第61話 不意の攻防
巨大石板の部屋でゲシュトとの会話が終わりを見せていた時、脳裏にルーカスの声が突然に響いた。
(アリー!今すぐ逃げろ!)
「えっ!?」
平和的に問題が解決したところでルーカスからの不穏な連絡に声を上げた。と、同時にドーンと大きく地面が揺れエンタシスの柱にヒビが入る。
「まずい、崩れる!」
ゲシュトが叫ぶと同時にドルマンは私を抱きかかえた。
「待って、彼も!」
チッと小さく舌打ちしたドルマンはゲシュトの腕を素早く掴むと、瞳をカッと光らせた。ドンっと今まで以上の重力が体にかかったかと思うと喉の奥から胃液がせり上がって来る。
そして次の瞬間には外の地面に転がっていた。
「げほっ…っつ。」
「アリー!」
ルーカスの声が聞こえるということは建物の外まで瞬間移動したようだ。
「急だったから力加減を間違えた。ペチャンコに押しつぶされなかっただけマシだろ。」
ドルマンの声が背後から聞こえる。すぐ隣でゲシュトの咳き込む声がする。
「一体何が…。」
何とか体を起こそうと顔を上げると空の上から何かが降って来た。
「アリー!ここは危険だ!」
瞬時にルーカスに抱きかかえられ別の場所に移動すると、ドーンという大きな音と共に爆風と建物が破壊される音がする。魔導師や魔道具を使う兵士たちが応戦する中、ちゃっかりドルマンはゲシュトを連れて来てくれている。
「あの…光る建物は安全だ。」
ゲシュトが指差した方向を見るといくつか崩れていない要塞があり、ルーカスとドルマンは一気にそこへと駆け込んだ。当然そういう場合は瞬間移動できるドルマンの方が速く、一歩遅れて着いたルーカスにドルマンは「遅かったな」と皮肉をたっぷり込めていた。
瞬間移動を連続で体験したゲシュトは魔導師に手当されながら近くの椅子でぐったりしている。その周りにいるのは子どもたちだろうか。「父上、父上!」と呼びながら不安そうな顔を見せていた。
そして突然の来訪者である私たち三人は敵か味方か判断つかないのか、周りの兵士たちが攻撃態勢を取って警戒している。どうやら魔力感知されないローブを羽織っているおかげでルーカスとドルマンが魔物だということにはまだ気づいていないようだ。
「私たちはゲシュト王の危ないところを助けただけです!攻撃態勢を解いてください!」
「騙されるな!そう言って王をこのようにしたのはお前たちではないのか!」
状況がよくわからない中の突然の惨事に王宮兵士・魔導師たちは混乱しているようだ。何より統制を取る人物が見当たらない。
その時だった。
「皆、静まれ!父上がこのような時に何をしている!」
ゲシュト王によく似た顔立ちの青年は黒い軍服に金糸の入った姿で、その場の空気を一点させた。パープルの瞳にダークブラウンの髪をした青年が通ると、周りにいた人たちは道を開ける。そして私たち三人の所までの一本の花道が出来るとそこを真っすぐに歩いて来た。
「申し訳ない。父上の命の恩人だとか…。私はこの国の第一王子イリスだ。突然の出来事に皆気が立っておる。」
「いえ。私は…。」
と言った所でまたドーンと大きな音が鳴り響き、建物がガタガタっと大きく揺れた。女性たちの悲鳴が同時に反響し、魔導師や兵士たちが一気に慌てだす。
「落ち着け!まずは防護要塞に無事な者を非難させろ!それから応戦出来る者は防護要塞の守りに徹底!あと起動していない魔導防壁を作動させるために動ける者はいるか!」
すると魔導師の一人がイリスに報告する。
「風と雷魔法の魔導師たちは皆応戦中。魔導防壁まで近づけません!」
「くそっ!せめて作動できれば…。」
状況は呑み込めない中、今どこからか攻められ攻撃されていることだけは分かった私はルーカスとドルマンの顔を交互に見た。ルーカスは「わかってる」と頷き、ドルマンは明らかに嫌そうな顔をした。もちろんルーカスとドルマンがいれば私は難なくここから逃げることは出来るだろうが、そんなことは流石に出来るはずもない。
「その魔導防壁はどうすれば作動出来ますか?」
バッとイリスや周りの魔導師たちが私に注目する。
「君が…やってくれるのか?」
「ええ。作動方法さえわかれば。」
しかしその会話を遮るように一人の兵士が立ちはだかる。
「イリス様!もしこ奴等が敵だったらそれこそ一気に攻め込まれます。任せるなら私に!」
