第68話 エスティオと共に…
「さぁ、アリーシャ。私の前にひざまずけ」
言われた通りに私はエスティオの前にひざまずくと後ろからどよめきとルーカスの怒りの声がする。
「貴様!一体アリーに何をした!」
お願いだからルーカス黙って!
この場でエスティオに逆らったら彼に従う黒龍たちや魔導師たちとの闘いになる。どうあっても血が流れることこは確実だった。
「ふっははあ!見て分からないか?彼女はもう私のものなのだよ。私に従う人形なのだ!」
言わせておけばと思いつつぐっとその場で堪えていた。
私の闇魔法がエスティオにうまくかかっていたとして、以前から彼に操られている者たちは魔法が解けていない。私がエスティオの魂に命じた制約はあくまで闇魔法を使えないようにしただけ。彼自身が持っている魔力がなくなったわけではないのだ。
つまり過去に闇魔法で命じられた者は未だ救い出せていない!
私の全身に響くようにエスティオの声が駆け巡ったのは覚えている。
でもなぜか今の私の魂は彼の命令に強制されることなく動いている。もしこれが知れたらすぐにでも戦闘になるに違いない。
だからこそ私は今、必死にエスティオの闇魔法にかかったフリをしているのだ。
(ルーカス、静かに!)
(っ…アリー…?)
スッと私の目の前にエスティオの手が差し出されると、「私の手に口づけを」と気持ち悪いことを言ってきた。
私は何とか表情に嫌悪を出すことなく、ただひたすら無心になってエスティオの手に口づけをする。
嫌いな人に触れるってこんなに鳥肌ものなんだと思いつつ、頭を垂れる態勢の影に顔の歪みを隠す。
「ふふ、何て最高の気分だ!さぁ、我が妻よ。もっと私の側へ来たまえ!」
こっちは最悪の気分だよと思いながらゆっくりと立ち上がった。
先ほどの闇魔法のせいでまだ頭がクラクラする。
エスティオはあんなにピンピンしているのに、私はこんなにフラフラで消費した魔力量が尋常ではない。きっと私たちがした魔力融合は燃費の悪い車で、大方エスティオはエコカーというところだろうか。
魔力量は私の方が上回っていたとしても消費量が半端なかったのだ。
そもそもエスティオに私の闇魔法が成功したかどうかもはっきりしない。
それを確認してからでないと次の段階にも進めないのだ。
アレックスたちは私の動向を見ながら防御体勢をとっている。魔導師たちだけならまだしも、これだけの黒龍に囲まれたとあってはかなり分が悪い。いざとなれば逃げるのが最優先だ。
でも、それよりももっと安全な方法で私は彼らを助ける方法が一つだけある。
これは賭けだがもうやるしかない!
私はふらふらとエスティオに近づきそのまましなだれかかるように彼の肩に寄りかかった。気をよくしたエスティオは私の腰に手を当てると、そのままグッと体に引き寄せる。
キレそうなルーカスをテレパシーでなだめつつ、私はエスティオの方をトロンとした目で見つめてみた。
実際は激しい消費魔力のせいで目がはっきりと開けられないだけだが、見ようによってはうっとりしているように見えるはず。
「エスティオ様、彼等も連れて行ってください。闇の魔力で従わせれば問題ないでしょう?」
「…そうだな。」
すこし歯切れの悪いエスティオの返事にやはりもう闇魔法が使えなくなっているのではと思いつつ、向こうも警戒して演技しているだけかもしれないとここですぐに結論を出すのを止めた。
そして自分でエスティオ様とか言ってるのが気持ち悪くて仕方がない。
はやくこの演技とおさらばしたいと思っていると、そんな私に我慢できなくなったルーカス…ではなくディアナが急に声を荒げた。
「ちょっと!さっきから見てれば一体アリーシャ、アンタどうしちゃったのよ!アンタが好きなのはルーカスでしょ!そんな男から離れてさっさとこっちに戻りなさいよ!」
うん、すごく戻りたい。
というより戻ることはできるんだけど、これはフリなの、フリ!
