第十話:うさぎと迫る華麗なる麗華の罠
「……わたくし、確信いたしましたわ」
放課後の静まり返った生徒会室。
麗華は、手元のタブレットに映し出された数枚の写真を凝視していた。
そこには、学園で見せる気品ある姿とは程遠い、スーパーの特売品を必死に品定めする「白姫うさぎ」の姿があった。
「名家の令嬢が、百円以下の差額にこれほどの執念を燃やすはずがありませんもの。玲央様をたぶらかす、泥にまみれた偽物……。わたくしが、その化けの皮を剥いで差し上げますわ」
麗華にとって、玲央は人生で唯一「自由」を教えてくれた王子様だった。
あの夜のバルコニーでの思い出があるからこそ、彼女は自分を律し、彼にふさわしい「完璧な正解」になろうと血の滲むような努力を重ねてきたのだ。
だが、今の玲央は麗華のことなど一ミリも覚えておらず、あろうことか「偽物のお嬢様」であるうさぎを隣に置いている。
その事実が、麗華のプライドを、そして一途な初恋を黒く塗りつぶしていく。
◇◇◇
パーティー当日。
会場となる大ホールは、豪華なシャンデリアと生徒たちの家宝が放つ輝きで満たされていた。
麗華は、白鳥家が誇る「三代前からの家宝」であるダイヤを惜しげもなく披露し、会場の視線を完全に独占した。
そして、その優雅な動作のまま、獲物を追い詰める猟犬のような鋭い瞳で、ホールの隅にいたうさぎを指差した。
「さあ、白姫うさぎさん。貴方の『名家』に伝わる至宝も、皆様にお見せになってはいかがかしら?」
麗華の声がホールに響き渡り、全校生徒の視線がうさぎに集中する。
「えっ……わたくしの、宝物……?」
うさぎの顔から、さぁーっと血の気が引いていった。
今日この場所が「家宝のお披露目会」であることを、うさぎは麗華の策略によって直前まで知らされていなかったのだ。
カバンの中にあるのは、昨夜の買い出しの残りの小銭と、安物のリップクリームだけ。
「まさか、お持ちでないとはおっしゃいませんわよね? ……それとも、そのカバンの中にあるのは、名家にはおよそ似つかわしくない『薄汚いもの』ばかりなのかしら。貴方のその指先……お嬢様にしては、随分と生活の苦労が滲んでいるようですけれど?」
麗華は一歩、また一歩とうさぎに歩み寄る。
シルクのドレスが擦れる音が、うさぎにとっては死刑宣告の秒読みのように響いた。
麗華は、うさぎを衆人環視の中で「晒し者」にすることで、玲央に彼女の真実を突きつけようとしていた。
麗華の手が、うさぎのカバンを強引に暴こうと伸びようとした、その時――。
「……そこまでだ、白鳥」
氷のように冷たい声が、ホールの空気を切り裂いた。
人混みを割って現れたのは、御堂玲央だった。
彼は麗華を冷たく一蹴すると、震えるうさぎの肩を、周囲を威嚇するかのように強く抱き寄せた。
(合わせろ。今日だけは『お嬢様』で通してやる。その代わり、この借りは高くつくぞ)
玲央はうさぎの耳元で、他者には決して聞こえないほど低い声で囁いた。
玲央はポケットから、御堂家の刻印が入った最高級の《《ヴィンテージ・ブローチ》》を取り出した。
Extraordinary(特別)な輝きを放つそれを、全校生徒が見守る中で、うさぎの安っぽい制服の胸元に、あたかも最初からそこにあったかのような自然さで飾ったのだ。
それは、玲央がうさぎの「偽物」という共犯者になることを、学園中の前で宣言した決定的な瞬間だった。
「……っ!!」
麗華は息を呑んだ。
自分が何年もかけて、玲央のために守り抜いてきた「理想」が、玲央自身の手によって、うさぎという「不純物」のために踏みにじられた。
(どうして……! わたくしを救ったその手で、どうしてあの女の『嘘』を守るというのですか……!?)
麗華の声が、形にならない絶望となって震える。
だが、玲央は一度も麗華を振り返ることなく、うさぎを連れて悠然と会場を後にした。
◇◇◇
一人残された麗華は、煌びやかな光の中で、涙を流しながら笑った。
「……そうですのね。玲央様。貴方は、汚れた指先でわたくしの初恋を壊し、あの女との『偽りの日常』を選ばれるというのですね」
その瞳から光が完全に消え、底知れぬ漆黒の闇が宿る。
「ならば……わたくしが、その汚れごと貴方を、永遠に閉じ込めて差し上げますわ。……誰にも、触れられないわたくしだけの《《檻》》の中へ」
白鳥の執念が、今、逃げ場のない狂気へと羽化した。
(第十話 完)




