第67話 エスティオとの決戦
エスティオが野営をしているところは簡単に見つかった。というよりもわざと目立つくらいに大勢の魔導師たちがテントを張って、のんびりとご飯を食べている。
そしていかにも目立つ一番大きなテントの前に大きな台座があり、エスティオはそこにのんびりと横になりながらくつろいでいるという。
(アリー、どうする?余裕でエスティオ連れて来れるけど…)
ドルマンの瞬間移動でルーカスだけが一緒に行き、隙を狙ってエスティオを連れ去る予定だったがいかにも罠ですと言わんばかりの嫌な感じだ。
シールド魔法を張ってあるとはいえそんな余裕をかましているなんて明らかにおかしすぎる。
「明らかに罠ですね」
そっと耳元で囁くシュナウザーに一瞬ドキッとしながら、近くにルーカスがいないことに安心した。
「でも、やるしかないよね」
ルーカスとドルマン以外の私たち全員はエスティオの野営地から遠く離れた森の中にいた。もちろん戦闘になった時に街中だと危ないからというのもあるが、ここには魔力感知されないようにと魔法を施してある。
上手くエスティオを連れて来れたとして、他の魔導師に追跡されないようにしているのだ。というより普通はそうする。でもエスティオは魔力感知されにくいような魔法も使っていなければ、居場所を特定しにくいようにする幻影魔法も使っていない。
ただしこのチャンスを逃せば次はいつ機会が訪れるか分からないのである。
(ルーカス、予定通りにお願い。そうドルマンにも伝えて!)
なぜかテレパシーはルーカスとしか未だに出来ず、ドルマンとは試してみても上手くいかなかった。どうやらこれは魔物を使役すればもれなく出来る訳ではないらしい。
(わかった。そっちはいつでも魔法が発動できるように準備しておいて)
(うん。気を付けて)
そして攻撃態勢に入ったのか連絡は途絶える。
私たちはというとドルマンが瞬間移動で連れて来るであろう、その時のために備えてあの練習の時のように手をつないだ。
ドルマンの瞬間移動は距離が遠くなればなるほど正確な位置に移動できない。けれども私と契約をしたことによって私のいる位置は嫌でも分かってしまうらしい。
それがいかにも運命共同体っぽくって気に入らないらしく、ドルマンは少し忌々し気に語っていた。逆にルーカスはどこでも私を感じられると言って喜んでいたけど。
二人ならきっとうまくやってくれるに違いない。
そう思っても私の手にはじわりと汗がにじむ。隣のアレックスとアースには申し訳ないと思いつつ、私たちはじっとその時を待っていた。
アレックスやアースも緊張しているのかよく見るとじわりと額に汗がにじんでいる。シュナウザーは心を落ち着けようと深呼吸しているし、ノクスはチラチラとディアナの方を見っぱなしだ。
ディアナはディアナで周りや上空におかしな気配がないか気を張っているし、フリードも周りを気にしているようだ。
グレイソンは相棒である白狼は亡くなったが、黒狼の最期はまだ見ていないとあって、エスティオの闇の魔力を封じたらすぐにでも助け出すと意気込んでいる。
一番この中でいつもと同じなのはライトで今から起こるであろうことにワクワクしているようだ。アースは事の重大さが分かっていないだけだと言っていたが、きっとライトも私が人間の精神に干渉する魔法を使ったのは理解したはず。
それでも気にしないのは彼にとってはそれはどうでも良い事なのだ。きっと笑いながら人をサクッと殺してしまえるタイプだろう。一番敵にしたくないかもと思いながら、ライトの笑顔が目の端に映る。
ルーカスの笑顔はもっと爽やかでほわっとした温かみがあってと思いながら、何も告げずにエスティオを連れて来るよう命じた私は案外残酷かもしれないと思った。
ごめん、ルーカス。
エスティオに闇魔法を使ったら自分でもどうなるか分からないなんて。
グレイソンが言うようにその場で私の命が尽きてしまったら、きっとルーカスに恨まれるよね。
それでも何も言えなかった私を許してほしい。
ぐっと目をつむりながら私は心を落ち着けた。
ドルマンとルーカスは喧嘩せずにやっているだろうか。
二人が本気を出したら野営地ごとごっそり無くすことだって出来るだろう。けれどもエスティオに操られているだけの魔導師は出来れば助けてあげたいという甘い考えが彼等の行動を抑制している。
ドルマンはきっと人間のいざこざに干渉したくないだろうし、ルーカスだってそんなまどろっこしいことをしたくないはずだ。
それでも私の言う事に従ってくれるのは、契約したせいというのもあるだろうけど、私の考えを理解してくれているからだと信じたい。魔物だろうと彼等にも心はある。
それが私には分かるのだ。
ルーカス、ドルマン、何だかんだで二人に会えて今は良かったと思ってる。
だからこんな悲しい戦い、終わらしたい!
