第69話 運命の逆転
黒髪ナイスバディの黒龍、リタ。
どうして彼女がエスティオに自ら使役されているのか…。
黒い刻印ということは私とルーカスの時のように魔力交換をしたということだ。であれば双方同意の上。
でも他の黒魔導師たちが使役する黒龍の刻印は全て赤!
ということは使役されるのに抵抗した黒龍たちの血を抜いて飲んだということ。
見てみるとまだ幼い黒龍たちが多い。
魔力量の多い龍族を使役するのは難しかったのだろう。
「あたしのこと覚えてるかしらぁ、お嬢ちゃん」
「ええ、リタさん…ですよね」
何で。どうして。
聞きたい事はたくさんあるけれども、ここは慎重に行かなければならない。彼女は彼女の意志でエスティオの側にいるのだから。
ごくりと唾を飲み込むと緊張のせいで嫌な汗が背中ににじんだ。
「ねぇ、ルーカスとはどこまでいったのかしら?」
「え…どこまで…とは」
「そんなの最後までいったかどうかってっ…って、ちょっとその指輪なによっ!」
急に私の指をガッとつかむと、リタは私の金の石がはめ込まれた指輪をまじまじと見る。
エスティオも私の指輪に注視すると「その指輪がどうかしたか」とリタに尋ねた。
「これは…龍族の男が花嫁に渡す誓いの証よ。死んだ黒龍の魂の欠片とも言われる希少なものなの。ルーカスからもらったのね!」
興奮気味なリタの側でエスティオはまるでゴミでも見る様に指輪を凝視する。
「何と忌々しい。アリーシャ、それを今すぐ外してリタに渡すのだ」
エスティオの命令に逆らってはならない。
今逆らえばこうして敵の懐に入った意味が全てなくなる。
隙を見て魔導師たちを闇魔法から解放することだって出来なくなってしまう。
今はまだその時ではないとグッと怒りを堪えながら、私は指に手をかけゆっくりと指輪を外した。リタは目を輝かせながら両手で指輪を受け取ると、嬉々として指にはめ手をかざしてうっとりとしている。
「そう言えばぁ、さっきルーカス殺そうとしてたわよね。あんまり約束と違うことしようとするなら、あんたなんかには従わないからぁ。そこんとこ理解してちょーだいね」
「あれは言葉のあやだ。少し痛めつけて弱ったところを抑えるつもりだったのだよ。それにアリーシャは私の命令には逆らえない。彼女の命令であのルーカスとかいう黒龍を従わせればいいさ」
「なぁるほどね。さすが一国の王とだけあって賢いわ。どうせあなたもその子も100年もしたら死んじゃうのよね。待ってればルーカスは私のものだけど、なぁーんか気に入らなくってねぇ。ルーカスのお父さんにも手を引けって説得されちゃうし、でもこの子に私が負けるのがどうにも許せないわぁ」
二人の会話から察するにこの二人は利害の一致によって結びついているようだった。
まさかリタがここまでルーカスに執着していたとは知らなかったけど、そのために私に命令させてルーカスの行動を操ろうとしているのは許せない。
本当に好きなら相手の幸せを願うものだ。
この二人にはそれが決定的に欠けている。ある意味似た者同士なのかもしれないと思いながら、私は心の内が悟られないように平静を装った。
「少し疲れました。もう、休んでもいいですか?」
この二人の関係が分かったところで私のすべきことは他にもある。
黒魔法で操られている魔導師を解放せねば…。
それでこその完全勝利だ。
「ああ、そうだね。リタ、もういいかな?」
「そうねぇ、魔力はまだ十分にあるしもういいわ。言いたいことも言ったしねぇ」
エスティオは私の肩をしっかりつかむとそのまま奥のテントへと連れて行った。
中は思ったよりも広く豪華なカーペットにクッションとくつろげるスペースが作られている。
「自由に使うといい。ここは君のために用意したからね。私は少し用事があるから出て行くけれども、ここで大人しくしていなさい。わかったね」
「…はい。エスティオ様」
よっしゃ!と思いながらエスティオを見送った。
奴の目が離れた時が最大のチャンスだからだ。
この隙をずっと私は待っていた。そしてエスティオの目が届かないところで魔導師たちの闇魔法を解いていくのだ。
私はテントから顔を少し出しエスティオが完全にいなくなったことを確認すると、近くの魔導師を呼び寄せた。そしてほんの1秒もかからないうちに魔法を解除し、驚く彼等に協力をお願いする。
次にやったのがアレックスたちの魔法の解除だ。
彼等も普通に歩いていたので呼び止め、そしてテントの中に引き入れると一瞬のうちに解除する。因みに合図は指パッチンだ。
解除した時はディアナが私に説教しようとし始めたので、違うことをすぐに伝えると安心していた。
そしてそのまま魔法にかかったフリをしてほしいと頼み、着々と魔導師たちを少しずつ味方につけていく。
チャンスさえあればすぐにでも闇魔法は解くことは容易いので、あとは時間との勝負だ。
エスティオも何をしてるのか知らないが姿が全く見えないので、安心して私はことを進めた。
不思議なくらいに思い通りに進んでちょっと怖いくらいだったが、これも神が自分たちに味方してくれているのだと安易に考えていた。
きっと焦っていたのだ。
ルーカスからの大事な指輪を渡してしまって早く取り返したい気持ちがあった。この戦いに早く終止符を打ってルーカスと一緒に過ごしたいと思っていた。
それももうすぐ目の前だ!
