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アスカ  作者: hitoshi_tanabe
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11/21

カウンター

前の日、雪が降った。


朝、ベランダから見ると、街路樹の枝に雪が積もっていた。優子はそれをしばらく見ていた。


六時を過ぎて店に着いたとき、雪はもう半分ほど溶けていた。歩道は濡れていた。靴底の感触が、いつもより重かった。


ドアを押した。ドアベルが鳴った。店主が頷いた。


優子は店内を見渡した。


奥のテーブル席は空いていた。


女性は、カウンター席に座っていた。


優子は一瞬、足を止めた。それから、女性のほうへ向かった。


女性の隣の席に座った。


何も言わなかった。女性も何も言わなかった。


カウンターの中で、店主が黙ってカップを取り出した。コーヒー豆を挽く音、湯を沸かす音。これまでテーブル越しに聞いていた音が、今日は近かった。


優子のカップは、白地に青の線のものだった。


カウンター越しに、店主の手元が見えた。ドリッパーから雫が落ちる。一滴、二滴。雫の落ちるリズムは、規則的でも、不規則でもなかった。


二人の視線は、同じ方向を向いていた。


優子はカップの取手を直した。女性もそうした。二人ともの動きが、ほとんど同時だった。


女性の肩が、優子の肩から、ほんの数十センチの距離にあった。コートの袖が、近かった。


「雪、積もったね」


女性が言った。横顔のまま、前を向いて。


「うん」


優子も、横顔のまま答えた。


何かを、もう一言、続けようと思った。だが、適当な言葉が見つからなかった。


カウンターの内側、店主の動作が淡々と続いていた。優子はそれを見つめていた。女性も同じものを見つめていた。


しばらくして、女性がコーヒーを飲み終えた。優子のほうを向いて、何かを言いかけた。


口が、かすかに動いた。


女性の手が、カウンターの上、優子の手の方向にわずかに伸びた。


だが、その手は、途中で止まった。


引っ込めた。


「お先に」


女性は言った。


それから、立ち上がって、出ていった。


ドアベルが鳴って、店内が静かになった。


優子はそのまま、カウンター席に座っていた。


横を見ると、女性が座っていた席が、まだわずかに温かそうに見えた。


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