(アリー!)
ふいに聞こえたルーカスの声にハッとする。
(ルーカス!)
(エスティオの周りの魔導師が減った!すぐ行く!)
私は目をカッと開けると全員を見渡した。
「みんな来るよ!魔力融合、お願い!」
「了解!!!!!」
一気に全員の魔力を手から手へと伝わらせ全身を駆け巡る。
これは私だけではなくて、他の皆も同じなのだ。
属性の違う魔力が体を駆け巡るのは、相当に魔力酔いする。気持ち悪い。
ルーカスと魔力交換した時のような気持ちよさの欠片もなく、相性の悪い属性同士がぶつかり合って混ざり合うまでこのぐわんぐわんする気持ち悪さに耐えねばならない。
今回は練習ではなく本番ということもあって、グレイソンの時よりも大きな魔力を流している。
もうすぐ、きっとすぐにでもドルマンが連れて来てしまう。
それまでに早く魔力融合をしなければ。
今回の作戦にはタイミングが全てだ。
魔力融合は数分の時間がかかる。だからと言って魔力融合した状態を長くは続けられない。
エスティオが連れて来られた瞬間にすぐに発動できるようにするのがベスト。エスティオに一切の隙を与えることなく、彼が瞬間移動で連れて来られたその時にすぐに闇魔法をかけるのだ。
そうでなければ魔力融合している時の私たちはとても無防備で、もしその間に攻撃でもされたら避ける事すらままならない。
異なる属性同士の魔力がぶつかりぐにゃぐにゃして体のあちこちで弾けるのを、わたしは必死に抑え込みながら少しずつ溶けて合わさっていくのを感じていた。
「アリー!!」
ルーカスの声が生々しく聞こえた時、ドサッという音とともに私の前にエスティオの座り込む姿が目に映る。
ひぃっと一瞬息を飲むような感覚。
ルーカスとドルマンはすぐに離れて、私たちの取り囲む円の中に突如として現れたリュッセント王国の王エスティオ。
長い水色の髪がサラッと前に垂れて「うっ…」と小さく声を出したエスティオが、ふっと顔を上げた時、私と目が一直線に交わった。
「やぁ、アリーシャ」
その余裕の微笑みに、最初に見た時と変わらないエスティオの姿を思い出し得も言われぬ懐かしさと恐怖が入り混じる。
一瞬で終わらせてやる。
そう思った時私の闇魔法が発動した。
完璧に入り混じった異なる属性の魔力によって、エスティオの瞳の奥のその先につづく魂の核への道筋が出来上がる。
思った通り周りは真っ暗な闇。
闇魔法を使う魔導師の、精神世界の色。
温かみも冷たさもない、ただ永遠に広がる闇のなかに真っ黒なのか、それとも透明なのか分からない魂の核が存在する。
遠くの方でパリン、パリンと何かが弾ける音がした。
何の音かと思いながら、エスティオの魂へと導かれた私はそのまま彼の魂に永遠のしがらみを刻みつける。
『我、エスティオの魂に命ずる。肉体の死が迎えるその時まで闇魔法を封印する!』
光る鎖がエスティオの魂をとらえ闇魔法の成功を感じ取るほんの少し前、私の心臓がドクンと跳ね上がった。
な…に…?