残念ながら黒魔導師にかけられた支配を解くためには魔力融合が必要で、仕方ないのでシュナウザーに眠り魔法をかけてもらい彼等には静かにしていてもらうことにした。
そうして私はルーカスにテレパシーを送る。
(ルーカス、ルーカス!ねぇ、聞こえる?)
(アリー!聞こえるよ!こっちはいつでもアリーの元に行けるから安心して)
(うん。次に呼んだらドルマンと一緒に私の所に来て)
(わかった!)
(あ…それと…)
指輪を渡してしまったことやリタのことを言おうとして、やっぱりやめた。それはすぐに取り返せるし後でもいいと思ったのだ。
(ん、何?)
(ううん、何でもない。これで最後だから頑張ろうね)
(ああ…俺は早くアリーを抱きしめたい)
何か頭の中で響いているせいか急に胸が熱くなる。
(…ばか。今は戦いに集中して)
(ふふ、わかった)
照れ隠しだってもう分かってるのか小さな笑い声まで聞こえてくる。
心臓がドキドキしたのもつかの間、私はまた顔を引き締めるとすぐにテントを出てエスティオを呼ぶよう魔導師に頼んだ。
もちろんその魔導師ももはやこっちの味方だ。
きっとエスティオは数人の魔導師と一緒にリタの背に乗って偵察しているだろうとのことで、地上から光魔法で信号を送ると言っていた。
ほどなくするとテントに近づく足音が聞こえる。
周りが静かなのは私のいるテントをアレックスたちや味方にした魔導師たちが見張ってくれているからだ。
あとはエスティオを取り押さえるだけ。
彼は今何も出来ないのだから、捕縛して王国に引き返せばいい。そして正式な裁判にかけるのだ。洗いざらい罪を告白して、そしてエスティオ自身の人生を生きればいい。
闇魔法どころか黒魔法も使えない今の彼が生きていくことこそが、私が与える一生の罰に等しいのだから。
「やぁ、アリーシャ。大人しくしていたようだね。で、何かあったのかい?私を呼ぶなんて」
「ええ、私はこの時をずっと待ってたの。あなたが一人になる時を」
私はニッコリ微笑むとルーカスを呼んだ。
(ルーカス、今よ!来て!)
最後は彼にエスティオを捕えてほしい。あの謁見の間でルーカスが無理やり地面に叩きつけられたお返しを、今ここで!
そして私の背後にドルマンとルーカス、そしてグレイソンが現れる。
「あなたはもう終わりよ!」
そう言った時エスティオは今までで一番ゾッとするような笑みを浮かべた。
「終わるのは君だ…」
その瞬間、テントが一気に吹き飛び空中から巨大魔法陣が下へと放たれる。
その丁度中心にいたルーカスとドルマン、そしてグレイソンは「っく」と小さな声を上げるとその場で動きを止めた。
「何!?」
なぜか待機しているはずのアレックスたちや味方にした魔導師たちの姿も見えない。異変が起きたらすぐに駆け付ける手はずになっているのに。
「一体どういうことなの!」
「くくっ…あれは一時的に動きを封じる魔法だよ。そしてその数秒あれば私は問題ない」
エスティオは私に近づくとそのまま大きく目を見開いた。
よく見ればエスティオの手首には金の腕輪は何十にもあり、それが袖からチカチカと光っている。
何個かの腕輪がパリンパリンと砕ける音がすると同時に私は意識を持ってかれる。
『アリーシャ、いや…君の本当の名を言いなさい。これは汝の魂に刻む命令である!』
言いたくない!言いたくないのに口が勝手に動いていく。
「…つきしま…ありさ…」
「ツキシマアリサ…か。なるほどな…」
そう、私がエスティオの闇魔法にかからなかった理由。
それは名前が違うからだ。
魂に刻まれる本来の名前…それはアリーシャではなく月島ありさ。
グレイソンが解読した古文書によると一生に刻む魂の盟約にはその者の名で刻む必要があった。名を呼ばずして刻んでもそれは時間によって薄れ、いつかは解けてしまうらしいのだ。
だからこそ私もエスティオも名前を使った。
でも、エスティオは…いや、エスティオもそれを知っていたからこそ同じ方法を使ったのか!
