第66話 決戦間近
「アリーシャ、恨むわよ。私」
ブランケットを片手に泣きまねをしながら顔を隠しているのは他でもないグレイソンだ。
「どうしてくれるのよ。私の欲望がバレちゃったじゃない」
「すみません、何でもいいと言ったので…」
まさか今すぐしたいことがアレックスにキスすることだとは思わずに、本当に悪いことをしてしまった。と、そこへ一緒に運んでくれたアースが様子をうかがいに来た。ガタイのいい彼の手には水の入ったコップが見える。
「グレイソン殿、目が覚められましたか」
「アースさん、わざわざありがとうございます」
コップを受け取ろうと私が立ち上がると後ろからグレイソンにつつかれた。
「え…」
「もういいわ、アリーシャ。あとはあの人に看病してもらうから」
ああ、そういうことかと思いつつグレイソンには意図せぬ形で恥をかかせてしまった手前、私は上司の命に従うようにそそくさとその場を退散する。
「アースさん、後のことお願いできますか」
「ええ、私は構いませんが…」
グレイソンの容態がいいとも悪いとも言わずに私は部屋を出た。嘘くさいグレイソンの咳が聞こえたのはその後である。失恋には新しい恋とでも言うように変わり身の早いグレイソンに少し安堵した。
一番頭の硬そうなアースさんが意外にも柔軟な考え方の持ち主で、もしかしたらもしかするかもと思いつつ私は皆のいる部屋へと向かう。
黒魔導師であるグレイソンに闇魔法を使えたのは大きい。やり方は同じだろうからエスティオにも同じようにすればいいのだけど、問題はエスティオが素直に従わないだろうということだ。そうなれば私に待っているのは本当の意味での死かもしれない。
グレイソンの魂を見た時、二千年前の魂の制約によってかけられた光のチェーンは見えなかった。ゲシュト王の言う通り長い時間の中で混ざり合ってしまったのだろう。
皆のいる部屋に戻って私の瞳が追うのはやっぱりルーカスだ。
もともと五千年以上の寿命を持つ黒龍族のルーカスにとって、私との時間はほんの一瞬のこと。だけど少しでも長く一緒にいたいと思ったのに、それすら叶わないかもしれないなんて…。
初めてちゃんと生きたいと思った時には「死」が近づいているなんて、何て皮肉な人生なんだろうと思いながら私はルーカスに笑顔を向けた。
この戦いで死ぬかもしれないことを本当は話さなきゃいけないのは分かっているけど、私は上手く話すことが出来ずにそのまま時間が流れていた。
こうしている間にもエスティオは次の手を打っているかもしれない。
早く彼の魔法を封じて元に戻さなければリュッセント王国だけでなく隣国のソリティア王国、またその隣国へと被害が及ぶかもしれない。
エスティオは自分の闇魔法を最大限に利用することしか考えていないのだから。
なぜ彼がそうなってしまったのかは分からない。でもその人がその人であるための心まで操って言い訳がない。そういう意味でエスティオは犯してはならない領域に手をつけたのだと思う。
「よし、じゃあこの作戦で決まりだな」
アレックスが最後にもう一度確認したところで、私たちは頷いた。
「俺からグレイソンとアースさんには話しておくから、皆はそれまでくつろいでいてくれ。」
ニカッと笑うとアレックスは部屋から出て行った。
何だかんだでグレイソンとの付き合いは長いはずだ。先ほどのことがあったとしても長年の同僚か友か、どちらにせよ気まずくなりたくないのだろう。
私はルーカスにもたれかかりながら今までのことを思い出していた。
全てはルーカスに出会ったところから始まっていたのかもしれないと思いながら、アリーシャとしての物語がもうすぐ終わろうとしているのを感じていた。
言葉にはうまく言い表せないが、何となく感じるのだ。アリーシャとして生きれるのはあと少しだと。
「アリー、少し眠るか?」
あったかくも優しい顔で見つめるルーカスに私は胸のうちを悟られないようにそのままルーカスにきゅっとする。支えるように背にまわされた腕に安心しながら、私はウトウトとした。
(ごめんね、ルーカス…)
