表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アスカ  作者: hitoshi_tanabe
PR
6/20

手袋

11月後半。木枯らしの匂いがする日だった。


優子は十七時を過ぎてすぐ家を出た。理由はなかった。気がつくと、玄関で靴を履いていた。


通りに出ると、もう完全な夜だった。街灯の下、ケヤキの葉がほとんど落ちていた。歩道に乾いた葉が散っている。一枚踏むと、軽い音がした。


店のドアを押した。ドアベルが鳴った。


店主が顔を上げ、頷いた。優子も頷いた。


奥のテーブル席はまだ空いていた。女性はまだ来ていない。


優子は迷わずその席に座った。窓の外を見た。ケヤキの枝が、葉のないまま空に向かって伸びていた。


しばらくして、ドアベルが鳴った。


足音がカウンターのほうへ進み、それから止まった。それから、優子のテーブルへ向かってきた。


女性が立っていた。


今日、彼女は手袋をしていた。黒革の手袋だった。指先が薄く、長く伸びていた。優子は、その手袋に、いつもより一拍長く目を留めた。


椅子を引いて座った。手袋を外す動作は、思ったよりゆっくりだった。両手の指を一本ずつ、引き抜くように外した。それから、テーブルの上に重ねて置いた。


指先が冷たそうだった、と、優子は思った。


「外、もう冬だね」


女性が言った。


「うん」


「手袋、しないの?」


優子は左手を見た。指輪が嵌められていた。冷たくはなかった。家を出るときも、手袋を持つことを考えなかった。


「持ってない」


優子は答えた。


「買ったほうがいいよ。指、すぐ冷えるから」


「うん」


会話はそれで終わった。


店主が二人の前にコーヒーを置いた。優子のカップは、無地のクリーム色だった。第一回目に来たときに使われていたのと同じだ、と、優子は思った。


女性は自分のカップの取手の向きを、わずかに右に動かした。


優子も、同じ動作をした。


それから、二人で同じ方向を見た。窓の外、葉のないケヤキの枝が、街灯の光に淡く浮かんでいた。


時計の秒針の音と、店主の手元の音と、外を行き交う車の遠い音だけが聞こえた。


「じゃあ」


女性が立ち上がった。手袋をはめながら言った。


優子は頷いた。


女性が出ていったあと、優子は自分の左手を、もう一度見た。指輪が、薄い金属の冷たさで嵌っていた。手袋を持っていない、という事実が、なぜか今日は妙に鮮明に感じられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