手袋
11月後半。木枯らしの匂いがする日だった。
優子は十七時を過ぎてすぐ家を出た。理由はなかった。気がつくと、玄関で靴を履いていた。
通りに出ると、もう完全な夜だった。街灯の下、ケヤキの葉がほとんど落ちていた。歩道に乾いた葉が散っている。一枚踏むと、軽い音がした。
店のドアを押した。ドアベルが鳴った。
店主が顔を上げ、頷いた。優子も頷いた。
奥のテーブル席はまだ空いていた。女性はまだ来ていない。
優子は迷わずその席に座った。窓の外を見た。ケヤキの枝が、葉のないまま空に向かって伸びていた。
しばらくして、ドアベルが鳴った。
足音がカウンターのほうへ進み、それから止まった。それから、優子のテーブルへ向かってきた。
女性が立っていた。
今日、彼女は手袋をしていた。黒革の手袋だった。指先が薄く、長く伸びていた。優子は、その手袋に、いつもより一拍長く目を留めた。
椅子を引いて座った。手袋を外す動作は、思ったよりゆっくりだった。両手の指を一本ずつ、引き抜くように外した。それから、テーブルの上に重ねて置いた。
指先が冷たそうだった、と、優子は思った。
「外、もう冬だね」
女性が言った。
「うん」
「手袋、しないの?」
優子は左手を見た。指輪が嵌められていた。冷たくはなかった。家を出るときも、手袋を持つことを考えなかった。
「持ってない」
優子は答えた。
「買ったほうがいいよ。指、すぐ冷えるから」
「うん」
会話はそれで終わった。
店主が二人の前にコーヒーを置いた。優子のカップは、無地のクリーム色だった。第一回目に来たときに使われていたのと同じだ、と、優子は思った。
女性は自分のカップの取手の向きを、わずかに右に動かした。
優子も、同じ動作をした。
それから、二人で同じ方向を見た。窓の外、葉のないケヤキの枝が、街灯の光に淡く浮かんでいた。
時計の秒針の音と、店主の手元の音と、外を行き交う車の遠い音だけが聞こえた。
「じゃあ」
女性が立ち上がった。手袋をはめながら言った。
優子は頷いた。
女性が出ていったあと、優子は自分の左手を、もう一度見た。指輪が、薄い金属の冷たさで嵌っていた。手袋を持っていない、という事実が、なぜか今日は妙に鮮明に感じられた。




