第60話 ゲシュトとの約束
部屋の中は大きなアーチ上の地下空洞で天井を支えるようにふくらみのあるエンタシスの柱が何本も立っている。その一番奥に大きな石板があり何やら古代文字が書かれていた。
王ゲシュトはその石板に手を当てながら話始めた。
「これはヒエログリフと言って私も読むことが出来ないものだ。ただ内容は知っている。私の父も、そのまた父も長年に渡り口で伝えてきた。」
ドルマンはその石板をじっと見ながらフッと笑った。
「あんたら一族が二千年前の闇魔導師狩りの首謀者か?」
ゲシュトは振り返りゆっくりと頷く。
「永久の命を持つ吸血魔族の王はさすがに読めたか…。」
「いや、ただ何となくそんな気がしただけだ。」
何かの記憶が蘇ったかのような目つきでドルマンはゲシュトを見ていた。それは遠い過去の記憶、おそらく二千年前のことだろうと思いながら私は大きな石板へと視線を移す。
「一体どんな内容なんですか。」
聞いていいか迷ったが、私たちを連れてきたということは何かを伝えるためだろう。
でなければ先ほどの謁見室で終わるはずだ。
ゲシュトはゆっくりと息を吐きながら自分の目の前の文字を手でなぞった。
「一体何から話せばよいのだろうか。私の子どもたちの誰か一人でも闇魔導師として生まれていれば、きっと話すこともないのだろうが…。」
そしてゲシュトは私の目をじっと見据えた。
「話をする前に約束してほしいことがある。」
「何でしょうか。」
またエスティオのように嫁になれとかだったらどうしようかと思いながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。先ほどの自分の子どもに闇魔導師がいないという発言から、私はそんな想像をしてしまう。
「私が死んだ後、家臣が裏切らないように見守ってはくれないだろうか。」
「えっ…それはどういう…。」
「言葉通りの意味だ。正直、闇魔法など私はこの世からなくなっても良いと思っている。しかしだ…今まで我が一族は闇魔法を使って国を治めてきた。そして次のことを考えた時、闇魔法を使えない我が息子たちが不安で仕方がないのだよ。」
なるほど。だから不死の血を求めてドルマンを狙ったのかと思いながら、その子どもたちのことが気になった。なぜ闇魔法が使えないのかと。
「黒魔導師の方を妃にしなかったのですか?」
エスティオは同じ属性魔法同士でないと闇魔法は受け継げないと言っていた。だとしたらゲシュト王に何人の妻がいるかは別として、そうしなかったこの人にも責任がある。今更そのようなことを言っても後の祭りではないか。
訝し気な顔で見ていると、ゲシュト王は諦めたような乾いた声で笑った。
「はは、当然黒魔導師を妻に迎えたさ。五人もね。…だが生まれなかった。十三人の子供たちは全員、黒魔導師だ。結局二千年前の一族の罪がこうした形で巡ってきたのだ。」
「闇魔法が使えなければそんなに不安ですか。」
ゲシュトは目をカッと開き私を見据える。
「ああ、不安だね。今まで何もかも思い通りに動いた家臣たちが私が死んだ後どうなる。息子の誰かが王になったとして、闇魔法の消えた家臣たちが息子に従うとは思えない。」
「そうでしょうか…。私は違うと思います。」
「なぜだ?」
「私も同じように仲間に闇魔法をかけて操ってしまったことがあります。でも解いた後も仲間としての絆はちゃんとありました。もちろん多少の感情の変化はあったとは思いますが、それでも闇魔法が支配できるのは魂のほんの表層だけではないですか。」
「…。」
ゲシュトはまさか十六の小娘が言い返してくるとは思っていなかったのだろう。少し面食らったような顔をしていた。しかし私の精神年齢は三十である。こんなことではひるまない。
「もし不安なら信頼のできる家臣を今から作るのです。一人ずつ魔法を解いて本当の絆を作ればいいのです。その時間はまだあるように思いますが。」
