第一章Ⅰ 「紅染」
読み方は「くれぞめ」です。
契暦一五年。ある村の襲撃から五年の月日がたった。
「ここのジャガイモと人参、あと玉ねぎもください」
「おやおや、飛鳥ちゃん。毎度ありがとね」
そこには店を構える優しそうな女性と、茶色い髪を長く伸ばした十代後半の少女が話していた。
「いえいえ、そんな」
ここは東御国、内陸にある輝ノ村。御国八十神の一柱である「光命聖神」を祀る光ノ神社を中心とした集落である。
ここは、ある村からの移住者が開拓して作られた村であった。神社はもとからあったが、なかなか開拓されようとはせず、神社の神主、大神主が住めるスペースがあっただけであった。
そのため、なかなか人に知られていない静かでのどかな村である。
「ふう、買い物はこれくらいでいいかな?」
飛鳥と呼ばれた人物はとある村からの移住者である。
その昔、そのとある村と言うのは、当時まだ無名であった『神社』の少年がすべてをめちゃくちゃにした村の事である。
その時の生存者は全体の人口の約八分の一。つまりその村の人口約二〇〇〇人分の、約二五〇人。それがある村の生存数であった。
「あっ、一つ買い忘れが」
飛鳥がいるのは村の中心である市場。そして彼女は果実店で足を止める。
「すいません。りんごをください」
「はいよ。まいどあり。このりんごは、あいつに?」
飛鳥の呼びかけに答えたのは気のよさそうな中年の男であった。
「まあ……はい」
「そうかい。起きるといいな」
「はい!」
なぜか飛鳥はうれしそうに果実店を出て行った。
「ただいま」
飛鳥が家のドアを開けると、部屋の奥で座っている女性が優しく微笑んだ。
「おかえり飛鳥。食べ物は買えた?」
「うん、お母さん。えっと、今日は肉じゃがにするから」
「お願いね」
飛鳥の母親は足が悪い。それはある時に傷を負って歩けなくなってしまったからである。
そのある時とは、村からの逃走時である。逃走時に転んでしまい、動かなくなってしまったのだった。
「あいつは? まだだめそう?」
「ええ、やはり起きて来ないみたい」
飛鳥は家の奥にあるドアに近づく。
ガチャ。
そこには、眠る銀髪で端正な顔立ちの少年がいた。
その少年は横になっており、その横には点滴。この点滴も飛鳥が一日三回変えている。
見る限りでは、齢は飛鳥とそう変わらなさそうだった。
(私の幼馴染。唯一無二の幼馴染……)
〝彼〟は飛鳥と同い年であり、幼馴染。だが飛鳥は〝彼〟の名前を知らない。いや、思い出すことができないのだ。
(あいつとの記憶は思い出せる。初めて会ったときの記憶さえも思い出せる。それなのに……)
名前だけが思い出せない。これが飛鳥にとってどれだけ苦しいものか。仲良く遊んだ幼馴染。一緒に笑った幼馴染。悲しいときに慰めてくれた幼馴染。やさしくしてくれた幼馴染。
そんな幼馴染の名前を覚えていないのだから。
(それに……)
〝彼〟は五年間、目を覚ましていないのだ。
飛鳥はそっと腕についている鈴のついた橙と白色の腕輪を見る。その腕輪は〝彼〟との思い出の証だった。
眠り続ける幼馴染。どうやったら起きるのかもわからず五年が過ぎた。
いまだに方法はわからない。それが何より悔しかった。
〝彼〟を見つけたのはすっかり形を失った村での事。避難した場所で会うことができず探しに行ったところ、血だらけで倒れている〝彼〟の父親と、眠るように倒れている〝彼〟を見つけた。人を呼び診断してもらうと〝彼〟の父親は死亡、〝彼〟はただ寝ているだけだという結果になった。
その時はただ寝ているだけ、となっていたが、それが五年も続いた。
飛鳥の目にうっすらと涙があふれる。
(ううん! 今は泣いている場合じゃない)
涙を拭った彼女はりんごをベッドの近くにある机に置き、
(よし!)
