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契の花 -誾-  作者: 真涼
3/6

第一章Ⅱ 「再誕」

Ⅰの続きです。

 ピクッ。〝彼〟の指がほんのわずかに動いた。

(音が聞こえる。大きな音だ……)

 そこには眠る銀髪の〝彼〟がいた。

(だが俺にはこの音がなんなのかわからない……)

 その眠る〝彼〟の目がうっすらと開く。

(だけど……)

 目が少しずつ開かれる。穢れの無い、澄んだ青い瞳だった。

(この音は……)

 優しい瞳が少しずつ力を持っていく。

(とても悲しい音だ)

 〝彼〟は体を起こし、布団から離れ、立ちあがる。


「飛鳥……」


 それは〝彼〟が五年ぶりに放った言葉であった。

 すると突然〝彼〟は素早く動き始めた。だがその動きは妙に人間味が感じられない動きであった。

 まるで心が無いかのように……。

 その後〝彼〟は少しずつ歩き、部屋を後にした。

 ふらつきながら、そして……何かを感じ取りながら。


   ●


 飛鳥には絶望が見えた。

 目の前には侵略神社の神主。そいつが持つのは【召喚】されし槍。だが彼女が見たのはそれであってそれではなく、


 その槍が母親の背中に刺さっていたという、絶望すべし光景だった。


「あす……か……」

 バタン!

「おかあ……さん……お母さん!!」

 侵略神社の神主が槍を飛鳥の母親から抜く。

「くっ!」

「お母さん!」

 急所は外れていたものの、致命傷と言えるような傷であった。

 母親を抱いた飛鳥の手が、紅に染まる。

「なんで……なんで!」

 飛鳥の母親は、血の気の引いた顔で……静かに笑った。

「だい……じょうぶ……だった……?」

 飛鳥の目には大粒の涙がこぼれた。

(なんで私は……私は守られてばかりなんだ!)

 それを見る山是神社の神主は、呆れた顔をしながら、

「感動の所悪いんだけど? その感動の続きは―」

 神主はニヤリと笑い、

天国(むこう)でやってくれねーか!」

 槍が再度飛鳥を狙う。母親は守ろうとするが、体が思うように動かない。

 チリン……。

 また鈴の音が響く。

 誰もが終わりと思ったその時。

 ガシッ!


 そこには銀髪を揺らし、槍を掴んだ寝巻姿の〝彼〟がいた。


 眠っているはずの幼馴染がいきなり目の前に現れた。彼女は驚き、〝彼〟の名前を叫ぼうとした。

 だが、名前が思い出せない。こういう時の歯痒さが頭にくる。飛鳥は錯乱して消え去りかけた理性をいっぱいに使い、思い出そうとする。だが思い出せない。

 だから彼女は考えた。幼馴染の新たな名前を。『銀』の髪を(なび)かせ来た、少年の新たな名前を!


(ぎん)!」


 誾がゆっくりと目を開く。とても力強い目をしているように見えたが、目の輝きはなかった。

「『浮遊枠』を表示。神社との回路を繋ぐ」

 誾の表示した『浮遊枠』は源治之が使っていた黄色い『浮遊枠』とは違い、燃えるような紅色をしていた。

 そして彼はゆっくりと目を閉じた。

 生き残った人々が飛鳥の近くに集まる。

「あいつが……起きている?」

「でもなんで契約が使えるんだ? どこの神社と契約しているんだ? というかあいつ、契約者だったのか!?」

 飛鳥は目を凝らして誾の『浮遊枠』を見た。

 そこには《火紅羅通神回路》と白い文字で書かれていた。

「かぐら……?」

 すると、生き残った人々が歓声を上げた。

火紅羅(かぐら)神社!? そうなのか!?」

「まさか残っているの?」

 歓声の中、飛鳥も呆然とする。

火紅羅(かぐら)神社……残っていたのね!」

 火紅羅(かぐら)神社。とある村、もとい炎天ノ村の中心の神社である。人々は村を燃されたときからの事を知らず、残っている事を知らなかったのである。誾を迎えに行った飛鳥も、誾の安全の事に必死で、気がつく余裕も無かったのだ。