彼もまたエスティオが本当の名ではない!
しかし今更これが分かったところで私は遅かった。
エスティオの腕輪が光りそして大きく粉々に砕けた時、私の脳裏から指先まで全身がしびれエスティオの鎖が神経のあらゆるところにのびていく。
『ツキシマアリサの魂に命ずる!我が命令を聞き、我が手足となりて死ぬまで私に奉仕せよ!』
心臓のそのまた奥がぎぃーーーーーっと締め付けられ私の視界は真っ暗になった。
そしてぼんやりとした霞がかった中にエスティオの姿がある。
嫌だ!
嫌だ!
嫌ーーーーーー!
でも心の叫びとは裏腹にエスティオが私に命令した。
「ではアリサ、君の大事な魔物たちに私を傷つけないよう命令するのだ。そして大人しく捕まるように」
動きを止められたままのルーカスたちが視界に映ると、私の口は勝手に動いてしまう。
「は…い…。ルーカス、…ドルマン、あ…なたたちは…エスティオを傷つけては…いけない。大人しく…そこに…いなさ…い」
魔法陣が切れてもルーカスもエスティオもそのまま立ったままだ。
ルーカスの拳に力がはいり握ったところから血が流れているのが見える。今にも襲いかかろうとする彼の気迫とは反対に、体はそこに留まったままだ。
「アリー!しっかりしろ!そんな奴の魔法なんか跳ね返せ!」
ドルマンはただじっと私を睨むように見ているだけだが、その内心は苛ついているようだった。
ほどなくして茂みの中からぞろぞろと味方にしたはずの魔導師たちや、アレックスたちが姿を現した。
彼等を見つけて私は「たすけて、たす…けて」と口を動かしている。
でも彼等はぼうっとしたまま私たちを見るだけで、その中の数人がルーカスやドルマン、そして一緒にいたグレイソンを魔力封じの鎖で捕縛した。
特に瞬間移動できるドルマンは厳重に巻かれている。
「アリーシャ、いや、アリサか…。君の失敗は演技の詰めが甘いところだ。闇魔法は精神魔法であっても完全に精神を支配するもではない。私が最初にかけた後すぐに『エスティオ様』というのはおかしかった。命令してないのに従順すぎたのだよ…」
私はビリビリする体を動かしてエスティオに掴みかかろうとする。
目を血走らせてこんな奴嫌いだと一生懸命訴えて。
「そう、その目だ…。君が私を嫌いなのは闇魔法がかかっても消えることはない。悔しくて涙が止まらないだろう?ふふ。でも、君は私に従うしかないのだよ!これぞ私の完全勝利だ!」
悪魔のような声がこだまする中私はその場で倒れ込む。
霞がかった目は涙で溢れてもう見えなかった。
私の…私たちの作戦は失敗した。
ルーカスの前でそのままエスティオに抱きかかえられ、そして別のテントへと連れて行かれる。
気持ち悪い腕に抱かれながらニヤリと曲がる口元が私に命令する。
「アリサ、抵抗するな」
そう言われ何も動かない私の体をベッドの上に寝かせると、エスティオは私の髪を一房取りそこに口付けた。
「これからだよ。私たちはこれからだ。王国に戻ったらすぐに結婚式をして、そしたら私の女にしてあげるよ。とっても楽しみだね」
背筋がゾッとするような響きに私がガタガタ震えると、エスティオは愉快そうに私を眺めていた。
(ルーカス、助けて!助けて!)
私はただ虚しくルーカスの名前を呼ぶだけだった…。




