第二章Ⅰ 「失意」
この物語の根本な目的が分かります。
今、誾の目の前には、「何も無い」が広がっている。上を見上げると果てしなく広い空。前を見ると、まっさらで広大な土地が広がっている。
「ここは……」
《汝ノ夢ノ中ダ》
まっさらな土地の中心に巨漢な『巨人』が現れた。
「……お前、誰だ」
《『興味』ハ少シ取リ戻シテイルヨウダナ》
「何の話だ……?」
誾が目を凝らし、よく見ると、巨人には足が無く、まるで浮かんでいるようだった。
「それに……なんだ? これが、俺の……夢?」
《ソウダ。果テシナキ空。何モ無イ土地。スベテガ『何モ無イ汝』ノ夢―精神デアル》
浮かぶ巨人はまっすぐと誾を見る。誾もまた巨人を直視する。
巨人は神々しく、そして勇ましく誾の前に『立っていた』
「……二つ質問がある」
誾がまっすぐ巨人を見ながら切り出した。
《答エヨウ》
「一つ目は……お前は誰だ? という質問。もう一つは……」
誾が一度巨人から目を背けるが、またまっすぐ見る。
「俺を……知っているのか? なら俺は……誰だ?」
すると巨人の声が『この世界』に響き渡る。
《我、マズ一ツ目ノ質問ニ対シ、汝ニ返答スル。我ノ名ハ〝宇比爾〟ノ一部》
そして……と〝宇比爾〟は『言葉』を紡ぐ。
《汝ハ……己デ探スト良イ。ソシテ、『感情』ヲ取リ戻セ。サスレバ真実ノ扉ガ開クデアロウ。ナゼナラ……》
「……なんだ」
《我ラハオマエノ『感情』ノ一ツナノダカラ……》
「……どういう意味だ」
《我ラヲアツメヨ。サスレバオマエハ……》
「お前らを集める? なぜだ。理由を……」
《サラバダ……》
誾は少しずつ意識が途切れるのを感じた。そして彼は、また暗い意識の奥へと潜っていった。
●
誾が倒れてから四時間程経った頃。あたりはすっかり明るくなり、昼時であることを知らせている。
「誾……お母さん……」
だが飛鳥の心には、ぽっかりと穴が開いていた。母親の傷、幼馴染―誾の覚醒、そして昏睡……。
彼女は今、何をするべきなのか、何ができるのか分からなくなっていた。
飛鳥は現在自宅にいた。母親は傷を医者に診てもらっているため別の部屋にいる。そして誾は、今までいた部屋で『眠って』いる。
「誾……」
気づけば飛鳥は誾のいる部屋へとふらつきながら歩いていた。
が、次の瞬間。
キュイン!
「! なに!? この光!」
誾のいる部屋から眩い緑色の光が放たれる。
「ま、眩しい……!」
あまりの眩しさで、目がやられないよう、飛鳥は目を閉じる。
徐々に光が収まり始めると、飛鳥は誾のいる部屋のドアを開けた。
「誾……だいじょう……ぶ……!」
飛鳥の目に映るものは、
銀髪の幼馴染の『起きた』姿だった。
「誾!」
「……飛鳥」
「えっ?」
彼はいきなり飛鳥の名を呼んだ。
「……飛鳥、それしか覚えて……」
と、消え入りそうな小声で話す。飛鳥はそれを聞き取ることができなかった。
すると、誾は飛鳥に目を向け、
「……質問があるのだが」
誾が飛鳥に尋ねる。
「君は……誰だ?」
「え…………?」
その言葉は飛鳥に重く圧し掛かる。
そして、
「それと……俺は誰だ?」
記憶喪失。それが五年ぶりに話した幼馴染の姿だった。
「なんで……?」
「すまない。今の俺に残っている記憶は……飛鳥と言う誰かの名前だけなんだ。たぶんその人は頼れる人なんだろうが……どこにいるのか」
そして誾は飛鳥の表情を見て、
「すまない。気を悪くしたのなら謝る。君は『俺』の知り合いなのか? 良ければ名前を教えてくれないか?」
だが飛鳥の今の精神状態では、なにも言うことができなかった。
(飛鳥が……私が頼れる人? 私は守られた。守られ続けた。私が飛鳥、なんて言えるわけない! だって私は……非力なのに……)
「ごめんなさい……!」
飛鳥は部屋から飛び出し、家から飛び出し、ただただ走った。髪が風に靡き、涙が溢れる。それでも走った。
燃えた後の店、民家、建物全て……悲しい景色なのに飛鳥には見ることができなかった。
ただただ走った。それは己への戒めなのか、はたまた違うものなのか、誰も知る人はいなかった。無論、飛鳥にもわかるものではなかった。
悲しみにくれる人。転がる死体。そして道のあちこちで見ることができる血痕。
そんなおぞましい景色も、今の飛鳥には何も見えなかった。