部屋から出て家事を始めた。
●
所が変わり、ある暗い部屋。唯一あるろうそくの灯が怪しく揺らいでいる。
「……例の計画とやらは進んでおるのか?」
話しているのは、御簾の裏に鎮座している人影と、袴姿の男だった。
「はっ! 山是様。この村を狙いとしております」
袴姿の男は地図を取り出した。その地図は東御国を記したものである。彼はある場所を指で示した。
「ここであれば『あれ』の実験場所には最適かと……」
御簾の裏の人影、山是と呼ばれる者は、ふむ、と手を顎に付け、少し考え込む。
すると御簾の前にいる、山是と呼ばれる者の側近と思われる男が、
「そこには神社があるのではなかったか? 確か御国八十神の一柱である光命聖神を祀っている……」
「はい、ですが、少々の反抗勢力なら、むしろ実験材料となるのではと……」
御簾の裏の人影は扇子を広げ、ほっほっほっ、と笑い、
「では、荒流に『あれ』の花弁を一枚渡し、奴を筆頭にこの村を『侵略』してくるのじゃ」
そして山是は扇子をピシャと閉じ、
「我らが山蠕大蛇様にかけて」
「御心のままに……」
袴姿の男が立ち去る。
「大事に使うのじゃぞ、荒流。〝神世七代〟を……な」
一斉にろうそくの灯が消える。
まるで、誰かの命の灯を消すかのように……。
●
翌朝。
カンカンカン!
突然鐘の音が鳴り響く。飛鳥は飛び起きた。なぜならこの鐘の鳴らし方が初めてのならしかただったからである。
「なにこの鳴らし方……」
寝巻のままだが、橙と白色をした鈴付きのブレスレットを身に付け、玄関のドアを開くと、
「えっ? な、なにこれ」
飛鳥の目に見えたものは……、
燃え盛る村の光景であった。
「あ……!」
燃える家屋、道に倒れる自警団の兵士達、そして村の人々。その光景はまさしくあの村を見た最後の光景と同じもの。
「誰が……!」
すると、村の入り口付近が騒がしくなる。
「どうもこんにちはー!」
そこには浮ついた言葉で話す青年と、その後ろにたくさんの兵士がいた。
「侵略神社の者でーす! ケケッ!」
神社は五年前二つの種類に分かれた。人々の生活を豊かにするために契約者と契約する神社。「加護神社」と、神社の勢力をのばすために契約する「侵略神社」。
侵略神社の誕生はある村の壊滅を行った少年の行いによるものであった。
「突然ですけど、この村を取らせてもらいまーす」
侵略神社はその後、勢力を伸ばし、現在は加護神社の半数までに増えた。
「んじゃ!」
浮ついた言葉を話す青年は後ろにいるたくさんの者たちに号令をかけ、
「侵略開始! すべては山是大神主の御心のままに! ケケッ」
侵略を開始した。
次々と侵略神社の神主達が村に火を放ち、手に握られている槍で村人を虐殺していった。
そんな中、光ノ神社から髭の囃した老人が出てきた。彼は光ノ神社大神主の晃。
彼は叫んだ。
「我が神社との契約をせし、契約者よ! 今こそ契約を執行しこの村を守るのだ!」
すると屈強な男が、浮ついた言葉を話す青年と相対した。
「村を侵略しようとする者よ! 名を名乗れ!」
すると浮ついた言葉を話す青年はケケッと笑い、
「よく言われるけどさぁ、名を名乗るのは普通そっちからじゃねーの?」
すると、青年と相対した屈強な男が、大きく口を開いて叫んだ。
「我は光ノ神社と契約せし契約者、源治之! お主と相対するものだ!」
すると青年は、ふーんと、感心したようにしたが、笑い始めた。
「へー源治之。すっげー変な名前! ケケッ。 あーそうだった。名乗るんだったっけ? オレは山是神社神主兼、別機動隊隊長兼、契約者の荒流。よろしくねー。まあ―」
荒流は再度笑い、
「どうせあんたは死ぬから憶えられないだろうけどさ。ケケッ」
「ふっ……」
源治之は一度笑ったあと、青年をにらみ、
「思いあがるなよ、クソガキが!」
「試してみる?」
源治之は契約のための浮遊自己投影型情報伝達表示枠、通称『浮遊枠』を表示。黄色い『浮遊枠』で、光ノ神社との契約の執行を開始した。
(通神回路構築!)
