第62話 秘密の会話
バタンとドアを閉めるとゲシュトは透明な石のはめ込まれた指輪の上に手を乗せるように命令した。それはグレイソンと秘密の会話をした時に使った防音魔法の施された魔導石と同じものだ。
私は大きくごつごつとした手の平にチョコンと重ねると、フワッと目に見えない風が体を通り抜ける。
「さぁ、話してくれたまえ。」
ゆっくりしている暇はないとでも言うように、ゲシュトはすぐに本題に入った。
「はい。実は…。」
私は先ほど見たままのことをゲシュトに伝えた。
攻撃してきた魔導師たちに別の闇魔法がかけられ精神支配をされていたこと。それが出来るのはエスティオであり、おそらくこのソリティア王国内のどこかに潜伏しているかあるいはすで逃げているか、どちらにせよ彼が近くにいること。そして私の最終目的は彼から自由を得ることであると。
「…なるほど。相分かった。」
ゲシュトは軽く頷くと早急に要望していた三人の魔導師を私に紹介すると言ってきた。
「正直に言うと私ではエスティオの力には叶わないのだ。私の魔力はせいぜい側近と大臣たちを丸め込むので精一杯。だがエスティオは集めた魔導師たち全てに闇魔法を使っても、なおまだ余力が残っている。力の差は歴然だ。」
人によって魔力量は違うがゲシュトの場合は普通かそれより少し多いくらいだとルーカスが言っていた。今、彼が話したことは間違いないだろう。
「一つ教えていただきたいことがあるのですが…。」
ゲシュトの子どもたちが黒魔導師しかいないと聞いた時から疑問だったことが一つある。
「何だね?」
「私がやろうとしているのことは二千年前に行われた闇魔導師の魂に制約をかける、まさにそれです。しかしそれを使えばイリス王子やその他のお子様たちも元の闇魔法が使えるように出来るのでは?魂にかけられた魔法を解けばいいのですから。」
私の場合、肉体と魂が切り離されたことによって封印が解けたのだ。そうであれば同じように解けば使えるはずだ。現にグレイソンにそうするかどうかで未だに迷っている。
ゲシュトはどう答えるだろうかと顔をチラリと見ると、彼はすべてを達観したように遠い目をしていた。
「もちろん試したにきまっておろう。何度も何度も。」
予想はしていたが、やはり驚いてしまう。
ゲシュトの手の平に乗せた自分の手に汗がにじむ。
「…どうして、出来なかったんですか?」
それによってはグレイソンにかけられた封印を解くのは無理かもしれない。そうなれば自分がやるしかないのだ。
いや、むしろそれであればもう覚悟をするしかない。
そしてその方がいいのではないかとさえ思う。
いまのような宙ぶらりんの精神状態の方が良くない気がするのだ。
「これは私の考えだがね…闇魔法の封印があまりに長かったために魂の核まで融合してしまったのではないかと思っておる。闇魔法は本来、魂の表層を囲むだけだが二千年の間受け継がれる中で変化してしまったのだと。現に封印の鎖が魂の中にまで入り込んで全て見えなかったからな。」
「そうだったんですね…。」
だからこその自分が永遠に生きるという道を探ったのだろう。残念ながらそれも叶わないのだけど。
そしてもう一つ。
それでいけばグレイソンにかけられた封印を解く可能性はこれで潰えた。
そして私の心は完全に決まったと思った。
今度こそ本当に死ぬかもしれないと思うと少しばかりの恐ろしさはあるものの、やはり二度も死んでしまっているせいかまるで他人ごとのような感じがした。
「他に聞きたいことはあるかい?」
「いえ、もう大丈夫です。」
そう言うと、ゲシュトはスッと手を引っ込める。
「お互い健闘を祈ろう。」
「ええ。」
