三話
「処遇って……帰してくれる話は?」
「おい、敬語」
「いいよアングレ。固くなりすぎるのも困るしね」
「…わかりました」
アングレと呼ばれた軍服男は心なしか不満気だ。ぱっと見た姿や口調からしてそこまで礼儀礼節を重んじるような印象は受けないのだが、不思議なものである。
「それついてだけど、僕らとしても早いうちに君を元の場所へ帰してあげたい。問題は、どうして君がここに来てしまったのかなんだ」
ジニアの話に俺は首をひねった。神様にしたら、たった一人の人間くらいすぐに移動させられるものだと思っていたのに。
「明楽くん。ここに来る直前のことは覚えてるかい?」
「えっと…車に乗ってた。家族みんなで。けど、交差点に入ったところで横から…トラックかな。それが…」
そこまで思い出して、気が付いた。そうだ、俺の……
「俺の家族は? 一緒にいたのに……違う。トラックにぶつかられた、なら……」
__しんで、しまった?
「っ帰してくれ、今すぐ、あの場に!!」
頭に浮かんだ仮説は声にならなかった。けれど、その可能性が十分あるのなら、俺はいつまでもここにいるべきでない。早く、早く。
「どうして、俺だけ……!! いや、まだもしかしたら、ここのどこかにいるかもしれない。頼む、探してくれ!!」
「落ち着け」
「落ち着けるわけあるか!!」
半ば独り言じみていた言葉の羅列は、無論全員の耳に届いていただろう。しかし、誰一人焦る素振りも驚く顔も見せずこちらを見るままだ。俺はそれに一層の苛立ちを感じた。
ふざけるな。そっちからすれば他人事で、ましてや今日はじめましての人間の話だとしても、俺にとっては重大な事態に他ならない。薄々思っていたが、神様というものはこんなに冷たいのか。
「話を聞いて。明楽くんのご家族は生きてるよ」
「……は……? なんで、わかって」
「正確に言えば、病院に運ばれ治療を受けてる最中ってところかな。これ…お父さんか、は一番ギリギリかもしれないけど、助かるよ」
あたかも実際にその様子を見ているかのように話すジニア。変わらず落ち着いた語調は本来ならば内容も相まって安心できるものなのだろうが、今の俺にとってはそればかりではなかった。
「じゃあ、話の続きをしよう。向こうの様子を見るに明楽くんは大方事故死したんだろう。おそらくはそれと何らかの別の要因が重なって、偶然ここに来てしまった。彼を帰してあげるには、その要因を突き止める必要がある」
「待てよ、何もわからない! どうやって家族のことを知れた? 事故死したとか別の要因がとか言ってるけど、俺はどういう状況で、なんでこうなってんだ!?」
思わず叫んだ。あまりに変化のない表情が逆に少し恐ろしく、さらには平然と進む話の中に聞き捨てならないものが多く含まれていることが俺の動揺を大きくさせる。流石に看過できないと思ったのか、はたまた場__もとい俺__をなだめるためか、薄く息を漏らしながら女性が口を開いた。
「どこまで説明したの? 私たちと同時に済ませようったって、この子は当事者で人の子よ。優しくなさい」
紡いだ言葉はまるで子を叱る母親のような調子とともに響いた。ルベールは我関せずのような顔をして無視を決め込んでいるが、ジニアの方はそれより多少真面目に受け取ったらしい。女性へ軽く一礼したのちこちらに向き合った。
「申し訳ない、こっちのペースで進めちゃったね。えぇっと……困ったな、何から話せば」
「都度訊かせればよいだろう。話を進めねば何も終わらん。本来の議題も彼の御方も控えておるのだ」
「彼の御方?」
知らない話が次々と飛び出す。もういっそのこと流れに身を任せることも辞さないが、そも前提を知らなければその先を理解することは難しい。話をブチ切る罪悪感は放り、気になった部分だけを訊いてまずは全貌から掴むことにした。
「今我々がいるこの屋敷、延いてはこの世界の主君様のことだ。会わせるつもりはないが、万一にでもお会いした場合は失礼のないようにしろ」
「やっぱやばいとこだったここ……」
もっと必死になって抵抗しておけばよかったという後悔が脳裏をかすめる。最高に厳かな場所へ知らぬうちに連れられていたなんて本気で勘弁してほしい。一般高校生からしたら怖くてたまらない。先程まで何気なく座っていたこの椅子も、手を置いていたテーブルも、目に映るすべてが全く別のものに見えてきた。そんな俺の動揺に一切触れることなく、ただうるさかったものがようやく静かになったと言わんばかりにルベールが淡々と話を進めた。
「こやつが来てしまった要因についてだが、現段階でもかなりこじれているようだ」
「でしょうね。ジニアの某かで随分薄まっているけれど、よぉく見なくっても嫌な気配するわよ、その子」
「わかりますか。となると道中にも勘づいてた神がいたかもしれないな……早いうちに対処しとかないと」
「いや、この程度なら私も薄っすらよ。アングレは今気づいたようだし、あの子たちが来ていないのが唯一の証明になるかしら」
会話を聞いてふっ、と顔を上げてみれば、眉間に深くしわを刻みこちらを警戒した目を向けるアングレが目に映る。神様にとっての嫌な気配が、俺から。無論心当たりなんて微塵も存在しない。
「……本当に、嫌な気配としか言えねえ感じっすね。知らないはずなのにヤバいことだけはわかるっつーか……これで自分は何も知りませんーってのもタチが悪ィ」
シンプル暴言だろ、なんて言葉は飲み込んだ。これ以上あからさまに向こうの神経を逆撫でする気はさらさらない。
ただ、先程からずっと。会話が続く度、言葉が重なる度、頭の隅に居座る結論のような何かが膨れてくるような気がしてならなかった。