 誾が契約執行のための段階を踏む。

 言霊を綴り、

「我、神と伝達し、現世(うつしよ)に顕現するため、その力を借り受ける」

 彼は村に放たれた炎の一部を指差し、

「炎を奉納。許可を請う」

 すると、彼が指差した炎が一瞬にして無くなり、『浮遊枠』から音がした。

《契約内容【装飾】執行を許可します》

「契約執行。【装飾】」

 すると、誾の体を光が包み、光が消えた頃には、

「なにっ!」

 服が白を基調としたものへ変わっていた。

「……………………」

 誾は驚いている侵略神社の神主を無視し、荒流に近づく。だが荒流は全く動じないどころか、突然乱入してきた誾に驚く神主達を後方に下げ、落ち着かせる。

「どうせこいつの契約はこれしかねー! 攻撃系の契約じゃなきゃ意味がねーからな! ケケケッ」

 それもそのはず。契約とは一つしか行うことができない。それが普通であり、そして相手の力量を調べる絶対条件なのだから。

「……再度、契約を執行する。火紅羅神社との通神回線に接続」

 そう。普通、契約者は契約を一つしか行えない。


 彼とは違って。


「我は貴を敵とし、願いを被る的とする。右魂に焔を、左魂に崇拝を。我が前に立つ敵を穿つため、力を欲し、速さを欲し、神が利用する迅風となろう。我が求むるは速さ。他が誰とも追いつけぬ速さよ。神よ、我が願いに応じ、我と契し契約を果たせ。我の願いし力を与えよ」

 言霊を用いて神との結びつきを強くする。

「な、なんだ……あの言霊の長さは……」

「……ケッ、どうせハッタリだ」

 言霊は普通三〇文字あれば多い方である。だが、彼の言霊の量は異常ととれるほどだった。

「炎を奉納、その後炎が無くなり次第、代演として本日の活動時間を六〇分奉納。その後一上昇ごとに三〇分奉納。許可を請う」

 飛鳥が目を見開く。

「ケケッ。奉納内容を変えたって服の召喚じゃ勝てねーよ! おとなしく死にな!!」

《契約内容【加速】執行を許可します》

 誾が『浮遊枠』操作を止めたと同時に荒流が槍を持ち、誾の腹目がけて突入した。

《執行準備、開始》

 彼は体を少し屈ませる。

《管理中枢、送信開始》

「契約……執行【加速】」

 瞬間。誾の体は疾風と共に姿を消した。

「なっ、バカな! なぜ別の契約が使える!?」

 その驚きは侵略神社の他の神主や村の人々までにも伝わっていった。

 もちろん飛鳥にも。

「なんであいつは契約を二つも使えるんだ!?」

「ありえない!」

 村の人々もどよめき始める。そんな中、契約とは……と飛鳥は考え始める。

(神暦六〇〇〇年―契暦元年に神より伝えられた新たな力。それはこの東御国にいるとされる八百万の神々の中、特に力を持った『御国八十神』を祀った神社との契約の事である。人々の豊かな生活のために、神に見初められた人間のみが許された行為であり、神に見初められた者の事を〝契約者〟―アグリメアと呼ぶ。

 契約の種類は神社が祀る神と、その契約者の相性によって変わる。光の神は光の貸与。相性の良い者は日輪の申し子となる。水の神は降水。相性の良い者は自由に水を出せる。だが五年前からは「侵略神社」の出現により、攻撃武器の【召喚】などが増えた。

 そして契約は一つしか行うことができない。

 ……これが三年前に記された『新契報ノ書(しんけいほうのしょ)』第一節に記されたもの……)