と目で訴えてみても伝わるわけもなく、ディアナはギャーギャーわめいている。
「っふん、騒がしい女だ…。アリーシャ、君の友人たちまとめて私の命令に静かに従わせるよう闇魔法を使え!」
「…はい。エスティオ様」
やはり私にやらせるということはエスティオはもう闇魔法が使えない…?
その線が濃厚になってきたところで、取りあえずここは従うことにした。
私はクラっとする頭で全員の瞳と目を合わせると、一気にまとめて闇魔法を発動する。
『私が合図をするまで、おとなしくエスティオに従いなさい!』
一瞬目がトロンとすると皆、防御体勢をくずしだらんとなる。
ごめん、みんな!と思いながら見渡すと、グレイソンだけはやはり魔力融合させないと難しいのか彼はそのままだった。
(ルーカス、お願い!グレイソンさんを連れてドルマンと一緒に一旦引いて!)
(でも、そんなことをしたらアリーが!)
(私は大丈夫!エスティオの言いなりにはならないから!お願い、早く!)
下手につかまって自由を奪われるより、一旦身を隠してもらった方がいざという時に動けるはず。他の皆の安全はエスティオの命令に従うことで確保されても、グレイソンやルーカス、それにドルマンはエスティオのコントロール下におけない。
特にルーカスはエスティオにとって目の上のたんこぶ。黒龍同士で戦わせる可能性だって十分にある。
ドルマンはドルマンできっと躊躇いなく殺してしまいそうだし、それではこんなに回りくどいやり方をしている意味がない。
あくまで望むのは平和的解決。
江戸城の無血開城ならぬリュッセント王国の無血解放。
ルーカスやドルマンに理解できなくても、そこはやっぱり譲れないのだ。
「さて、残った一人と二匹は…アリーシャの目の前で死んでもらうとするか!さぁ、アリーシャ、君の魔物たちに命令するのだ!同士討ちをしろとな!」
なっ…!
あろうことかルーカスとドルマンの二人で戦わせようとするなんて、何という鬼畜!
「っ…おい、吸血野郎!」
「っふん、分かってる。忌々しい」
ルーカスが瞬時にグレイソンを抱えるとそのままドルマンに捕まり、目の前から一瞬で消えた。
もう三人がどこに行ったのかは私でも分からない。
でもどこに行こうとも私のいるところは分かるはずだ。
「っふ…逃げたか。まぁいい。いずれにしてもアリーシャの所に戻って来る。その時に必ず」
私の所に二人を呼び寄せた時がお前の運のつきだと思いつつ、私は無表情を装った。
そんなことを考えているとはつゆにも思わないのか、エスティオは私の肩を抱き寄せる。
「アリーシャ、さぁ一緒に」
「…はい」
エスティオに手を引かれながらルーカスじゃない黒龍の背に乗ると、そのまま高く飛び立った。
そうしてリュッセント王国の領土内へと入ると、夜が来る前にどこかの街の近くに降り立った。
飛んでいた黒龍たちが人の姿になった時に、私は見覚えのある顔に一瞬目が見開いた。
漆黒の長い黒髪に飽満な胸のナイスバディ。
髪をサラッとかき上げるとエスティオにゆっくりと近づいて来る。
「なんだ、魔力切れか?」
「いいえ、ただそちらのお嬢さんが懐かしくって」
妖艶に笑う彼女の顔は私以外の誰かを探している目つきだった。
そう、彼女はリタ…。
そして探しているのはきっとルーカスだ。
南の龍族の巣が襲われたと聞いて心配していたのに…。
彼女が自らエスティオに協力する姿を見て私は呆然とする。
だってエスティオの手の甲には赤ではなく黒い龍の刻印がくっきりとあるのだから。




