第十二話:うさぎの放課後の秘密、玲央の名探偵大作戦?!
「ねえ、うさぎ。駅前に新しくできたショコラトリー、行かない? 期間限定のフォンダンショコラがあるみたいだよ!」
放課後の蒼成学園。西日に照らされた教室で、親友のくるみがスマートフォンの画面を差し出しながら目を輝かせた。
「そうよ、うさぎ。たまには放課後、三人でゆっくりお茶しましょうよ。最近、あなたなんだか忙しそうなんですもの」
奈緒も心配そうに、しかし優しく同意するように頷き、うさぎを覗き込んだ。
いつもなら二人の誘いに二つ返事で飛び乗るうさぎだったが、今日ばかりは顔を引きつらせ、凄まじい手つきで鞄に教科書を詰め込んだ。
「……ごめんなさい、お二人とも! 今日はどうしても外せない『最優先事項』があるの。あの方が……『青い背中の貴公子』が、今この瞬間も私を待っているわぁおおお!」
「き、貴公子!?」「うさぎ、それってもしかして……!」
驚愕に目を見開く奈緒とくるみを置き去りに、うさぎは「白鳥」の優雅さをかなぐり捨て、爆速で教室を後にした。
その背中からは、もはやお嬢様のオーラではなく、戦場へ向かう兵士の殺気が漂っていた。
その様子を、数人の友人と談笑していた御堂玲央が聞き逃すはずもなかった。
「……貴公子だと? 一昨日、俺と『共犯者』になったばかりだというのに、あいつは何を言っているんだ」
玲央は友人たちに「悪い、用事だ」と短く告げると、不敵な笑みを浮かべ、密かにその背中を追った。
第三話で自分がされた屈辱を晴らすべく、帝王による《《逆・尾行》》が始まった。
◇◇◇
商店街の入り口近く、どん詰まりの路地裏の影。
玲央は看板の隙間から、信じられない光景を目にすることになる。
そこには、お嬢様としての余裕を完全に失い、必死に着替えようともがく「抜け」だらけのうさぎの姿があった。
「あわわ……リボンがエプロンの紐に! ああっ、もう、絡まないでくださいまし! 時間がないのに!」
焦りすぎたうさぎは、エプロンと制服の大きなリボンを一緒に結んでしまい、身動きが取れずに独楽のようにくるくると回転している。
さらに彼女が頭に巻いたのは、あろうことか蒼成学園の金糸刺繍入り校章ハンカチだった。
「これ、おばあさまの遺言で『ピンチの時は頭に校章を』って……いいえ、嘘ですわ! そんなこと一言も言われてませんわよ! でもこれしか手近に布がないんですもの!」
誰に言うでもない必死の独り言を漏らしながら、うさぎはあろうことか、片方の足だけ《《高級指定ローファー》》を履いたまま、もう片方はサンダルというちぐはぐな足取りで『ハミング・デリ』の裏口へと突進していった。
「……あいつ、本気で言っているのか?」
玲央の額に、呆れの汗が流れる。
名探偵を気取って尾行してきたが、暴いた秘密があまりにマヌケすぎて、怒る気すら失せていた。
◇◇◇
「いらっしゃい……ってお前、なんだその格好。頭で学園の誇りを光らせて何してんだよ。……つーか、足元が半分お嬢様だぞ」
入り口のカフェブースで、案内役の湊がうさぎの姿を見て、堪えきれずに吹き出した。
「あんまりからかうと、ひっぱたくわよ! これは、……左右非対称な最新の美学ですわ! 早く店長を呼んでちょうだい!」
「はいはい。ほら、店長が奥で待ち構えてるぞ。さっさと行け」
湊がうさぎの背中を軽く押し、厨房へと促す。
その親密な光景を物陰から見ていた玲央の瞳に、微かな、だが確かな《《ジェラシー》》の火が灯った。
(……湊、と言ったか。あいつ、あんな風に口答えしながら笑う相手がいたのか……?)
だが、いざ調理場に立ったうさぎの姿は、先ほどの「抜け」っぷりが嘘のように神々しかった。
「うさぎちゃん、今日の煮付けも楽しみにしてるわよ!」
「奥様、今日は照りを出すために隠し味にこだわってみましたの! おまけにポテサラも付けときますわね!」
学園の「白鳥」は、商店街では「地域のカリスマ」として、圧倒的な輝きを放っている。その手際の良さはもはや芸術の域だった。
◇◇◇
結局、正体を暴いて詰め寄るタイミングを完全に逃した玲央は、一般客を装って、うさぎが気合を入れすぎて作りすぎた巨大なコロッケを一つ買い、帰路についた。
車の中で、紙袋から漂う香ばしい匂いを嗅ぎながら、玲央は独りごちる。
「……フン。白姫。お前、あんなに幸せそうな顔をして料理を作るんだな」
うさぎに孤独を覗き見られたあの日とは逆に、今度は玲央が彼女の「秘密の居場所」を知ってしまった。
二人の「共犯関係」は、温かなコロッケの香りと共に、より深く、複雑に絡み合い始めるのだった。
(第十二話 完)