「つうか、あんな契約訊いたことねーぞ!」

 飛鳥自身も初耳だった。

 契約とは神による慈しみによって執行される。故に、神による【召喚】【装飾】となるのだ。

 だが、身体能力を上げるものなど聞いた事がない。ましてや、それが【加速】ともなると……力の差は歴然だ。

「くそっ! どこ行きやがった!」

 荒流が辺りを見回す。彼がちょうど後ろを向いたところ、いきなり背後に誾が現れ、

「なにっ!」

「遅い」

 思い切り背中を蹴られ、飛鳥達とは別の方向へと吹き飛んだ。

「ぐはっ!」

 スタッと誾が飛鳥の前に立つ。

「……追加」

《加速》

 次の瞬間。誾の『浮遊枠』が赤く光った。

「追加」

《加速》

 誾の加速量が上昇し、思い切り荒流の方へと突っ込む。

「追加」

《加速》

 さらに上昇する。と、同時に村の炎が消える。

「バカな!」

「追加」

《加速》

 誾の加速度が、さらに上昇する。このときにはすでに村には炎が無くなっていた。

「こんな正体もわからない奴に!」

「追加」

《加速》

 さらに上昇。

「侵略神社の神主であるこのオレが!」

「追加」

《加速》

 荒流の目の前に誾が現れる。

 荒流は槍を向けようとするが間に合わない。

「負けると言うのかぁぁぁぁああああああああっっっ!!」

「……強攻」

《瞬間加速》

 誾が荒流の顔を思いっきり殴る。

「がぁっ!」

 思い切り荒流が吹き飛ばされる。彼の頬には痣が、鼻からは血が流れていた。

「ぐっつ……調子乗ってんじゃねーぞぉぉぉぉおおおおおおおおおおっっっ!!」

 荒流がふらふらと立ちあがり、槍を片手に誾の元へと突っ込んだ。だが、先ほどの攻撃がかなり効いているのか、苦悶の表情を浮かべる。

「……【加速】」

 誾は走り出し、荒流と正面からぶつかっていった。

 その後も誾と荒流の死闘は続く。だがそれは一方的なものだった。誾が契約内容である【加速】で荒流との距離を一気に詰め、殴りかかる。その攻撃を受けながら、荒流は自分の槍を誾に刺そうとする。だが、誾は【加速】で避け、攻撃を与える。

 この一方通行な死闘の間、飛鳥はただ見ることしかできなかった。すると彼女の近くに村の果実店の男が近づき、

「飛鳥ちゃん! はやくお母さんの治療を!」

 変わらず飛鳥の母親の背中からは鮮血が溢れ、顔色がさらに悪くなってきた。

「で、でもどうすれば!」

「あいつが戦っている間に! はやく!」

 母親はあの果実店の男が担ぎ、飛鳥とともに家へ急いだ。



 誾が荒流を殴り飛ばした時、荒流が槍を防御に使ったため、槍が粉々になる。荒流は息を荒げながら、

「てめぇ……オレを本気で怒らせたな! ケッ!」

 彼は口から血を飛ばし、表情を変えた。

「…………………………………」

 誾は無反応。だがそれは荒流を無視しているようではなく、まるでなにかが欠けているようだった。

 誾の反応を知らぬがまま荒流は、厳重に保管されているらしい真っ黒い箱の中から、一枚の〝花弁〟を取りだした。

「これの力、試させてもらいますよ! 山是様!」

彼は叫んだ。

神世七代(かみよのななや)の花弁に願う! 汝、その感情の力を解き放ち、我が力と化せ!」

 すると花弁が光りはじめ、荒流を光が包んだ。

「俺はあいつに『興味』を持った! お前の力を貸してもらおう! 力を! 感情を! 分け与えろぉぉぉおおおおおっっっ!!」

 神世七代と呼ばれた花弁の光は、彼を包んだ光と共に輝きを増していった。

「………………………………………」

「ケケケケッ!! 行くぜぇぇぇ!」

 光に包まれた荒流は、そのまま誾へと突っ込んでいった。

 誾は自分と火紅羅神社との契約である【加速】で避けようとする。

 だが、

「!」

 

 誾は動くことができなかった。


 荒流は饒舌に説明を始める。

「この神世七代(かみよのななや)って言う花弁は、なんでか知らねーが、所有者が興味を持った相手を行動不能、いわゆる金縛りっていうものなんだろーけどな。そう言うことができるわけだ。