が、飛鳥は不意に立ち止まる、もとい立ち止まらされる。
「執行終了。一時解除を願う」
【加速】で追い付いてきた誾が肩を掴んでいた。
「誾……」
「やはり、それが俺の名前か……?」
彼女は首を振る。
「違う。それはついさっき私がつけた名前」
そうか……、と誾は少し目線を下げる。が、すぐに飛鳥をまっすぐ見て、
「それでは俺の名は『誾』になるのだな」
だが、彼は笑わない。いや、笑うということを知らないようであった。
「そして、君の名前は?」
「わ、私の名前は……その……」
少しずつ言いにくそうにする飛鳥。誾はそれを察したのか、訊ねるのを止める。
「……言いたくなければ別にいい」
「うっ、……わ、私は……」
意を決した飛鳥は唾をのみ、消え入りそうな声で言った。
「あ、飛鳥……。陽向飛鳥……」
「飛鳥……では君が……?」
わからない、と彼女は話を進める。
「でも、あなたは私と幼馴染なの」
「そうか……では聞くが飛鳥」
「な、なに……?」
不意に名前を呼ばれ、動揺する飛鳥。
「幼馴染とは……なんだ? なにぶん今現在の所自分の仮の名前、飛鳥と言う名前と飛鳥の顔、それから契約の事他、一般常識程度しか頭にない」
記憶喪失にしては、何とも都合のよい知識である。
(契約はわかるんだ……あれ? そういえば私、誾の前で名前呼んだかな? 叫びはしたけど聞き取れなかったと思うし……じゃあなんで『やはり』って言ったんだろう? それに……)
「? どうかしたか?」
「い、いや、別に……。幼馴染って言うのは昔からの……そう、友達」
「友達……か……」
そこで飛鳥はふと誾に訊いた。
「ねぇ、誾。ちょっと私に付き合ってほしいんだけど……」
「? 構わないが」
(あの人に会えばなにか思い出すかもしれない。その前に……)
「一回家に帰ろう、誾」
「飛鳥の家か?」
「そう」
「では……急ごう」
誾はディスプレイを表示した。
「一時解除破棄。奉納内容、炎の代演として活動時間五分奉納。五秒持てばいい」
《奉納を確認。一時解除を破棄。執行を許可します》
「掴まれ」
「へ?」
するといきなり誾が、運ぶために飛鳥を斜めに倒し、膝の裏と肩を持って上にあげた。
俗に言う……お姫様だっこである。
「ちょっ、えぇ!」
「契約執行。【加速】」
誾は飛鳥が赤面しているのをよそに、超速で家へと帰って行った。
●
七年程前の話。
「おーい」
「なにー?」
そこには銀髪の少年と、茶髪の少女がいた。
「村の外で綺麗な紐の腕輪を二つ貰ったんだけど」
と、銀髪の少年は、橙と白色をした紐の腕輪を差し出す。
「はい、こっちはお前の。鈴かついているからいいかな、と思って」
「へぇー、ありがとう!」
少女が嬉しそうに笑う。すると、少年も嬉しいのか、ニカッと笑う。
「今度は父さんの用事についていく事になったから、当分戻れないし」
「えっ、そうなの?」
少女が少し悲しそうな表情を見せる。
「だからこれを俺だと思って大切にしてくれ! それと……」
少年は言葉を少し溜め、自分の付けた青と黒の紐の腕輪と、少女の橙と白の紐の腕輪を重ね、
「友達の証な!」
「うん!」
その時の彼らは輝いていた。そう、ただ無邪気に……。
●
翌日。
「じゃあお母さん……行ってきます」
と、家を空けた飛鳥と誾。飛鳥は少々不安が残るものの、果実店の男に母親を任せ、昔の故郷、炎天ノ村へと向かった。
輝ノ村と、炎天ノ村はそう離れてはおらず、歩いて二時間くらいの道のりだった。が、
「だったら急いだ方が得だな」
という誾の考えで、彼は契約を発動。【加速】で一直線に駆け抜けていった。契約執行中の飛鳥は、
「きゃあぁぁあああああああああああああっっっ!」
叫んでいた。
「どうした、飛鳥?」
……かなり青い顔で飛鳥は答えた。
「大丈夫……」
「よかった、それならいいんだが」
今、誾と飛鳥の目には広い草原が広がる。
「……ここは燃えていなかったんだね」
「どうかしたか?」
ううん、と飛鳥は首を振った。
「ところで、これから行こうとしている所はどこなんだ?」
「……私達の故郷よ」
「そうか……」
一瞬悲しそうな顔をするかな? と飛鳥は誾の顔を覗き込んだが、彼は無表情だった。
「それで、用はなんなんだ?」
(さっきからなんだろう、質問が……多い? 『興味』はあるのかなぁ?)
