第4話 狩人ラウア②
部屋の中央に空虚が転がっていた。
あれほど生活感に満ちていた小屋の中がやけに広く感じる。
私は……ただ立ち尽くすしかできなかった。
――夜が明けると、獣の代わりに首から血を流すラウアが転がっていた。
彼女の明るい赤毛は、血に浸り赤黒く変色していた。
人を殺すのは……これが初めてだった。
私は、亡骸を抱きしめた。
冷たくなった彼女の体を……温めるように。
……そうだ……また、やり直せばいい。
ラウアの血に塗れた銀の斧を、己が首筋に突き立てた。
✦
「おっさん、ようやく起きたのかよ」
――懐かしい声が響く。
「ラウアっ!」
私は思わず、彼女に抱きついた。
「んぎゃあああ! 離せ、変態!」
ラウアが必死に暴れる。
「いやだ……離したくない!
君を一人にしない!」
「お、おっさん、ラウアは子どもだぞ!
い、いや……子どもじゃない、大人だけど……」
「ふっ、どっちなんだ?」
「む、むぅ……」
ラウアはやがて抵抗するの諦めた。
私が机の上にお皿を並べ、彼女は台所で肉を焼いていた。
熱とともに、懐かしい香りが、部屋に充満する、
「さっきはすまなかった……」
「まったく、謝ればいいってもんじゃないよ!
こんなことなら……助けなきゃよかった……」
「なんだ、ラウア。
そんなに、照れなくてもいいじゃないか」
私はラウアの頬をつつく。
「お前、距離感どうなってんだよ!
馴れ馴れしいぞ!」
ラウアはとっさに飛び退く。
その日の晩は、私は何故か縛られた状態で藁の上に寝かされた。
……どうしてだ?
私は、何もしていないのに……。
グルルル……!
――私の隣でラウアが唸り声を上げる。
そんな、まだ初日だぞ……どうして獣に!?
この時、私は大きな勘違いをしていた。
そう言えば、二回目の彼女と出会った際、彼女の獣に変身した日が早かった気もする。
倉庫にあった銀の斧、満月……。
私はてっきり……ラウアは人狼なのだと思っていた。
しかし、私の上に跨ったのは、赤い毛の妖狐であった。
……狐の化け物……東の方の伝承か?
妖狐がラウアと分かっていたせいか、不思議と怖くはなかった。
妖狐の生暖かい息が、私の首筋にかかる。
私は妖狐の赤い瞳を見つめた。
「私も君を一度殺している。
これでお相子だ」
血しぶきが上がり、私の意識は落ちた。
✦
「おっさん、ようやく起きたのかよ」
三度目の巻き戻し。
妖狐だと分かったとして、どうすればいい?
彼女が獣になる引き金を探る必要がある。
私は……伝承に心当たりがあった。
東の方の古い伝承。だが、本来は人を襲うような魔物ではない。
狐の伝承は数多くあれど、人に化け、人と共に暮らせる妖狐は限られている。
そして、もし私の憶測が正しければ、案外、あっけなく解決するかもしれない。
「おい……おっさん、聞いているのか?」
私は彼女の赤い瞳をまっすぐ見つめた。
「……な、なんだよ……」
慌てて目を逸らす彼女に、構わず続けた。
「ラウア……君は狐女房だね?」
「……」
沈黙が肯定していた。
「おっさん……何者だ?
ウチを殺しに来たハンターか?」
「いいや、私は君を助けに来た」
私は知っている、彼女の孤独を――
私は知っている、私と友達になれることを――
私は知っている、私には彼女が必要だということを――私は知っている。
「本来、無害な魔物のはずだ。どうして、凶暴化する?」
「おっさん、そこまで知っているのか……」
ラウアは諦めたようにため息をつき――話し始めた。
「私は、里では忌み子とされていた。
村から疎外され、一人で暮らしてきた。
でも、たまに人里が恋しくなって、別の町に紛れた……しかし、気づけば、私は仲良くなった者の血で喉を濡らしていた」
「そこまで覚えていると言うことは……理性はあるのか?」
彼女は首を横に振った。
「意識も……記憶もある……でも、自分を抑えれなくなる。少しでも相手のことを好きになると……獣になってしまうんだ」
不思議だ……愛を求めて獣になるのか?
「狐女房は正体を見破れれたら、相手の元を去ると言われている。
ラウア……君はどうする?」
彼女はしばし、目を泳がせたあと、まっすぐ私の瞳を見つめる。
「私は……これ以上、人を殺したくない!」
私の答えはとうに決まっている。
君に殺された――あの晩から……。
「わかった……私が君を助けよう!」
でまかせだ。
正直、伝承の中でも謎が多い部類だ。
その中でも、異端の彼女を救える保証なんてない。
ただ、私は既に彼女の孤独を放っておけなくなっていた。この、妖艶な狐によって。
「私……ラウア・アルゼリア!」
赤毛を揺らし、彼女は手を差し伸べる。
「私は、レイブン・アゼリュート・グライデル伯だ!」
彼女の小さな手をしっかりと握り返した。
「うん! よろしく!」
問題は何も解決はしていない。
それでも目の前で笑う、彼女から目を逸らすことはできなかった。