攻撃魔法の魔道剣を携えたその兵士はどう見ても足が速そうには見えなかった。魔導防壁はソリティア王国を取り囲む鉄壁要塞である。今いる場所からかなり離れているため移動に優れた風か雷使いが必要なのだ。彼の意志は素晴らしいが到底任せられるような感じではなかった。
「お前の気持ちは嬉しいが今は私が判断する。」
そう言うとイリスは私に近づきほんの数秒、目をじっと見つめた。私は闇魔法が発動しないように魔力を抑え込む。そしてじっとイリスの綺麗なアメジストの瞳を真っすぐに見据えた。
「よし。君たちに任せようと思う。私はこう見えて人を見る目だけはあるのだ。」
イリスは私に白い石のはめ込まれた指輪を渡すと、ここからまっすぐ行った魔導防壁の壁面にはめ込んでほしいと言う。大きな魔法陣が描かれた丁度中心にあるので、それが目印とのことだ。他の場所にはすでに魔導師たちが向かっており残るはあと一つだそうだ。
「大丈夫です。任せてください。」
「ああ、ただ魔導防壁を作動させるために配置していた魔導師たちが裏切ったか、近づく者は容赦なく攻撃してくるらしいから気を付けてくれ。」
「…はい。」
魔導師たちの裏切りと聞き妙な胸騒ぎがしつつ、私は一旦目の前のことに集中することにした。
「ルーカス、ドルマン、行くよ。」
「アリー、任せろ。」
「はぁ…。」
人間のいざこざにはあまり関与したくないドルマンは嫌そうだが、ここは彼の力が必要だ。私はドルマンの手を握ると早速、瞬間移動を命令する。
「わかった、わかった。協力するさ。」
少し面倒くさそうにドルマンは私をギュッと腰から抱きかかえると、ドルマンの肩を掴んでいたルーカスが一瞬睨む顔が見えて、そして目の前が真っ白になる。ズシッと体に重みがかかるような感じが一瞬、その後はすぐ目の前にそびえ立つ防壁があった。
少しよろけつつも倒れるまでではない。今回はちゃんと力加減をしてドルマンは瞬間移動をしたらしい。
すぐさま私たちを見つけた魔導師たちが向かってくる。
「ルーカス、お願い!」
と、ルーカスに私を抱きかかえてもらうと一気に浮遊し巨大な魔法陣が描かれた中心まで飛んだ。風魔法で飛んで来た魔導師たちが私たちを追いかけて来たが、瞬時に闇魔法で彼らの戦意を喪失させる。
遠くの敵は無理でも近距離まで近づけばものの0.5秒で何とか出来る。
ドルマンは本当は吸血魔族お得意の血の雨やら弾丸を浴びせれば一発なんだろうけど、そうすると魔導師たちは狂った死体として荒れ狂うので瞬間移動しながら後ろに回り込み気絶させていた。
そういうことも出来るのかと頭をよぎりつつ、ルーカスが魔導師たちの攻撃を相殺してくれている間に魔法陣の中心の鍵穴に指輪をはめ込んだ。
すると魔導防壁が起動したのか魔法陣が光り防壁全体に文様が浮かび上がる。それは文様ではなく全て描かれた魔法陣なのだが、大きなドームのように広がりそして外からの魔法攻撃を防いでいた。これで上空からの攻撃に気を配る必要がなくなり、目の前の魔導師たちに専念した。
そうして攻撃してくる魔導師たちを一通り片付けると、ドルマンが血の結束魔法で彼らをひとまとめに縛りあげる。
私は今度は落ち着いて一人の魔導師の瞳を覗くと、私以外がかけたであろう闇魔法の痕跡が彼らの魂に刻まれていた。そしてどうやら彼らは闇魔法によって洗脳されていたらしいことがわかったのである。
(こんなことを出来るのは知る限り二人しかいない!)
しかしこんなことをゲシュトがする意味がないとすると、残るはエスティオただ一人であった。
背中に嫌な悪寒がしつつ私はルーカスの手を握る。
「アリー?」
「大丈夫。捕まえた魔導師たちを連れて行きましょう。」
拘束した魔導師たちをひとまずまとめて王宮に引き連れ、そして一旦、牢へと送ることになった。王宮内の防護要塞に戻るとイリスと共に、ゲシュトが椅子にもたれかかりながら周りの兵士に指示を出している。
「おお、戻ったか…。魔導防壁を作動してくれて助かった…。」
私たちを見つけるとゲシュトが立ち上がる。しかし瞬間移動の衝撃が堪えたのかヨロっと体勢を崩し、椅子の肘掛に手をついた。
「ゲシュト王、今すぐ話したいことがあります。二人だけで…。」
私は先ほどのことを伝えねばならなかった。
この攻撃を仕掛けて来た首謀者が誰なのかを…。
そしてまだ準備の出来ていない私にとって、エスティオとの対決はこの時はまだ早すぎる事態であった。
しばらく更新を休んでいましたが、また再開です。
見切りをつけずにここまで読んで頂けてることに感謝いたします。




