第56話 私とグレイソンの秘密
私はグレイソンに呼び止められ部屋に残ると、彼は内ポケットからおもむろに透明な石を取りだした。
「この上に手を乗せてちょうだい。」
言われるがままグレイソンの手の平に乗っている石を隠すように手を合わせると、ふわっと風が通り抜けたような感覚がした。
「一種の魔道具よ。防音効果があるの。ほら、龍族って異常に耳がいいから。」
あ、なるほどと思いながら周りを見るも、特に見た目での変化は一切ない。
「風と土魔法でできてるのよ。便利よね。秘密の話をする時に使うから、こうしていつも入れているのよ。」
白黒ストライプの上着の中には他に何が入ってるんだろうと気になったが、それはまた今度にしようと我慢した。なぜならそこまでしてまで聞かれたくない話ということだからだ。
「それで、一体何ですか?話とは…。」
手を重ねていると自分もそうだが、相手の緊張も伝わるものだ。
グレイソンの手の平がわずかに汗をかいて冷たかった。
「アリーシャ、今から言うことは皆には秘密よ…。」
グレイソンが息を吐き、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「おそらくだけど、闇魔導師に闇魔法を使うと命がないかもしれないわ…。」
あまりに突然の発言に一瞬思考回路が停止する。
命が…ない…?
しかしながらグレイソンが何の根拠もなくそんなことを言うはずがない。
すでに二度死んだ身としては「死」というものに対する恐れというよりも、「生」への執着と言った方が正しいかもしれない。何より今はルーカスと一緒に生きていきたい。
「ドルマンの記憶ですよね。何を見たんですか?」
「思ったより冷静ね。もっと取り乱すと思ったのに。」
「そうですか?意外と肝が据わってるんです。」
でなきゃいきなりこんな世界の中途半端な年齢で転生して、ここまで何とかやってこれない。
「教えてください。何を見たんです?」
私は真っすぐにグレイソンの目を見る。彼の瞳は一瞬たじろぐもすぐに同じように真っすぐに見返してきた。
「強いのね、あなたって。」
そうだろうかと思いながら私はじっと黙っていた。
ただ単純にまだ実感がないだけだ。本当の意味で「死ぬ」という実感が…。
「彼の記憶をだいたい一万年くらい見たわ。とてもじゃないけど、口では言えるようなものではなかった。」
あの時はだいたい十分くらいしか経っていなかったのに、一万年の記憶を読んだとは…私はそっちの方に少し驚きつつ黙って軽く頷いた。
「その中に闇魔導師を取り囲む様子も見えて…それがさっき話したことなんだけど、これには続きがあるの。目を無理やり開かされた魔導師が倒れたかと思うと、対面にいた魔導師もバタッと倒れて動かなくなったわ。そして残りの内の一人が地面に穴を作って倒れた二人を投げ入れた。」
「それでいくと闇魔導師は結局二人とも死んだことなりますよね。」
「ええ。でもこうして黒魔導師として存在している私たちがいるってことは、死んでない魔導師もいるはずなの。それで他の記憶をもっと見てわかったのは、相手の闇魔導師が強く抵抗したらそうなるんじゃないかって…。」
いわゆる呪詛返しのようなものかと思いながら聞いていた。
魂を縛る闇魔法はいわば呪いのようなもの。呪い返しがあったとしても不思議ではない。
「それで死ぬかもしれない…と。確かに、エスティオがそのまま素直に応じてくれる可能性は低いですもんね…。」
「ええ…。」
黙りこくった私に対してグレイソンが口を開く。
「それで、一つ考えたのが…アリーシャが同じ属性魔導師に闇魔法が使えるようになったら、私の魂にかけられた制約を破壊するのはどうかしら。そうすればエスティオはあなたじゃなくて私でも出来るわ。万一失敗しても、まだ、あなたがいる。」
「それは…。」
さすがにそこまで考えていなかった私は言葉を詰まらせた。
命を懸けてこの戦いに勝ち抜くつもりではいたが、他の人の命を懸けるとなればまた別だ。
グレイソンも覚悟の上とはわかりつつも、そう簡単に返事できるものではなかった。
「今すぐにとは言わないわ。どちらにしろ、まだ出来ないし。だけど考えておいてくれる?そういう方法もあるってことを…。」
「わかり…ました。」
思った以上に重い話に私は気が沈んだ。
良くない話だろうとは思っていたが、私にはどうしていいか今は全く分からない。
合わせていた手の平をそっと離すと、いつの間にか私の手の平もびっちょりと汗をかいていた。
顔を上げるとグレイソンはいつもの顔に戻っていた。
軽く頭を下げ私はそのまま部屋を出て行った。
何だか外の空気が吸いたくて外に出ると、いつもの静かな湖と真ん中に浮かぶ小さな神殿がある。
すでに太陽は沈みかけていた。
「アリー?」
後ろから声をかけられたが、もう振り向かなくても誰の声かわかっている。
「ルーカス。どうしたの?」
そのまま振り向かずにぼうっと湖を見る。
「いや、何の話をしたのか気になって…。悪い話なんだろ?」
「そうかもね。」
「なら俺にも話して。俺たちはずっと一緒だろ?」
そのずっと一緒がもしかしたら無理かもしれないという話を私はどう切り出していいかわからない。
ましてやその役割をグレイソンに押し付けるよう提案されたなどと。
「うん。ずっと一緒だよ。でも秘密なことも必要なの。」
「…。」
前のルーカスだったらすぐに否定するところだけれども、彼の中で何かが変わりつつあるのかそれきり話さなくなった。
ただ私の隣に来て一緒に座りぼうっと湖を眺めていた。
暗闇に染まっていく中で私の目にはルーカスの横顔がくっきりと浮かび上がっている。
綺麗な黒髪に目じりの涙ボクロまで。
私はルーカスに寄りかかると目を閉じて、ただルーカスの鼓動だけを感じていた。
「ルーカス、大好きだよ。」
後から考えるとこの時の私は、死んでも後悔しないように言っておこうと思っていたのかもしれない。
最近は18時の投稿に間に合わないことが多く、ご迷惑をおかけしてすみません。
今後の展開を含め色々と考えていると、時間がいつの間にか経ってしまいます。
書き始めるまでが長いのは、テスト前に勉強し始めるまでに時間がかかるあの頃と何も変わっていないなぁと実感するばかり。
昔の習慣はこうも大人になってからも抜けないものかと実感中です。