と考えてみる飛鳥だったが、誾の質問に答えなくては、と思い口を開く。
「誾の契約している神社の所に行くの。誾はそれをいつ契約したか知っているの?」
「いや、気づいたらあったと言う類だ。記憶には執行の仕方があったんだが……」
そういうことか、と誾は言葉を紡ぐ。
「それなら急がないといけないな」
とだけ言い、誾はまた契約を執行した。
「神ならざる者より神に願う。走る力で敵を討ち、紅逝の焔で身を焦がす。炎天の月を崇拝し、神を神をも凌駕しながら、神の力となろう。右魂に焔を、左魂に崇拝を。我が前に立つ敵を穿つため、力を欲し、速さを欲し、神が利用する迅風となろう。神よ、我が願いに応じ、我と契し契約を果たせ。契約執行。【加速】」
「えっ? きゃあぁぁあああああああああああああっっっっ!」
終始叫び続けた飛鳥であった。
「やっと……着いた……」
まったく走っていないのに疲れてしまっている飛鳥。それも仕方がないだろう。あれだけのスピードを出している者に、支えられてはいるものの、しがみついていないと落ちてしまう。
そんな理由で労働者の誾よりも疲れていた。
「大丈夫か、飛鳥?」
「ええ、なんとか……」
「そうか」
廃墟、そう呼べるような状態である炎天の村。飛鳥は昔の記憶を頼りに、神社を探すことにした。
すると神社は案外簡単に見つかった。他の廃墟となっている家屋とは違い、とても巨大且つ綺麗であったので、とても目立ったのだ。
赤を基調とした本殿の造りは、五年前のそれと変わっていなかった。
本殿の前に佇む枝垂れた楓は、今はまだ青くとも存在感があった。
その神社、火紅羅神社を前にした飛鳥は、
「変わってない……」
と、少し驚きの声を出した。
飛鳥が少しずつ神社に歩み行くと、誾もそれについてくる。
すると、
「久しぶりだね~飛鳥ちゃん」
神社から一人の女性が姿を現した。
「神楽さん!?」
「なんの御用~?」
ゆったり話す神楽と呼ばれた人物は、白い髪を一つに束ね、片方の肩から前へ垂らした髪型をしていた。
「まあまあ上がって~」
彼女はなぜか誾に酷似していた。
●
「改めて久しぶりだね~」
「お、お久しぶりです」
「…………」
火紅羅神社本殿。そこに案内された二人は座り、神楽と少々の談話。ぎこちなくなるのも無理はない。なにせ会ったのは五年ぶりなのだから。
飛鳥は思う。……やっぱり体型が良いな、と。自分でも少し自信はあったが、この人を前にすると寂しく思える。
ふくよかすぎる胸、なのに引き締まった腰。
これが隣にいる誾の姉、神楽さんだ。と、悶々と考えている。
「やあやあ、久しぶりだね~、我が弟よ~」
「この人は俺の姉なのか、飛鳥?」
やはり記憶を失っているらしく、姉の事を覚えていない事が分かる。
「えーと、名前なんだっけ?」
「あ、今は誾ってことになっています」
へぇー、と誾を見る神楽。
「誾か~、良いんじゃないかな?」
「どうも、我が姉」
「も~、姉さんでいいよ~」
そこで飛鳥は、誾の今の状況を説明する。
「誾は今記憶喪失で……」
そうなんだ~、と軽く返す誾の姉。心配してあげないのか、と飛鳥は思う。
「やっぱりそうなっているんだね」
神楽は少し深刻そうな顔をしてから誾の顔を再度見る。
「?」
そして誾は不思議そうな顔をしている。
「ねぇ、飛鳥ちゃん。誾の近くに〝花〟みたいなの無かった?」
そう訊ねられ脳裏に浮かんだのは、荒流の使っていた〝神世七代〟に他ならなかった。
「花ではないですけど、花弁はありました。あいにく今は持っていないんですけど……」
「そうか~……」
すると、すまないが……と誾が話に加わる。
「その〝花弁〟というのは、これの事だろうか?」
そう言って誾が取りだしたのは、荒流の持っていた美しい緑色の花弁一枚。
(というか、なんで誾が持っているの!?)