数秒後『浮遊枠』から《回路接続完了》という文字が浮かび上がった。
「遅いぜ! 我求むるは全てを貫きし槍! 神よ、我が願いを聞いて給われ!」
荒流の見えざる『浮遊枠』が光った気がした。
「【召喚】!」
荒流が動き出す。すると彼の右手に槍が召喚された。
「しまっ!」
避けようとするが、源治之の脇腹に槍が掠る。
「ケッケッケッ!」
「ぐぅ! つっ!」
なんとか体勢を立て直した源治之は再度、契約執行のための段階を踏み始めた。
「天と大地を照らす光よ。我の下に力となって輝け!」
源治乃はおもむろに右手を太陽にかざす、
「奉納内容を開示。日光を奉納! 許可願います」
一瞬陽の光が消えた。
荒流は再度ケケッと笑い、【召喚】した槍を突き出し、
「もう一発くらっちまいな!」
思いっきり源治之の腹に刺した。
「ぐはっ!」
源治之の腹から鮮血が溢れる。
《契約内容【来光】契約執行を許可します》
源治之の『浮遊枠』から『奉納承認』と言う文字が浮かび上がり、許可の放送が流れた。
「よしっ!」
源治之は『浮遊枠』を《隠影》に移行。『浮遊枠』は源治之の周りから姿を消す。
「契約執行! 行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
源治之の右手から光が放たれ、荒流の方へと向かった。
「だから、遅ぇーつってんだろうがぁっ!」
荒流は光を間一髪でよけ、槍を源治之へ向け―刺した。
「が……」
引き抜き、刺す。貫く。振り上げ、振り下ろす。【召喚】された槍は、いつの間にか真っ赤に染まっていた。
源治之が力なく倒れる。目の焦点は合っておらず、倒れた地面の口のあたりの埃は、動くことがなかった。
「い……い……」
少しずつ状況が見え始めた飛鳥を含め、村の人々は、
「いやぁああああああああああああああああああああああ!」
叫んだ。希望の光である契約者の戦闘不能により、彼らはただ叫ぶことしかできなかった。
錯乱し、狂乱し、逃避し、死ぬ。
その後の光景は見るにも無惨だった。
侵略神社である山是神社の神主、荒流が率いる神主の集まりである別機動隊は、再び逃げまどう村の人々を一人ずつ殺して行った。
そしてその魔の手は、足がすくんで動くことができない飛鳥にまでおよび……、
「さーて、次は嬢ちゃんの番だぜー」
侵略神社の神主が舌をぺろりと舐めた。汚らしく、そしておぞましく自分の舌を舐めた。
それはまるで、小動物を狩る猛獣のように……、
「い……や……」
五年前の事件のトラウマと恐怖によって精神が不安定な飛鳥は、それでもなんとか動こうと歯を食いしばる。
(負けちゃ駄目! 負けちゃ―駄目なの!)
少し体が自由になった飛鳥は近くにあった自警団の刀を持ち、
「はぁぁぁあああああああああああっっっっ!!」
精いっぱいの力を振り絞って侵略神社の神主へと刃をむけ走った。が、
パシン!
「え……」
刀が弾かれた。
「なかなか思い切ったことしてくれるじゃねーか。嬢ちゃんよう」
その時、飛鳥は諦めた。いや、諦めるしかなかった。
「悪い子にはお仕置きが必要だなぁ」
ああ、これが運命なのだと。
「行くぜぇ!」
チリン……。
飛鳥の着けている腕輪の鈴が綺麗な音色を奏でた。
第一章 続……。




