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アスカ  作者: hitoshi_tanabe
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14/21

仕事先

水曜日の十七時過ぎ。沙織は編集部の自分のデスクで、画面のレイアウトを確認していた。


午前の打ち合わせが長引いていた。それからずっと、画面に向かっていた。


「沙織さん、来週火曜の校了、夕方までに間に合いそう?」


隣の島の先輩編集者が、デスクの脇に立った。


「はい」


「ありがとう。お疲れさま」


「お疲れさまです」


時計を見た。十七時半を回っていた。


パソコンの電源を落とし、椅子の背にかけたコートを羽織った。首から下げたネックストラップは、コートの襟元に隠れた。社員証は、そのままぶら下がっていた。


エレベーターのドアが開いた。沙織は乗り込んだ。


階数表示が、五、四、三、と下がっていった。


一階のロビーは、外の薄暮が差し込んで、ガラスの壁が冷たく見えた。


沙織は通用口を抜けて、街路樹の下を歩いた。


三月の風は、まだ冷たかったが、空気の匂いは、少し違っていた。街灯が一つ、一つ、点り始めていた。


駅まで歩き、電車に乗った。三駅で降りた。


商店街を抜けて、いつもの通りに入った。


ドアの前で、一拍、立ち止まった。


「沙織さん」という呼びかけが、まだ、耳に残っていた。


それから、ドアを押した。


ドアベルが鳴った。


店主が顔を上げて、頷いた。沙織も頷いた。


奥のテーブル席に、女性が座っていた。


沙織は向かいに座った。


「アスカ」


沙織は言った。


口に出した瞬間、「沙織さん」と呼ばれていた自分が、薄く、遠ざかった気がした。


「うん」


女性は答えた。


店主がコーヒーを置いた。


二人とも、しばらく黙って、湯気を見ていた。


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