……おっと、機密事項だったっけ。まあいいや、とりあえず……死んでもらうぜ! 正体不明の銀髪!」


   ●


 バタン! 飛鳥は思いっきり家のドアを開けた。

「お願い! はやく!」

 先ほどまで誾がいた部屋へと、母親を担いだ果実店の男を案内した。

「お母さん! お母さん!!」

 彼女は大きな声で母親を呼び掛ける。

「それよりも今は治療が先だ! 包帯でいいから、止血するぞ!」

 果実店の男は急いで彼女の母親に包帯を巻き、

「やられたのは背中だ! うつ伏せにして寝かせるよ、飛鳥ちゃん!」

「は、はい!」

 包帯から滲む母親の血を見て少し動揺しているのか、飛鳥の声は震えていた。

 しかし、

「!」

 飛鳥はなにかを感じ取る。

「……嫌な予感がする。もしかしてお母さんが!?」

 彼女の声がより一層震えだす。

「大丈夫! 飛鳥ちゃんの嫌な予感は当たることが多いけど、お母さんはまだ生きているから! でもあるとしたら……」

 果実店の男は額に汗を滲ませる。

「『あいつ』の方……じゃないか?」

 飛鳥は、はっとなにかを思い出す。

(『あいつ』は……誾はついさっき『起きた』ばかりよね。いくら契約者でも体力が……) 飛鳥は急いで自分の部屋へと戻り、身支度を整える。

 髪を後ろで一つに結び、寝巻から正装に着替え、お守りである鈴が付いた腕輪を再度身に付け、

(待っていてね。お母さん……!)

 彼女は部屋を飛び出し……。

「誾! 今行くね!」

 彼の所へと急いだ。



「おらぁ!」

 荒流は誾の腹に一発殴る。

「……………………………」

 それをされるが儘に、誾は痛みをこらえているのか無表情。

「反応しねーのか? なんか言えよ!」

 だが誾は無表情。

「ちっ。さて、どうやって殺そうかな」

 荒流は動けない誾の周りをうろうろと徘徊し、落ちていた自警団兵士の短剣を手の中でぶらぶらと振り回すように遊んでいた。

 誾はそれに全く『興味』を示していないらしく、ただまっすぐ荒流を見つめていた。

「ムダだぜ、ムダムダ。お前の命はオレが預かっているようなもんなんだぜ? おっと、手が滑っ……た!」

 と、荒流は動けない誾の二の腕に短剣を刺す。

「っ……!」

「おっ、やっと反応してくれたって感じか? んじゃこれなら?」

 彼は誾に刺さった短剣を抉るようにして抜く。

「ぐっ……!」

 刺さった場所から血が流れ、誾は苦悶の表情を浮かべる。

 荒流は短剣をしまうと、

「痛かっただろう? でもすぐに……痛みなんて感じなくなるんだからな!!」

 荒流は転がっていた槍の先端破片を持ち、

「おらぁ!」

 誾の心臓目掛けて―


「誾!」


 大きく彼を呼ぶ声が聞こえた。

 飛鳥が誾の遥か後方から叫んだのだ。

「ああん?」

 と、狂気に包まれた荒流の顔が、彼女の方へと視線を向ける。

 すると、

「なにっ?」

 神世七代(かみよのななや)が急速に光を失い始めた。

「くっ、一瞬向こうに気が向いたから俺の興味の対象が変わったってことで、使えないってことか!?」

 そして神世七代(かみよのななや)の光が完全に消えた時、

「!」

 誾が、油断しきっていた荒流に向かって【加速】を瞬間執行。

 バキッ!

「ぐぅうううう!」

 思い切り吹っ飛ばされ、土煙が晴れた頃にはすでに気を失っていた。

「誾!」

 飛鳥が彼に走り寄る。

 だが、

 バタン。

「えっ?」

 誾は飛鳥の方に向かって倒れた。

「どうして……? は、はやく運ばなきゃ」

 五年間眠り続けていた誾はとても軽く、飛鳥でもおぶる事が出来た。

 見ると誾は、また深く眠っているようだった。

 

 第一章 終……。

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