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第8話 勝利への逃走

 


「おい」

「どこのガキだ。帰れ」

「私だ。セドリックだよ」

「……なんだァ? その(ツラ)


 日が昇ってすぐに泊まっていた宿屋に戻った。

 部屋に置き去りにした荷物を回収するためだ。私の巻物(スクロール)も、ミアンの装備も、今後の旅で絶対に必要になる。


 カウンターに鎮座する()えた店主に詰め寄る。

「私の荷物は?」

「兵隊が持って行った」

「嘘つけ」

「本当だよ」

 バーコードハゲ野郎はふてぶてしくも私の視線を真っ向から見返してくる。堂々とした態度を見れば、一見して真実を語っているふうに見える、が。


女将(おかみ)さんにお前の浮気をバラすぞ」

「降参だ。勘弁してくれ」


 悪びれるでもなく店主は裏を指差した。カウンターに舌打ちを残してキッチンに入り、床下倉庫へ入り込む。部屋の隅にあったねずみ色のぼろ布を剝ぎ取ると我々の荷物があった。


 押収される前に隙を見て隠したのだろう。兵隊には「セドリックが持って行ったのではないか」とか言い、私が現れたら先ほどのように「兵隊が持って行った」と言う。


 そうすれば荷物はまるっきりアイツのものだ。ネコババしようとしやがって。しみったれた奴め。(ふところ)から水晶を取り出し、手をかざして(とな)える。


転送魔法(ポータルスペル)、ブラックマーケット」


 かさばる甲冑類、刀剣類などをはした金で()()()()、さっさと倉庫から出た。


 今頃(いまごろ)あの親父はセドリックが来たと通報しているだろう。だが私が魔法を使った以上、兵隊の探知に引っかかったはずだ。しっかり絞られるといい。


 宿屋にいたのはざっと数分間だっただろうか。早足でごみごみとした闇市に突っ込む。さっさとこのミゾン・デューからとんずらして、ミアンと取り決めた集合地点に向かわなければ。


 別行動しようと提案してから、一時間ほど経つか。





「別行動? どうして?」

「連中が探しているのは二人組だろう。単独行動ならバレづらくなる」

「ふぅん」

「私は荷物を回収する。日が昇ったら先に集合地点へ向かえ」


 私とミアンが一緒に行動すると国家憲兵(ジェンダルムス)に見つかりやすくなるし、化粧(けしょう)で変装した意味もない。それに、もしも剣を抜くような事態になった時、ミアンは私を守りながらでは動けない。


 私はいくらでも抜け道を知っているし、ミアンも単独であれば二、三人の憲兵くらい蹴散(けち)らして突破できるだろう。我々は、お互いが足手まといになっている。


 そこまで伝えれば分かってくれると思ったのだが、ミアンはなおも疑うような目線を向けていた。


「何を気にしている?」

「セドリックを信じろって?」


 ――君をここで()いてもいいんだぞ――


 ――諦めるつもりはないのか?――


 そう言ったことを思い出した

「なるほど、君を撒くなら今か」

「あのね」

「冗談だ」


 私がこの風変わりな女聖騎士に肩入れしているのは自覚している。だが、(いま)だミアンは私のことを信用していないのか。


「言っただろう。付き合うと。男に二言は無い」

「じゃあ、あなたが集合地点にちゃんと来るかどうかで信用しようかな」


 私が姿を現せば、クライアント様の信用を得られる。つまりは私の行動次第(しだい)だ。丸吞みで信じると伝えられるより良い。

「ふむ、上等だ」


 ひとつ、聞いておかなければいけないことを思い出した。

「そうだ、ミアン」

「なに?」

「君、高いところは平気か?」

「はあ?」





 鼻の効く闇屋たちは国家憲兵の姿を見て引っ込んだのだろう。店主不在の屋台が多く、買い物できなかった客たちがぶつくさと文句を言いながら立ち去っていく。


 巻物(スクロール)を補充しようとしたが、満足にいかない。それでも顔見知りを捕まえて何枚か手に入れた。


 この町に集まってきているのか、憲兵の数が徐々に増えている。惜しいが、次で最後だ。漁師の爺さんのところへ顔を出せば――

「そこの君」


 十字路に入った時、群衆の切れ間にばったりと憲兵と出会ってしまった。まだ用事が済んでいないから、逃げ出すわけにはいかない。


 足を止めるしかなく、憲兵を見上げて表情筋を弛緩(しかん)させ、口を半開きにする。


「なんですか?」

「セドリックという赤髪で黒い肌の少年を知らないか?」


 若い男の三人組は、空色の上着に、深い紺色の革ズボン、軍帽には十字架に聖火の徽章(きしょう)という出で立ち。間違いなく国家憲兵だ。


 どうやら変装はうまくいっているようだが、長く話せば化粧だとバレる。少し悩むような仕草をし、視線を地面に巡らせてから男をまっすぐ見る。

「わかりません」

「そうか、親は?」


 馬鹿丸出しの孤児のフリで乗り切れるか?

