第54話 約束
思った以上にダメージを負ったグレイソンを別の部屋に移し、シュナウザーが治癒魔法をかけて安静にさせるということで一旦落ち着いた。
回復次第グレイソンには何を見たか聞くとして、残った私とルーカス、ドルマンの三人も別の部屋で休むことになった。
ドルマンは別にもう平気と言うのだが、私は彼が流した血の涙が頭から離れなかった。たとえ体が平気だとしても心はどうかわからない。ドルマンは自分に感情なんてものは持ち合わせていないと言い張るだろうが、私にはどうしてもそうは思えなかった。
彼の魂は本当は綺麗な空色なのだから。
「ドルマン、さぁ横になって。」
私は今までになくドルマンに優しく接した。
「何だ、急に…。随分とお優しいじゃないか。」
「いいから、言うことを聞きなさい。でないと命令するよ。」
少しばかり強気に言うとドルマンは「そう言われては仕方がない。」と素直に横になった。
その様子を見ていたルーカスはなぜか少し不機嫌だ。
「アリー、何か吸血野郎に優しすぎじゃないか?」
「ルーカスまで何言って…。」
私は水で湿らせたタオルを手にドルマンの顔を覗いた。
彼の陶器のような白い肌にくっきりと血の涙の痕が残っている。
「ドルマン、目閉じて。」
「なぜだ?」
何をされるのかと警戒するように赤い目がジロリと私を睨んだ。まるでそれは最初にルーカスに会った時のようだった。
私は思わずクスッと笑ってしまう。
「何がおかしい?」
「いや…ちょっとルーカスに似てて。」
そう言った瞬間ルーカスの手が私の肩を軽く叩いた。少し振り向くと明らかに苛ついた瞳で私を見ている。
「アリー、それは聞き捨てならないな。誰と誰が似てるって?」
「いや…そういう意味じゃなくて…。」
「じゃあ、どういう意味だ?」
ルーカスの嫉妬深さは半端ないなと思っていると、ドルマンがさらに火に油を注ぐようなことを言う。
「どうやらアリーシャは俺を放っておけないらしいぞ。黒龍から俺に乗り換える日も近いかもしれないな。」
もはや絶対わざと言ってるとしか思えないドルマンをジロッと睨むと、彼はニタニタ笑っていた。
いつものドルマンに戻ったというよりは、何だか少し楽しそうなドルマンにほっとする。
「馬鹿なことを言ってないで、ドルマンはさっさと目を閉じる!そんでもってルーカスは…。」
「俺は…?」
「ルーカスは…そうね、自由にして。」
ルーカスは特に今は何もなかったと思っていると、背後から「じゃあ、そうする。」と声が聞こえルーカスが後ろからぎゅっと抱きついてきた。
「これくらいなら邪魔にならないだろ?」
十分邪魔なんだけどと思いながら、ちょっと嬉しい私は「知らない」と答えつつそのままにした。
そうして私はルーカスにくっつかれながら、ドルマンの血の涙の痕を丁寧に拭いてあげた。
見れば見るほど人形のような顔だ。
血管一つない真っ白な肌。
「もういいか?」
「あ…ええ。」
そう言うとドルマンは目を開けた。
ルビーのような宝石の瞳が一瞬潤んだように見えた。
「時々、血が疼くんだ…。」
突然ドルマンがボソッと呟いたのでビックリしていると、彼はポツリポツリと続けた。
「人間の血が…もっとほしいと。…乾くんだ。」
ドルマンは私の方をフッと見た。
「その時は…くれるか?」
私の血がほしいと渇望する眼差しにルーカスが何か言おうとして私はそれを止めた。
「あげないとどうなるの?」
ドルマンはまた天井を見上げると、目を閉じた。
「今までと同じだ。俺の欲望か、はたまた食らった人間の血からくる欲望かわからないが…渇きは必ずやって来る。」
本当は人間の血など食らいたくないとでも言うように、ドルマンは顔を背けた。
