第一話「うさぎは学園のお姫様」
今年も桜が舞い散る季節……。
とある学園の校舎裏で、一人の男子生徒が切実な声を上げていた。
「白姫うさぎさん、ずっと好きでした! 俺と付き合ってください!」
「ごめんなさい」
即答だった。
男子生徒は彼女からの返事を待つ間もなく、その場で玉砕した。
「ガーン、そっそんな、誰か好きな人が……?」
「わたくし、まだ殿方とお付き合いする気はございませんので。それに……」
うさぎは一度言葉を切り、ブレザーの《《内ポケット》》にそっと手を忍ばせた。
そこにある銀のコンパクトの冷たい感触。それを指先で確かめることが、彼女にとっての「お姫様スイッチ」だ。
(おばあちゃん、今日も見ててね。私は完璧な白姫うさぎでいるから)
「――あなたは、私の恋愛対象にはなりませんね」
グサッ。
男子生徒は再起不能。その場に膝をついた。
学園に咲いた一輪の花、あるいは至高の宝石。
彼女こと白姫うさぎは、ここ私立蒼成学園で「白姫さま」と崇められていた。
学費の高い私立ではあるが、うさぎが着れば、既製品の制服ですらオーダーメイドの高級品に見えてしまう。
(まったく、よくもまあ飽きもせず。これで今月何人目かしら)
完璧な「白姫さま」として華麗にその場を去る。
校門を出て、一人になった瞬間に「ふぅ……」と仮面を解いた。
その時、ふと視線の先に遠くの角を曲がる男子生徒の背中が見える。
「あっ、あれは……」
たまたま遠巻きに目が合ったその男子は、まるで見向きもせずに去っていった。
学園中で確固たる立場を確立しているうさぎにとって、自分に一切の興味を示さない唯一の存在。
(あれは確か、同じクラスの……御堂玲央?)
(……って、それどころじゃないわ! 早く帰って準備しないと……タイムセールの時間は待ってくれないんだから!)
うさぎは優雅な歩調をかなぐり捨て、小走りに帰路へと就くのであった。
◇◇◇
翌朝。
昨日涙を流した男子生徒の心とは裏腹に、空は雲一つない晴天だった。
優雅に校門をくぐるうさぎに、周囲が勝手に道を開ける。
「おはようございます、白姫さま!」
「おはようございます、みなさん」
うさぎは十六年間鍛え上げられた「お姫様モード」で、微笑みを絶やさず昇降口へ。
すると下駄箱の前で、スマホをいじりながら歩いている男子生徒と目が合った。
「ああ、あんたか」と言わんばかりの冷めた一瞥をくれると、彼はそのまま去っていく。
(昨日の……? やっぱり、御堂玲央ね)
彼は他の男子のように目を輝かせることもなく、欠伸をしながら通り過ぎた。
(な……っていうか、無視!? このあたしを!?)
うさぎのプライドに、小さな、しかし消えない傷が付いた。
(いつか絶対、御堂玲央~~~~!! あんたを惚れさせて、盛大にフってやるんだから!)
◇◇◇
階段を上がりながら、うさぎは密かに「野望」を燃やしていた。
(この調子で学園中の男子を虜にして、その中から最高に条件の良い《《買い物件》》をゲットして、絶対に玉の輿になってやるんだから!)
「ぐふふふ……」
「はっ!」
(いけない、お姫様モード、お姫様モード!)