「その、セドリックって人の親ですか?」

「違う、君のだ。一人か?」


「お父さんとお母さんは爆撃で死にました」

「そうだったか」


 そう伝えると、憲兵は軍帽のツバを触り、自らの目元を隠すようにした。


 事実だ。

 前世の父母は空襲に巻かれて死んだ。そして何の因果か、この世界に私を産み落とした父母も、西ナーヴァによる魔法爆撃によって死んだのだ。


 自分自身、あそこまでショックを受けるとは思わなかった。人生一回分、人死(ひとじ)には見てきたつもりだったが。


「……もう行っていいぞ」

 (うなづ)いて立ち去ろうとすると、その時、


「どうかされて?」

 品の良い女の声だ。

 憲兵たちはその姿を認めると、道を開けて姿勢を正し、身長の低い女に敬礼をした。憲兵と同じ制服を着て、軍帽から片側だけ金髪の縦ロールがぶら下がっている。私と同年代の少年を連れていた。


 憲兵が説明をしようと口を開きかけたタイミングを狙う。

「では、さよなら」


 そう告げて、(きびす)を返して歩き始める。また呼び止められることはなかったが、私を見る黄色の瞳は射竦(いすく)めるようで、白い肌の美人だが、表情は固まって氷の仮面をつけているようだった。


 憲兵共が敬意を払う相手。二十歳そこそこの若さだろう。あれで部隊長か。

 そう遠くないうちに相まみえるのだろう。

 あの、"人狩りジャンヌ"とは。





 海沿いの冬には湿った、重い雪が降る。街道から外れるとまったく除雪されず、降り積もった雪は自重で固まっていき、ほとんど氷だ。朝日を受けてきらきらと光っている。


 街道と馬車は兵隊が抑えているだろうから、馬も通れないような(けわ)しい山道を進む。この辺りの雪もしばらくは溶けないだろう。厳しく長い冬が終わり暖かい日もあるが、吐く息は白い。


 ミアンと示し合わせた合流地点。二十キロメートル先の崖まで三日あれば着くだろうか。最低限の荷物を抱えて、上り坂を進んでいく。


 ミアンは大丈夫だろうか。まあ、あれは特殊部隊出身だ。私よりも早く到着するかもしれない。今は自分の心配をしなければ。


転送魔法(ポータルスペル)、アポート」


 歩きながら魔法を使う。

 あらかじめ目印を付けた物品を手元に転移させる。ふっ、と現れた数枚の汚れた羊皮紙を見ると、足跡が付いていた。


 形状は軍靴。それもサイズ違いがいくつか確認できる。最低でも三人、昨夜キャンプをした洞窟に兵隊が入ったな。まず間違いなく追跡(ついせき)されている。


「優秀な猟犬でも飼っているか……」


 舌打ちは山の雪景色に消えていく。

 まったく、クヴァルツめ。あの女狐が私を紹介しなければ、こんなしんどい山登りをしなくて済んだ。ミアンと出会ってから眠りの浅い日が多いし、前金ももらえないまま手持ちの金を使いまくることになった。


 何より、巻物(スクロール)を使い過ぎている。

 自分の持っている戦う手段を脳みそに刷り込んでおく。


火矢(ファイアアロー)が二枚」

 低レベルの元素魔法(エレメントスペル)では、ゴブリン一匹倒すのが精いっぱい。


煙幕(スモークスクリーン)が二枚、影像(シャドウコピー)が一枚」

 使い勝手の良い煙幕に、別の人物へ姿を変える魔法。


魔法改変マジックオーバーライド閃光(フラッシュ)が一枚」

 こいつはジョーカーだ。相手の発動しようとした魔法を強制的に閃光弾に変える。ただし、高レベルの魔法に対しては不発になってしまう。


 六枚、たった六枚か。

 どんな危機に陥っても切り抜けられるよう、常に十枚は携帯するようにしてきた。


 クレア・ド・ルーンやファイアアローは叩き売りされているが、ミアンに使ったゾンビウォーリア、バニシング、ファントムペインの三枚は痛かった。


 ハイドアンドシークもだ。高レベルの魔法使いが作った、正真正銘、私の切り札だったのに。


 独り立ちして二年ほど、何も分からないこの世界で我が身を助けてきたのは、取引と巻物(スクロール)を扱う技術だけだ。


 それでも、煙幕を張り姿を変え、北へ向かわなければ、私だけは逃げられる。

 ミアンと交わした約束を反故(ほご)にして、彼女を見捨てれば。


 ぽつ、ぽつ、と雨が降ってきた。空には暗雲が立ち込めていて、雨足は強くなっていくだろう。木陰で立ち止まり、水筒の水で喉を潤す。

「気が滅入(めい)るな……」


 歩き詰めの疲労と、手持ちの不安、そして、これから「国家憲兵を()くためにやること」を考えると、ここで立ち止まってしまいたくなる。


 しかし、何だかんだと集合地点は目の前だ。

 森を抜け、潮風に(さら)される芝生を歩く。矢じりのように海へ突き出した崖以外、視界を(さえぎ)る物はない。


 崖の上にはぽつねんと墓石があって、およそ二十メートル下の海面を覗き込むと、波はひどくうねっていた。


 雨、風、荒れる海。

 墓石に背を預けて座り込み、内海を望む絶景にしばし心を奪われた。しばらくそうしていたかったが、息を整える間もなく、べしゃべしゃと足音が聞こえる。


「ねえ、あなた」


 ため息をこぼし、立ち上がり、振り返ると、少年に傘をさされた女が立っている。一切の感情を感じさせない、冷気をまとっているような表情で口を開いた。


「ミゾン・デューでもお会いましたね」


 来たな、ジャンヌ・ド・エルヴェシウス。



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