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第5話 決戦は終わった

 


 黒灰色の髪に、狐のような線の薄い顔に恨み言を言う。人懐(ひとなつ)っこい笑みと耳ざわりの良い声、女を使って距離を詰め、有り金をかっぱらっていく、


 私の師匠にして、知る者からは"銀狐"と忌み嫌われている――


「そんなに嫌わなくてもいいじゃない、セドリック」


 クヴァルツが、エールを(あお)っていた。


「ハァイ、ミアン。私のセドリックはどう?」

「悪くない」

「じゃあもう少し貸してあげる」

「ありがと」


「お前の物のように言うな」


 あっという間に三つ目のエールを飲み干した女は(みずか)らの薄い唇を舌で舐める。何か企んでいる時は決まってこの仕草をしていた。


 マクシミリアン卿に私を紹介した時もそう。人を雇って私を拉致(らち)し、荷物のように投げ込まれた船の中で、この女は船頭から金の入った袋を受け取りながら、「セドリック好みの仕事を持ってきたんだぁ」と言ってきた。


 あの時と同じ表情(カオ)だ。

 そんなことばかりだ。何度こいつに煮え湯を飲まされたことか。


「ミアン、この女は信用するな。人間ではないと思え」

「どうして? 親身に話、聞いてくれたけど」


「金は払ったか?」

 ミアンは首を横に振った。

 クヴァルツは私を紹介しておいて金を受け取っていない。コイツが無料(ロハ)で仕事をしている。良くない兆候(ちょうこう)だ。


「君の話が面白かったからだろう。他人の不幸は蜜の味、を()で行く外道だコイツは」

「セドリックったら(ひどぉ)い」


 しおらしく言っているが微塵も傷ついてはいないのだろう。

 ミアンが言った。

「それで、セドリックは仕事の詳細を聞きたいんでしょ」

「ああ」

「まだ聞いてなかったのぉ?」

「黙れクヴァルツ」


 クヴァルツに(こた)えた様子はなく、

「長話になるでしょ? 暗くなってきたら潮風で肌寒いし、どこか落ち着ける所で話しましょう」


 いいね、と呟いてミアンが伸びをした。クヴァルツはもう歩き出している。


 師匠の言いなりになるのは業腹(ごうはら)だったが、他に()えた代案が浮かぶわけでもなかった。小さな舌打ちを港に残し、親しそうに話すふたりの女に付いて行く。



 クヴァルツが連れていく店、ということで警戒したが私も知っている店だ。その辺の柱と金属板で建てられた違法建築に入り、丸テーブルに腰を落ち着ける。


 店内は満席で、酔っ払った港湾労働者たちの出す野卑(やひ)た笑い声が充満していた。女ふたりに子供がひとり。絡まれそうなものだが、横目でクヴァルツの姿を認めた連中は自分のテーブルに目線を戻す。


(おご)るよ」

 ウェイターに注文を済ませたクヴァルツが言った。


「何が望みだ」

「裏なんかない。再会を祝して」


 絶対に嘘だ。

 すぐに三つのジョッキが叩きつけられるようにテーブルへ置かれた。揺れた水面がこぼれる。


 手に取って得体(えたい)()れない酒を()めると、美味(うま)く、飲みやすいが、そうと感じさせない程度にアルコールが強かった。


 ガキの身体では一杯で前後不覚に(おちい)るだろう。師匠の先兵だ。酔うわけにはいかない。


 しばらくはクヴァルツが聞いてもいない近況を喋っていた。ミアンはへえ、とか、うん、とか適当に相槌(あいづち)を打っているだけだったのだが、空のジョッキが増えるにつれてその(ほお)(あか)く染まっていった。


「ミアン、もうその辺に。()みすぎだ」

「いや、いいよ。そろそろ聞きたいでしょう? 私の殺したい男のこと」


 すっ、と喋り続けていた銀狐が黙り、ミアンの瞳が海に沈むように暗くなる――





 殺したいのは私の上官、ヨランド。

 前任の指揮官が戦死して、ヨランドはその後任として派遣されてきた。


 最前線の指揮官って仕事はさ、ルールを守って言うことを聞いていれば上手く行くような仕事じゃないじゃない?