ゲシュトと私は部屋を出るとそれぞれ違う方向へと歩き出す。ゲシュトは王としてソリティア王国の存続をかけ戦い、私は私たちの…ひいてはリュッセント王国の自由のために戦うのだ。
ルーカスとドルマンのいる所へ戻ると早速取り掛からなければならないことがあった。
「すぐに龍の巣にいるみんなと連絡が取りたいの。ルーカス、龍族同士の連絡手段があるって言ってたわよね。お願い出来る?」
「ああ、問題ないよ。アイツらをこっちに呼び寄せればいいんだろ?」
「ええ。だけど近くにエスティオと魔導師たちもいるから近づける所まででいいわ。来たらまた教えてほしいと伝えてちょうだい。」
「了解。」
「で、ドルマンは…。」
と言いかけて止めた。なぜならドルマンは無駄に瞬間移動を使ったせいで座ったまま眠っていたからだ。こんな時になんて呑気なと思いつつも、彼は人間のやることに興味がないので仕方がない。
むしろ協力してくれているだけでも奇跡に近いのかもしれないと思いながら、そのまま放っておくことにした。次にドルマンにお願いするのはきっと皆がこちらに来てからだからだ。
「ゆっくりおやすみ。」
私がドルマンの頭を軽く撫でると、ルーカスがすぐに私の手を掴み私をギュッとした。
「アリー、優しくするは俺だけだ。吸血野郎が勘違いしたらどうするんだ、まったく…。」
「いや、大丈夫だと思うけど…。」
ドルマンはどうも孤独な一匹オオカミみたいでつい構ってしまいたくなってしまう。別に好きとかそういう意味ではなく、少しでも人間のあたたかみみたいなものに触れてほしいと思ってしまう。
きっとそれは彼の本来の魂を見たからに他ならないのだが、ルーカスにはどうしてもそれが分かってもらえない。一度、真剣に説明をしたが「ふーん」で終わってしまった。
「あんまり俺をないがしろにすると言うこと聞かないから。」
「何、子どもみたいなことを…。」
150年も生きといてどちらが年上か本当にわからない時がある。
「いいから早く行って。事態は深刻なんだから。」
「はいはい。その代わり戻ってきたらキス10回はしてもらうから。」
少し不機嫌気味にルーカスは外に出ると、そのままの姿でビューンと一気に上昇し雲の上の姿が見えなくなったところで変身した。そしてはるか上空一万キロのまで行くとルーカスから声がする。
(アリー、親父に伝えた。すぐにこちらに向かうって。)
(ありがと。ルーカス、戻ってき…。)
戻って来ていいよと言おうとして、先ほどの言葉を思い出す。
戻ってきたらキス10回ってアレ冗談だよね…。
緊迫したソリティア王国の防護要塞の中でそんなことをしたら、非難を浴びる事間違いなしだ。
(どうしたの、アリー。途中で途切れたけど。)
(大丈夫、何でもない。)
私はチラッと寝ているドルマンを見ると、何だか急にイラっとして軽くこめかみのあたりを小突いてみた。カクっと頭が揺れそのまま倒れそうになったので、慌てて私は頭を抱え元に戻そうとする。
「アリー、ただいまっ…て。」
丁度その時ルーカスが戻って来て、なぜか私はドルマンをギュッと抱きしめているような形になっていた。
「アリー、どういうこと?まさか…浮気じゃないよね?」
「いや、違うの。これは…。」
「何でまだ吸血野郎の頭を胸に押し付けたままにしてるんだ?さっさと離せ。」
「胸に押し付けっ…て。そんなんじゃないし!」
「どう見てもそうだろ!てか、手をまず放せ。そして離れろ。」
実はドルマンはすでに起きていて寝たふりをしていたことに後で気づくのだが、この時の私とルーカスのやり取りが周りの魔導師や兵士たちから白い目で見られたのは言うまでもない。
これからの決戦に向けて気を引き締めなきゃいけないのに、ルーカスもドルマンも相変わらずのマイペースで私はそれに少し癒されるのだった。