私はドルマンの透き通る髪を子どもをあやすように撫でながら「わかった」と小さく答えた。
ドルマンは「少し寝る」とだけ言うと、反対側を向いたまま静かになった。
私は軽く息をつき腰にまわされたルーカスの手を外そうとすると、後ろからいつになく低い声がした。
「アリー、ちょっと外出て。話がある。」
背筋が一瞬ゾクッとするのもつかの間、ルーカスに手を掴まれそのまま部屋から連れ出されると別の部屋へと移った。そしてそのままポンっとモフモフソファに投げ出される。
私を見下ろすルーカスの瞳は冷たく光り、静かに怒っていた。
「アリー、一体どういうつもり?」
「…何が?」
「あの吸血野郎に優しすぎるんじゃないかってことだ。」
ああ、そのことかと思いつつ私は説明する。
「ドルマンに人間を傷つけるなって命令してる以上、血に飢えて気でも狂ったら困るでしょ。だからさっきのは主人の役目みたいなもので…。」
「納得出来ない。さっきのアリーはそんなんじゃなかっただろ。」
鋭いなと思いつつ私はチラッとルーカスを見上げる。
そしてルーカスに分かるだろうかと考えていた。このドルマンに同情する気持ちが…。
「まさか本当に吸血野郎にほだされた訳じゃないよな?」
「まさか、そんなんじゃないわ。」
「なら…。」
ルーカスが上から覆いかぶさるように手をつくと、彼の綺麗な前髪が私の鼻先にかかった。
キスされると思い目をつぶると、ルーカスはそのまま私の首筋にカプッと嚙みついた。
「えっ、えっ?」
混乱する私に対してルーカスが耳元で声を響かせる。
「アイツに血を渡す時、ココは無しだ。だって近すぎるだろ?何もかも…。」
心臓がバクバクしながら私の神経は首一点に集中していた。
私は声が出せずにただコクコクと頷く。
「あとアイツの願いを聞くなら、俺のお願いだって聞かないと。…だろ?」
それはマズイ!と思いながら私は首を横に振る。
だって、ルーカスが私に望むことなんて一つしか考えられないからだ。
「言う前から否定するなんて酷いじゃないか。せめて聞いてからでもいいだろ?」
どうせ早く子どもがほしいとかそっちでしょと思いながら、私はブンブンと首を横に振る。
そりゃあルーカスのことは好きだとは言ったけど、それとこれとは別なのだ。
「強情だな…。」
そう言うとルーカスは私の唇を触り、そのまま口を塞いだ。
またもや心臓がバクバクして今度は頭がぼうっとする。
そして気が付くと私の指には金の石がはめ込まれた指輪が光っていた。
「俺の願いはたった一つ。死ぬまで俺の嫁でいること、そう言いたかっただけだ。」
真剣なルーカスの瞳に私は自分で想像したことを思い出し顔が真っ赤になった。
「アリーは優しすぎるからな…まぁ一種の魔除けみたいなもんだ。」
一体私はルーカスの何を見ていたんだろう。
こんなにも自分を思ってくれているのに…。
私はルーカスの背中に手をまわすと、ぎゅうっと抱きしめた。
「一緒にいるよ。私、死ぬまでルーカスと一緒にいる。」
この時はそれがどれほど長い時間を指すかなど考えていなかった。
ただ、ルーカスとずっと一緒にいたい。
それだけだった。
「ところで、アリー。俺のお願いが一体何だと思ったんだ?」
見上げるとニヤニヤした意地悪な目で私を見下ろしている。
「し…知らないっ!」
私は抱きしめた腕をパッと放すと「戻るよ!」と言って立ち上がる。
ルーカスも「はいはい」と余裕の笑みを見せながら、指輪がはめられた方の手を握った。
私はもうルーカスなしでは生きていけないかもしれない。
この指輪はもしかしたらルーカスが私にかけた支配魔法の一種なのかもしれないと思っていた。