この…感じ…?
グレイソンの時には感じたことのない心臓の締め付けられる痛みと激しい鼓動。
光る鎖が消えて再び真っ暗な闇の世界が迫って来る。
そして頭の中に響き渡るエスティオの声。
『我、アリーシャの魂に命ずる。我が妻となり我が命令をきくことをその魂に刻み付ける!』
それは私がエスティオに闇魔法をかけた時とほぼ同時に起こっていた。
もしかしたらエスティオの方が速かったのかもしれない。でもその差は1秒にも満たないほんのわずかな差。
私とエスティオが同時に闇魔法をかけあったことで、私の肉体の方が先に悲鳴を上げた。
「あぁぁぁっ!!!!」
「アリー!」
「アリーシャ!!!!!」
皆の私を呼ぶ声がする中、目が開けられずに張り付いた瞼の暗闇から抜け出せずにただ手をばたばたと動かした。
エスティオは?
エスティオはどうなったのだろうと思っていると、彼の憎たらしい声が遠くで聞こえてくる。
「はっはははは!こんなに上手くいくとは!」
状況を、状況を見なくては…。
重たい瞼を一生懸命あげて、何とか薄っすら目を開けるとそこにはエスティオ率いる黒龍たちに取り囲まれ、その黒龍たちの背には魔導師たちが乗っていた。
「な…んで?どう…やって…」
エスティオは不適な笑みを浮かべながら私を見下ろしていた。
「その質問は黒龍たちがいることかな?それとも闇魔法を使えたことかな?」
「どっちもよ…」
「ふーむ。簡単なことだよ。従順な黒魔導師に闇魔法を使ったのだ。そしてその黒魔導師たちが黒龍たちを使役したのさ。そして私も一匹使役した。ソイツが私の居場所を察知して皆を連れて来てくれたのだよ。警戒していてもさすがに上空数千キロには及ばないからね」
「なっ…」
「それともう一つ。君たちが頑張って調べたその古典的なやり方。私はすでに何度も試して知っている。だが残念だったね。私はそのもっと先を行っているのだよ」
「…どういう…こと?」
「金の腕輪。あれは魔力融合させた腕輪だ。それで代用できるって知らなかっただろう?
私は今日は十個ほどつけていたが全て砕け散ってしまった。それほどまでに君に対抗するには強力な闇魔法を使うしかなかったからね。」
「…そん…な」
あの金の腕輪はあらゆる属性魔法が付与されているとは言っていた。それはどんな属性魔法でも発動させるためだと思っていたが、実際は闇魔法をかけやすくするためのものだったんだ。
魔物たちに言う事を聞かせられたのも、一時的に闇魔法で支配するため。
けれども使役された魔物には主の魔力で満たされている。魂の核に直接働きかけるために金の腕輪を媒体として使っていたということなの?
何で今まで気づかなかったのか!
「さて、アリーシャ。もう分かっていると思うが私は君に闇魔法を使った。何の命令をされたかもう分かるだろう?」
「や…いや…」
ガタガタ震える私をルーカスが支え、私を守るように皆が立ちはだかった。
そしてドルマンは私の後ろでじっと成り行きを見守っている。
「そんな、震えるな。これからが楽しい時間の始まりだ。さぁ、アリーシャ。こっちへ来なさい。そして私の妻となり一生その身を私のためにささげるのだ!」
エスティオの妖艶な笑みが私の瞳をとらえていた。
ガタガタ震える体を私は言う事をきかせるように立ち上がると、そのままフラフラとエスティオの方へ向かって行く。
「アリー!!!」
ルーカス、ごめん。
ごめんね。
でも、こうするしかもうないの。
ただ流れる涙をそのまま拭うことなく、私は皆が止める手を払いそしてエスティオの元へ行く。
黒龍たちに取り囲まれた絶体絶命の状況から皆を救いたい。
私の頭にあったのはただそれだけだった。