私とドルマンがじっとゲシュトを見ていると、彼はそのままズルズルと背中をすりながらその場に腰をついた。そして長い沈黙の後再びゲシュトが話し始める。
「そう…だな。私も長いこと王でいたせいか、闇魔法に頼りきりになってしまっていたようだ。あれほど闇魔法にのまれてはいけないという教えだったはずなのに…。」
私はゲシュトに近づきそして見下ろした。
「教えてください。一体、二千年前に何があったんですか。それとエスティオのことも…。それを聞かせるために連れてきたのでしょう。」
ゲシュトはふーっと息を吐くと、リラックスしたように体の力を抜いた。
そして彼の一族について語りだした。
「二千年前は闇魔法を使える魔導師たちが結構な悪事をしていてな、そんな魔導師たちの粛清を任されたのが我が一族だ。最初は正義のための行いだった。だが闇魔導師が減って来ると今度は自分たちの命が狙われ始めたのだ。であれば自分たちが狙われないようにするために、我が一族は自分たちの王国をつくることにしたのだ。それがこのソリティア王国の始まりだ。」
「なぜそれが全ての闇魔導師狩りへと?」
「自分たちの王国に他の闇魔導師はいらないからだよ。王国に必要な魔導師を少しずつ魔法をかけて集めるのはいいが、別の闇魔導師がいたが解かれてしまうからね。よって我が一族は自分たち以外の闇魔導師に人間を支配する力を封じる闇魔法を施したのだ。抵抗する者はその命を奪ってね。」
「なぜ未だにその魔法が解かれないんですか?闇魔法をかけた魔導師が亡くなれば自然と解かれるはずでは?」
だからこそゲシュトは自分の次の代の王のことを気にしているのだ。
「それは我が一族が絶えていないからだ。人間を支配する精神魔法を封じる時にある条件を付けた。それが我が一族の誰かがこの世にいる限りというものだ。そして闇魔法を使える一族の子孫は私とエスティオの二人だけだ。私の子どもたちがいる限りその制約は生き続けるが、そう遠くない未来に闇魔法は消える運命にある。」
「エスティオもそのことは当然…。」
「知っているだろうね。そして彼の祖父は一族を欺いて有能な魔導師を連れてリュッセント王国へと渡ったのだ。皮肉にも二千年前に仕えそして命を狙った王の元へ。しかし王に成り代わっていると知ったのは、つい最近のことだが。」
だからこそソリティア王国を敵国とみなしているのかと思いながら、リュッセント王国との深い因縁になにか大きな力が働いているような気がした。
「エスティオは私の代で始末をつけねばならない。我が子どもたちでは太刀打ちが出来ないからね。」
「であれば私も目的は一緒です。三人の魔導師が必要なのは、彼を、エスティオを倒すためです。」
「なるほど…。それで魔導師を…。」
ゲシュトの話を聞いていて闇魔導師はたとえ二千年前の粛清がなかったとしても、いずれ淘汰され消える運命にあったのではないかと思っていた。
なぜゲシュトの子どもたちに闇魔法の能力が引き継がれなかったのかそれは分からない。けれども同じ属性同士でしか引き継げない力、つまり遺伝的に劣勢にある魔力は危険すぎるが故であろう。黒魔導師の数が圧倒的に少ないのもそのせいだろう。であれば黒魔導師ももしかしたら…。
そうなった時、人間と魔物の関係はどうなるのだろうと思いながら、魔物の世界と繋がりを持てる黒魔導師は残ってほしいと切に願うのだった。
ゲシュトはすくっと立ち上がると、私の頼みをきく代わりにある条件を出してきた。
それは意味のないことだと述べても試してみたいの一点張りで聞かず、私はその条件を飲む代わりに必要な魔導師を借りることとなったのである。
そう、最後に出した条件は「不死の血」であった。
ゲシュトは自分が死ぬ間際に試すと言って笑っていた。
そこまでしてまで諦めきれない生への執着と、子どもたちを思う気持ちとは一体何だろうかと思いながら、その場合は私の立ち合いの元で渡すと決めた。
それはまだ何十年も先の話になるが、その約束は必ず守ると告げたのだった。




