第74話 決戦の行方
最初は天使かな、と思った。
まっすぐに突き抜けた太陽を背に、大きな歪な翼の形をした影が私の方へと向かってくる。
片方の翼は見事に大きくて羽ばたいているのに、もう片方はその半分くらいしかなくて。
羽ばたくごとにその羽が舞い上がり、私の頬をかすめていく。
天使の羽って白いと思ってた。
空気中に舞う羽が影のせいじゃなく、本当に漆黒の色をして…。
美しく光る太陽のような眼差しに吸い寄せられるように、私は天使様に手を伸ばす。
羽が黒いなら悪魔じゃないかと思うけど、何だかその翼はとても切なくて愛おしい。
そして天使様も手を伸ばして、その指先が私と触れた時、ドクンと胸が脈打った。
― すごく綺麗…。
輝く黄金の瞳に漆黒の髪。
芯の通った鼻筋に、形のいい唇。
右目の下に小さなホクロがあって。
この顔どこかで…。
繋がれた手から伝わる沸騰しそうな熱さにまたバクンと心臓が脈打って、重力が無くなるように体がふわりと浮いた。
― こんな綺麗な天使様に抱き締められながら死ぬなら、すごく幸せかもしれない
「…リ―!アリー!!」
声まで素敵なんて本当に…。
って、この声…この顔…この抱きしめられた感じ…。
「…ルー…カス…、天使?」
朦朧とした意識のまま頭に浮かんだものを発する。
「俺が天使だって?何、馬鹿な事を言って…」
ぎゅうと腕にの中に埋もれて、その隙間から空と大地が、そして地上に散らばる魔導師たちの姿が見える。彼らは私たちの方へと手を向けて、そこから黄色や緑、赤や青の綺麗な光を放っている。
その光が私とルーカスに降り注ぐように、そして温かく包み込むように集まってくる。
「これ…何…」
「ああ…魔力の源だろう。俺たちを助けようとしてるんだ」
ゆっくりと地上が近づくにつれ、私たちに近づく数人の魔導師たちがいる。
赤髪の…あれはディアナ。その後ろにいるのは、ノクスだわ。
それから、アレックスに肩を貸しながら駆け寄ってくるのは、シュナウザーね。グレイソンもいるわ。
それにあっちからはフリードとライトにアースまで。敵国なのに義理堅いのね…。
トンっと地上に足が着くと降り注ぐ魔導師たちからの魔力が体に集中し、頭にリングティアラのような結晶となって浮かび上がる。
「アリーが天使みたいだ」
優しく微笑むルーカスの顔に、目の前で起こったことがまるで夢のようでまだぼうっとしていた。
「私…生きてる…の?」
「うん。それと、俺を助けてくれた」
ルーカスにぎゅうっと抱きしめられボロっと涙がこぼれながら天を仰ぐと、空からまた真っ黒な影たちが落ちてくる。
「ルーカス、上っ」
でもそれはドルマンを乗せたルシエルや他の黒龍たちで、地上の攻撃が止むと同時に彼等もまた攻撃をやめ地上へと舞い降りてきたのだ。
そして白煙の奥の方から魔導師たちに拘束され引きずられながら近づく影。
その影の色が霧が薄くなるように見えてくると、水色の髪に目が黒い布で覆われているのが分かる。
「…あなたは」
「その声はアリサか…」
私の本当の名を唯一知るその男はもう支配者の影すら無かった。
すぐ後ろには「はなしなさいよ!」と唯一その男に使役された黒龍リタの姿が映る。
私の放った魔力の光の矢によって正気を取り戻した魔導師たちは、絶対に許さないという表情でその男とリタを睨みつけていた。
「あなたの本当の名前を教えて…」
「はは…そんなこと、言うと思うのか」
全ての力を使い切ったのかその男の手首には金の腕輪は無い。
「なら、あなたの記憶に聞くわ」
ふらっと立ち上がりその男に近づこうとすると、後ろから「アリー」と強く引き留められる。
「大丈夫だから。安心して、ルーカス」
私に力を与えてくれた魔導師たちの思いが流れ込んでくる。
その男に罰を与えてほしいと。
その男を同じ目に遭わせてほしいと。
そして、その男を救ってほしいと…。
魔導師たちの魔力によってできたリングティアラは今は金色に輝いており、あの金の腕輪は魔力を結晶化させたものだったのだと、こんな間際になって理解した。
「目隠しを、外してちょうだい」
動揺する魔導師たちに笑いかけると、彼らは互いの目を見合わせ、そしてゆっくりと男の目を覆っていた布を外した。
今やその男とリタの周りには大勢の魔導師たちと黒龍が取り囲み、私の一挙手一投足を見守っている。
「いいのか、アリサの魂に刻んだ命令は生きているのだぞ」
「その前にあなたの魂を救済します」
「救済?一体何を…」
そこで彼は私のリングティアラが何であるかを理解したようだが、もうそれは遅かった。
目隠しを取った瞬間に、すでに私は目の前の男の魂の核を捕えていた。
同時にエスティオと名乗っていたその男の本当の名前も…。
『ユスティオールの魂に命ずる!お前が魔力を使うことを死ぬまで禁ずる!これはここにいる全ての魔導師、魔物、そして私の願いである!!』
「やめ、やめろーーーーー!」
響き渡るエスティオならぬユスティオールの断末魔が耳の奥を突き抜ける。
彼の本当の名を知るために垣間見たユスティオールの記憶。
本当の王子エスティオが父親の手によって葬られるのを見てしまった幼いユスティオール。
お前が王子に成り代わるのだと、王を欺き、臣下を欺き、やがては自分をも欺いて、物心つく頃にはユスティオールではなくリュッセント王国の王子エスティオとして君臨する。
誰にも分からない孤独との闘い。
こんな風にしたのは誰かと向かう敵意の先に、自分たち一族を追い出した魔導師の子孫がソリティア王国にいた。
唯一無二の闇魔導師となって世界を統べる王へとその欲望は変換される。
そんな時に現れたのが私。
最初は闇魔法を継承させるための対象として、次に闇魔法が使えることでさらに執着して。
もしかしたら彼もまた闇魔法という亡霊に取りつかれた被害者なのかもしれない。
でも、それにしては多くの人を傷つけ過ぎた…。
その罪は人として裁かれなければならない。
例えその先にあるのが死だとしても。
「何て…残酷なんだ…。どうせなら殺してしまえばいいものを…」
水色の髪を前に垂らし、力なく項垂れるユスティオールを私はただ見下ろした。
「あなたの罪を裁くのは私ではないわ。リュッセント王国の民が決めることよ」
バラバラと崩れ落ちる瓦礫に囲まれながら、ただ一つだけ残る黒の魔塔に太陽が差し掛かる。
そうか…。
ここは西から昇って東に沈む異世界なんだっけ。
こんな時に全然関係ないことを思い浮かべながら、私は牢へと連れられ行くユスティオールと黒龍リタの背中を見送っっていた。
「これで、本当に終わったんだな…」
ルーカスが私の顔を見ながらにわかに微笑むと、そのままフッと前に倒れ込む。
「ふぅ…、これは燃料切れのようだ」
いつの間にと思うほど一瞬でドルマンがサッとルーカスの体を支え、そして私の頭の上に手をポンと乗せた。
「良くやったな。ただし生かしておくのやはり理解出来ないがな。人間の心情というのは難しいものだ」
それでもドルマンが私の仲間を助けようと、血の糸でシールドを張ってくれていたのは人間らしい一面だけどなと密かに思うのだった。




