第二話:白姫さまの優雅な(はずの)放課後
「おい……危ねえだろ。何ボーッとしてんだよ」
まさか、学園で唯一自分に興味を示さない宿敵、御堂玲央に抱きとめられるなんて。
至近距離で見つめる彼の瞳は、いつも通りの冷ややかさだったけれど、その腕は驚くほど力強くて温かかった。
「あ……ありがとう」
「まったく。これだけのプリント抱えて階段降りるなら、足元くらい見ろよ」
玲央はうさぎの腕から溢れたプリントを器用にまとめ直すと、無造作に彼女に突き返した。
「次からは気を付けろよ」
「はい……。とにかく、失礼いたしましたわ!」
うさぎは顔が火照るのを感じながら、逃げるようにその場を走り去った。
(何? いったい今のは何なの!? わたくしとしたことが、あんな男に顔を赤くするなんて……!)
◇◇◇
一方、一人残された玲央は、走り去っていくうさぎの後ろ姿をぼーっと眺めていた。
「……何なんだ、あいつ」
呆れたように呟き、ふと足元に目をやる。
そこには、階段の踊り場にポツンと落ちている、手のひらサイズの《《銀のコンパクト》》があった。
衝撃で落ちたのだろう。玲央がそれを拾い上げ、裏返すと、アンティーク調の彫刻の横に刻印があった。
――『大好きなおばあさまから』
「…………」
その古びた、けれど大切に手入れされた銀の質感を指先に感じながら、玲央は少しの間、無表情にその刻印を見つめていた。
「形見……か。仕方ない、届けてやるか。……って、あいつの家、どこだ?」
彼はスマホを取り出すと、慣れた手つきでどこかへ連絡を入れた。
「ああ、俺だ。少し調べてほしいことがある。――白姫うさぎっていう、女子のクラスメイトのことだ。……ああ。急ぎで頼む」
◇◇◇
その頃、うさぎは職員室での報告を済ませ、ようやく校門へとたどり着いていた。
胸のドキドキはまだ収まっていないが、彼女の脳内はすでに別の「戦場」へと切り替わっていた。
(いけない、いけない。あの男に惑わされてる暇なんてないのよ!)
門を出た瞬間、周囲に誰もいないことを確認し、うさぎは「ふぅ……」と深く長い息を吐いた。
背筋をピンと伸ばしていた力が抜け、少しだけ猫背になる。
「さあ、お姫様タイム終了。ここからは一秒の猶予もないわよ……!」
うさぎは素早くスマホを取り出した。LIMEの特売通知。そこには、彼女を戦慄させる一文が躍っていた。
『本日、アポロスーパー。夕方五時より鶏肉半額タイムセール開始! ※先着五十パック限定』
現在の時刻は四時四十五分。ここから駅前のスーパーまでは、通常徒歩で十五分。
「……間に合わない。走るしかないわね。この『白姫さま』の聖域を侵すようなダッシュを見せるわけにはいかないけれど……!」
うさぎは周囲を警戒しながら、ブレザーのボタンを外し、袖をまくり上げた。
そして、誰も見ていないことを確認し、駅前のスーパーへと猛ダッシュを開始した。
(待ってなさいよ鶏肉! 一グラムでも安い肉を、弟妹たちに食べさせてやるんだから……! ついでに余った予算で、あたしの美容液もとい、玉の輿への投資資金を貯めるのよ! ぐふふふ!)
腹黒い野心と、切実な生活感。両方を胸に秘めて激走するうさぎの姿は、まさに嵐。
だが、この時のうさぎはまだ、さらなる絶望を知らなかった。
向かった先のスーパーで、先ほど自分を助けた「狼」と再会し、自分のお姫様モードとはかけ離れた《《痴態》》を、完膚なきまでに目撃されることになろうとは。
(第二話 完)