 本国の会議室に詰めて地図を見てる雲の上の高官が命じた、この地点を取れ、とか、ここに基地を造れとか、戦略的と言うか……ある意味、漠然(ばくぜん)とした命令を戦術レベルで現実にするのが仕事なんだけど。


 貴族(良いところ)の出身というだけで今の地位に()いたヨランドには、それが分かってなかった。真面目なだけの男だった。


 ちょうど、あいつが来たのはスランエルフ半島の戦局が悪くなってきた頃でね。始めは占領したスランエルフ半島と、大陸側とで敵国(西ナーヴァ)を挟み撃ちにするって話だったんだけど。


 でも、大陸側は西ナーヴァの難所(チョークポイント)を攻めあぐねて、半島側は厳しい山岳地帯に阻まれて前線を上げられなかった。


 そうこうしているうちに西ナーヴァが本気でスランエルフを取り戻そうとし始めた。機動力の高い騎兵にゲリラ戦をされたうえに、雪が深くなってきて……負け続けた。


 たくさんの血を流してやっとヴァーニーダに築いた(とりで)の目の前まで敵が来てた。そうなったらもう、ヨランドくらいじゃ戦局を変えられない。


 あいつは戦争を数字でしか考えられなかった。千人には千五百人をぶつければいいなんて。天候とか、地形とか、兵站(へいたん)とか、装備とか、士気とか、それと、戦術だっていろいろあるじゃない?


 ヨランドは焦って、聖騎士隊だけでこのヴァーニーダの防衛にあたらせた。その間に主力で別の基地を攻め落とすってね。


 作戦会議は、前の聖帝が死んだ時みたいな雰囲気だった。増援を向かわせるってヨランドは言ったけど、負け戦だって分かってたから。


 でも軍人だから、命令に従うしかないって。「拠点を防衛して時間を稼げ」って命令をどう実現させるか考えようって。


 ……。


 …………。


 ………………。


 妹みたいに思ってた最年少の子がね、「もう皆で逃げてしまいませんか」って、泣きそうな顔で言ったのが忘れられない。


 軍人としての意見具申(いけんぐしん)なんかじゃなくて、家族を心配するような言葉だった。普段は厳しい隊長も、その時は叱ったりしなかった。


 戦いが始まって、その子が真っ先に死んだ。魔法が当たって。


 ああ、ここで私たちも全員死ぬんだって思った。敵は馬鹿みたいな数で攻めて来てて、私たちは二十人くらい。罠の(たぐい)は敵に飲まれてすぐに意味がなくなった。


 でも皆を守らなきゃって。


 振り払うように何か(わめ)いて、頭を真っ白にして。


 私は何人か連れて、砦を取り囲む敵兵に突っ込んでめったやたらに剣を振った。


 砦と辺りの森を走り回りながら、敵を倒して。


 味方とはぐれながら、敵を倒して。


 倒して。


 結果ね、増援は来た。

 側面攻撃する形になったから敵軍は意表を突かれて撤退。私は味方の旗を見て、気を失った。


 気が付いたら、聖騎士隊の皆は私を残して死んでいた。全員の死体が見つかったって、捕虜にされて(はずかし)めを受けなかっただけ良かった、なんて誰かが話しているのが聞こえて。


 意味が理解できなかった。


 砦は維持できないだろうって思ってたヨランドは一言、「良くやった」って。


 作戦は大成功。ヨランドは指揮官として勲章(くんしょう)をもらった。私は英雄として聖都に凱旋(がいせん)をしたんだけど、その時、立っていられなくなった。


 歓声(かんせい)と拍手と音楽で気が狂いそうになって、作戦にも参加できなくなった。英雄がそんことでは恰好(かっこう)がつかないだろうって、ヨランドは言い出して。


 私に長期の休暇を言い渡した。

 それで今ここにいる。



 さっきセドリックが「真面目で従順であることが、常に正義とは限らない」って言ったでしょ。その通りね。


 あの子が言っていた通りにすればよかった。あの場で正しいのは彼女だけだった。私たちはどうかしていたんだと思う。


 名誉とか、聖帝の期待に応えようとか、国とかのために。天国がどうとかって言ったって。


 命あっての物種(ものだね)じゃない。


 私にとって一番大事なものは聖騎士隊の皆だったってさ。


 それに気付くのが。


 遅すぎたのね。



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