きっと何も言わずに後で知ったら怒るだろう。
でも私がいなくてもルーカスはこの後もずっと長く生きていく。そしてドルマンはもっと永く。
であれば私のことなど記憶の彼方に放って、もっと自由に生きてほしい。
そして幸せに生きてほしいと思うのだった。
♢♢♢
それから三日経ち、エスティオの正確な居場所の情報が入って来た。
彼はソリティア王国への攻撃を諦め、私たちの国リュッセント王国へ向かっていると言う。
丁度、国境沿いに張られた魔導探知機に引っかかったことからわかり、これに一早く気づいたのはソリティア王国のフリードだった。
「あの魔導探知機は水魔法を使ってるんだ。この指輪を通して分かるようになってるが、たとえネズミ一匹だって領土に侵入したら分かるんだ。まぁ、あの魔道具を作ったのは俺なんだけどね」
プライド高めのフリードはちょいちょい自慢が入るのがたまに傷だ。ただかなり機嫌良さそうにしているのであえてそのまま放っておく。
するとルーカスがその鼻をへし折ってやろうとでも言うように、少しばかり嫌味を言う。
「でも、だったら何でソリティア王国は攻められたんだ?侵入されたら分かるんだろ?」
「それはだな、おそらく奴は地上を歩いて来なかったのさ。普通ではあり得ないことだが、空を飛んで来たとしか思えん」
空を飛んで…と聞いてハッとする。
エスティオ率いる魔導師たちが全員飛んで来たとすると、それは間違いなく黒龍に乗って来たということだ。風魔法を使える魔導師は飛べても、人も一緒に飛ばすのは魔力量的にもかなり難しい。ましてやこの距離なのである。
「ルーカス!」
当然それはルーカスも気づいたようで、唇を噛みしめながら「あの野郎…」と呟いた。
同胞が彼に服従させられどのような扱いを受けているか、想像するだけで悔しいのだろう。
「とういうことは、今は地上を移動してるということか…」
シュナウザーが顎を触りながら何やら意味深な目つきで考え事をしている。そしてガッと私たちの方を向くと、
「まさかっ!」
と彼らしくない大きな声を出した。
「シュナウザー、どうしたの?」
私が聞くとシュナウザーは「いや、でも…」と一人でブツブツと呟いている。すると今度はアースも神妙な顔をして私たちの方に視線を向けた。
「シュナウザー殿の考えていることは私と同じかもしれません」
「…と言うと?」
「魔導探知機があるのを知っていて飛んで我が国に侵入してきたのです。でも今はその探知機に引っかかった。ということは…」
そこで私や他の皆も気づいたようだった。
「まさか、わざと私たちに知らせて…」
アースは落ち着いた様子で探知機の示した方へと視線を移す。
「おそらくそうだろうと。向こうもまた我らとの決戦を望んでるのかも知れません」
エスティオの位置が知れて喜ぶのもつかの間、これは向こうが用意したステージだと知り私たちの間に沈黙が流れた。何もしないでただ待っている訳がない。何かしらの罠を張って私たちが引っ掛かるのを待っているはずだ。
しかし私たちはそれが用意されたものだと分かってても行くしかないのである。
エスティオがリュッセント王国の空中宮殿に籠ったら、それこそ手出しができなくなる。あそこにはいくつもの防御魔法と魔法陣が張り巡らされているのだから。
「行くしかないだろう…」
そう言ったのはルーカスだった。
「俺はいい加減、あの男にはめられたこの腕輪を外したいしな」
彼の腕に光る金の腕輪が目に映る。
「そう…ね。弱気になっちゃ駄目ね。それにこっちには瞬間移動できるドルマンもいるし、向こうが何をしたって太刀打ち出来るはずがないわ」
「その通りよ、アリーシャ。私たちが負けるはずがないわ!」
最後はやっぱりディアナの強気な声で引き締まる。ディアナが言うと何だかそんな気がしてくるから不思議だ。そしてアレックスの気合の入った掛け声で全員が声を合わせた。
「よし、じゃあ作戦通りに行くぞ!」
「おお!!!!!!!」
ただ一人、先ほどまで自慢げに話していたフリードだけは、少し声が小さかったのは言うまでもない。




