでも食べさせてやりたいが……生憎、屋敷を出る時に持ち合わせをあまり持たなかったから、今後の生活費を稼がなきゃな。
……つっ!?
首筋に刺すような痛みが走る。
……なんだ、視界が突然歪む。
……くっ……何がどうなっている。
薄れゆく意識の中でラウアが黒いローブを羽織った、何者かに連れ去られていった。