気を取り直して、内ポケットから《《銀のコンパクト》》を取り出した。
おばあちゃんの形見であるそれは、アンティーク独特の鈍い光を放っている。
カチリ、と小さなラッチの音。鏡に映る自分を確認する。
「よし、今日も完璧!」
(いい大学に進学して、いい男を捕まえて、あたしはこの現状から抜け出すのよ)
◇◇◇
教室のある廊下では、今日も彼女の噂が飛び交っている。
「昨日も玉砕したらしいわよ」「一体どんな男ならお眼鏡にかなうのかしら」
うさぎは内心、複雑な思いだった。
(一体、いつになったらあたしのことをこの『現実』から連れ去ってくれる人が現れるのかしら……)
自分の教室の扉を開ける。
「あっ、白姫さんだ!」
クラス中の視線が集中する。
「ごきげんよう、みなさん」
「白姫さま、今日もお美しい! ぜひ今度デートを!」
「白姫さんはやっぱり別格よねぇ」
最高の笑顔を振りまく。この学園において、自分は「最強」のヒロインだった。
「うさぎ~っ!」
やってきたのは、奈緒とくるみ。
公務員家庭の「無自覚な中流」奈緒と、小金持ち家庭のくるみ。
育ちがよく、偏見のない彼女たちは、うさぎが数少ない「心から気を許せる」友人だった。
「ねえねえ、今度うさぎの家に遊びに行ってもいい?」
「!」
「そうそう、わが学園のお姫様の邸宅、一度拝見したいわ」
「オホホホ……そ、そのうちね。今はちょっとお部屋の模様替え中なんですの」
(まずいわ……! 今の家を見られるわけにはいかない!)
なんとか話題をそらし、クラスを見渡す。
(このクラスの男子もあらかた告白してきたけれど……大した物件は残っていないわね)
自分を讃える者、慕う者。学園はうさぎの「理想郷」だ。
――ただ一人を除いて。
「おい、玲央。白姫さまがこっちを見てるぞ」
「ん?」
玲央と呼ばれた男子は、こちらに気だるげな視線を向けた。
「白姫か。ただのクラスメイトだろ」
「!」
(御堂玲央……! コイツ、コイツだけは……!)
「おい、白姫さまに向かって不敬だぞ!」と周りの男子が騒群が、玲央は意に介さない。
「お前らが過剰評価しすぎなんだよ。ただの女子じゃないか」
(宿敵、確定! 絶対に後悔させてやるわ!)
◇◇◇
「それじゃあ白姫さん、これお願いね。いつも助かるわ」
「はい、先生。お役に立てて光栄です」
放課後。うさぎは担任から預かった大量のプリントを胸に抱え、廊下を歩いていた。
(ふっふっふ。こうして先生の信頼を得ておけば、推薦枠への道も安泰……)
動機は極めて《《邪道》》。しかし、うさぎは徹底した現実主義者だった。
(よいしょ, よいしょ。……さて、今日も早く帰ってみんなの夕食を準備しないと。今夜は……)
考えながら階段を降りようとした、その時。
「あっ!」
胸元のプリントが一枚滑り落ちた。慌てて手を伸ばそうとし、うさぎはバランスを崩した。
目の前がスローモーションになる。
(あ、これ……新聞に載るやつだ……)
もう助からない。そう思って、彼女はギュッと目を瞑った。
ガシッ!
「!」
衝撃に備えていた体は、温かな「誰か」の腕に抱き止められていた。
「おい……危ねえだろ。何ボーッとしてんだよ」
「御堂……君……?」
自分を救ったのは、まさかの御堂玲央だった。
至近距離で見つめ合う瞳。
うさぎの胸の中で、かつてないほど大きな「お姫様スイッチ」が跳ねた。
いつも応援ありがとうございます!
本作について、読者の皆様に少しだけお伝えしたいことがございます。
普段の私の作品とは少し作風が違うな、と感じられた方もいらっしゃるかと思いますが、実はこの『うさぎと狼』は【少女マンガ原作】として考案し、描いているものになります。
本来は別の形で皆様にお届けする予定だったのですが、そちらのコンバート(媒体変換)にはもうしばらく時間がかかりそうな状態です。
そのため、「まずはストーリーを皆様に楽しんでいただきたい!」という思いから、先行してこちらの小説形式(なろう版)として発表することにいたしました。
なお、本作は【全3部構成】の長編を予定しております。
今回発表していく「全十三話」をもちまして、まずは物語のプロローグとなる【第一部】が完結となります。
不格好だけど最高にタフで愛らしい偽物のお姫様と、孤独を抱えた本物の一匹狼。
二人のサバイバルな放課後と秘密の共犯関係を、どうぞ最後まで温かく見守っていただけますと幸いです!
もし面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価、ご感想などで応援よろしくお願いいたします!
↓うさぎと狼のサウンドコレクションです
https://ncode.syosetu.com/n0267ml/