飛鳥は疑問に思った。
「そうそうそれそれ」
と、おっとり口調であるが、少し真剣みが増した神楽が話し始める。
「どうやらその花弁―って言うか花なんだけど、そこに誾の何かが封じ込められているみたいなんだよね」
「封じ……込められている?」
そう、と、神楽は少し悲愴風に告げる。
「飛鳥ちゃんは覚えてる? 五年前、この村――炎天ノ村が崩壊した時の事」
「は、はい。忘れるなんてこと、できませんから」
飛鳥は少し悲しそうに言う。それも無理はない。母の障害はあの時起きたもので、隣にいる誾の元気な姿に会ったのは、あの時が最後だったのだから。
そして、前の誾にあった最後の日……。
「あの時、私はまだ神社の境内にいたの」
神楽は思い出すように語り始めた。
「境内で父の帰りを待っていた私は、弟―誾の帰りが遅い事を心配して、家の方に向かったの。少し歩いて誾と父を見つけたのだけれど、父は自分の血に沈んでいたのよ」
「っ……」
飛鳥は、ふと昨日の母の事を考えてしまう。
「その時の動揺は今でも忘れられない。その時私は一七だったけれど、さすがに父の死を目の当たりにして平常心は保てなかった。だけど、色々気になってゆっくり奥の方を見たの。そこでは倒れている―今で言う誾が倒れていて、その隣に黒い髪のその頃の誾と同い年くらいの男の子が立っていた。その次の瞬間、七色に光る花が、それぞれの色で七つ、誾から出てきたの」
「え、じゃあ、それが……」
「多分それじゃないかな。どう考えても不自然でしょ? 人間から花が出てくるなんて」
確かにそうだ。と、飛鳥は同意をする。そんな非現実的な事があるなら、人間は一体何なんだ、なんて深く掘り下がった話になってしまう。
「で、それが黒い髪の少年に奪われていったんだよ。そしてその五年後、誾は今、こういう状況下にある。これで分かる事ってある?」
「! まさか!?」
ハッとする飛鳥を横目に、誾は小鳥を見ていた。
「わー。ピーチクパーチクー」
「……誾。ごめん、笑いそうになるから声に出すのやめて」
「そうなのか? ……わかった」
心底残念そうに、誾は小鳥を見ていた。
「えっと、話変わっちゃったから元に戻すけど、こういう状況下にあるという点から推測すると……」
飛鳥がゆっくりと、そして震える声で告げた。
「この花には誾の記憶と感情が入っている……?」
「恐らくね」
「で、でも、そんなことあるわけが……」
「飛鳥ちゃん。現に今、誾はこういう状態にあるんだよ」
ふと横を見ると、誾がししおどしを見ていた。上がったり下がったりするのと同時に首を上下に動かしている。
……飛鳥は笑いそうになるのを堪え、昨日あったことを思い出し、口に出した。
「そういえば、それを持っていた荒流っていう侵略神社の神主が、それが『興味』を司る〝神世七代〟だって言っていたような……」
「神世七代? それは本当?」
「え、ええ、そうですけど、心当たりがあるんですか?」
まあね、と神楽は一言言い、饒舌に話し始めた。
「神世七代っていうのは、この東御国で初めて生まれた八体の神の内の七体のこと。ある一体の全類の神、宇宙ノ中主大明神を護衛する神々なの。それぞれ、国常、豊雲、宇比爾、角杙、威憤斗、阿夜柏、伊佐那。それらが伝記上の神世七代と呼ばれる神々なの」
飛鳥の手が動き、鈴の音が鳴った。
「……っと、少し脱線しているね。とにもかくにも、その花―〝神世七代〟を集めない限り、誾は記憶、感情共に戻すことができないってことだね。じゃあ、試してみようか」
「試す?」
「ちょっと待ってて。今取ってくるから」
そういって神楽が立ってから数分。奥の神殿から神楽が出てきた。
「これなのよ」
そういって差し出したのは―紅く光る美しい花だった。
「これ……もしかして?」
「うん。多分〝神世七代〟だと思う。何の感情が入っているかは知らないけど」
紅い花は、紅い光をまるで蝶の鱗紛の様に撒き散らし、鮮やかな紅い花弁は、自らが特別であると主張しているように見える。
「とりあえず誾。これ持ってみて」
「持てばいいのか?」
誾は優しく〝神世七代〟を掴んだ。
「…………」
「…………」
「…………」
…………。
「何も起きないが」
「あっれー?」
神楽の顔が、一層ほわっとした顔になっている。
(ああ、そんなに予想外だったんだ……)
「少し時間が必要なのかもしれないね。じゃあ待っている時間、飛鳥ちゃんと契約でも結ぼうか」
「へ? いえいえ、私契約者じゃありませんし」
いいや。と、神楽は首を振り、告げた。
「飛鳥ちゃんは契約者だよ。なんて言ったって―お父さんが契約者だったんだから」
「そ、そうなんですか!?」
「うん。火紅羅神社と契約していたから、分かるんだよ。ということで契約するから―」
神楽はにっこりとした笑顔でそれを告げた。
「誾と接吻して」
「……へ?」
「あれ? わからなかった? ……って、そういえば、こういうのってワンダーの言葉のほうが知られてるんだっけ? じゃあ言い直すね。誾とキスして」
「……へ?」
第二章……続。
感想書いていただけると幸いです。意見もどうぞ。参考にさせていただきます。




