二話
俺の頷く様子を確認した男は、何やら操作するように指を宙に動かした。刹那、俺の体がほのかに光り、けれどすぐ元に戻る。
「よし。行こうか」
「いやおいちょっと待て! なんだ今の!」
「あぁ、そっか。わかりやすく言えば認識阻害かな。人間がいることはイレギュラーだからね、バレないためのおまじない」
言いながらぱち、と片目を瞑る仕草は気障っぽいのになんでか様になる。白髪の男はそれを意にも介さずさっさと歩き始めた。呆れたような笑みを浮かべて青髪の男もついて行く。俺も彼らの後を追った。
改めて立ち入る異世界の街並みはやはり不思議なもので、思わず息を吞む。大勢の人々によって全貌を見ることはかなわないが、異国情緒に富んだ建物の数々は、高校生の心を躍らすに十分なものだった。
そんな俺の反応が新鮮だったのか、青髪の男がこちらを振り返り小さく笑った。
「面白いかい? 確か、君の世界はこんな風だっけね」
「いや…俺の住んでた場所はこんなじゃないよ。外国と…国内なら、西か南の方で見れるかも」
いつだかの授業で見せられた映像が脳裏に蘇る。特段気に留めていなかったが、実際に近くで見るとしっかり感動を覚えるようで。通り行く人々の様相も相まって、まさに夢のような景色だった。
「そうだ、君の名前を教えてくれるかな。君呼びだと話しづらくってね」
「あっ…と、俺は志水明楽。お前らは?」
「僕はジニア。あっちの仏頂面はルベールね。しがない神様だよ」
「お前がしがない? なんの冗談だ」
速足で前方を行く白髪の男…ルベールが、自らの肩越しにこちらを睨んだ。先程と変わらず鋭利な眼光は、しかし低すぎない声により威圧感が薄れている。
「謙遜はする方がいいらしいよ」
「たわけ」
にこやかに言い放ったジニアを鼻で笑いつつ、ルベールは視線を戻してしまった。随分と愛想がないのは普段のことなのか。段々と慣れてきたが心地の良いものではない。いつか絶対笑わせてやると思ったが、いつかというほど今の状況が続くのは遠慮したい。早く帰れる前提で思考していなかった自分に一抹の驚きと困惑を感じた。
しばしの時と距離を経て、とある建物前に到着した。それは街の中でもひと際目立つ大きな屋敷で、屋敷を囲い込む高い門は、威風堂々とその存在を誇示している。外から見るだけでも一種の畏れすら覚えるその中に「許可は後でいいからとりあえず入って」と告げられた時には、全身全霊で首を振った。勿論横にだ。けれどそんな健闘むなしく、重く息を吐いたのち薄っすらと怒気をにじませたルベールによって首根っこを掴まれ、中に引きづられた。
半ば強引に立ち入ることとなった門の中にはまず広大な庭が待ち構えており、寝殿造のあの間取りが連想される。これまた必死の抵抗を破られお邪魔した屋敷内は、さすがに平安の開放感溢れる仕組みとは異なったが、実用的でありながら洗練された装飾によって威厳が備えられていた。
荘厳な建物に感動を覚える傍ら、いくつかの疑問が頭をよぎる。主に、ここはどちらの屋敷なのかと、俺はここで何をされるのか。ゆったりとした足取りで先に進む二人はこれといった説明をしてくれていない。つい今の今まで雰囲気に呑まれていた俺だったが、ようやく胸中に余裕が生まれてきた。聞くならまだ何もされていない今だろう。
「あのさ、ここって……?」
「ん、ちょっと待ってね。もうすぐ着くからそこで話そう」
「着く?」
どこに、という言葉は音にならなかった。大して前方を気にしていなかった俺は、突然一つの扉の前で立ち止まったルベールに次ぐジニアの背に飛び込むような形でぶつかった。いだだ…と声を漏らす俺を一瞥し、ルベールは片手で扉を押し開き存外広そうな部屋の中へ入る。ジニアは俺を心配してくれながら軽く手を引き、扉の奥へと誘った。されるがままふら、と足を踏み入れたその瞬間、見知らぬ声の数々が耳に届いた。
「あら、初めましての坊やじゃない? どうしてここに?」
「僕の判断で連れてきたんです。少し時間をもらっていいかな、二人とも」
「いいっすけど、なんですかそいつ。気に入らねぇ。ジニアさんの気配がする」
部屋の中にいたのは二人の男女だった。ドレスを着た華奢な女性と、軍服を着た赤い長髪の男。男はひどく怪訝な表情を隠しもせず前面に押し出し、俺に向かって指をさしている。
「俺からジニアの気配? なんで?」
「……随分偉ェようだなお前。ジニアさん呼び捨てにして、俺にタメ口? 何様のつもりだ、ああ?」
今にも掴みかからん勢いで、喉の奥から唸りを上げるように話す男。知らないうちに踏んだらしい地雷を収める方法など知る由もなく、俺は一歩後ろに引きながら慌てて言葉をつないだ。
「何様のつもりもないし、まずどこも誰かも知らないんだ俺は!」
「知らねェんだったらなおさら敬語だろ!? どこの教育受けたんだテメェは!!」
「すいませんでした!!」
惨敗。俺が100悪かった。上がったボリュームと弾みそのまま深く頭を下げる。ちらと見上げた相手はわかったならいいんだよとでも言いたげな、満足そうな顔だ。なお眉間のしわは寄ったまま。元からなのだろうか。
「で、この子は? ジニアの気配云々はそれが理由でしょう?」
「はい。彼はおそらく人間だと思われます」
「はあ?!」
先程よりも声がでかい。あのボリュームでもまだ振り切れていなかったようだ。
「すんませんでけェ声……いやでも、えぇ? 何故ここに?」
「それも含めて今から話す。一度全員座れ。お前もだ人間」
「俺名前教えたはずなんだけど……」
「知らぬ」
ごちゃついた空気を一声でまとめたルベール。というよりあっさり黙ったのは軍服男くらいで、女性とジニアは緩く雑談しながら席に着いたようだ。部屋の中央に鎮座している大きなテーブルの周りには合わせて七つの椅子があり、俺は安牌そうなジニアの隣に座った。
「では予定を変更し、会議前に話し合いを始めよう。議題は、この人間の処遇についてだ」




