第52話 闇魔導師VS黒魔導師
グレイソンと私それからルーカスとドルマン以外の皆は一旦外の様子を見に出て行った。
ノクスの追跡魔法で近づく龍族や魔導師がいたら探知できるし、もしもの時はアレックスやディアナも攻撃に加わるという。シュナウザーのシールド魔法も役に立つが、何より負傷した龍族がいたらすぐに治癒魔法をかけるという。
私はソファに座るとゆっくりと息を吐き、気持ち落ち着かせた。
黒魔導師のグレイソンに闇魔法が通じればエスティオにも同じ原理で出来るはずだ。
なぜなら黒魔導師はもとは闇魔導師なんだから。
大丈夫。
必ず出来る。
私は気合を入れると、瞳に魔力を集中させた。一気に熱を帯び眩いピンクの色へと変化する。
そしてグレイソンのアメジストのような紫の瞳と目を合わせた。
私は魔力を一気に解放する。
グレイソンの瞳の奥へ、もっと奥の意識のさらに奥へと突き進む。
すると…私は今までにない恐怖を感じた。
急に目の前が真っ暗になり、何も見えなくなったのだ。
そこは光のない真っ暗な闇だった。
魂のカケラですら見つけることの出来ない、漆黒の闇…。
どこを探しても見つからない闇。
息が詰まりそうな不安。
何かが背後にいるようなゾッとする恐怖。
その闇の中にいると負の感情で押しつぶされそうになる。
全身の毛が逆立ち危険を知らせた。
もうここにいてはダメだ!
私は一気にグレイソンの魂があるであろう場所から全てを引き戻した。
体がバタッとソファに倒れ込む。
気づけば過呼吸のように息が上がっていた。
目に激痛は走る。
「いつっ…はぁ、はぁ…。」
「アリー!!!」
「アリーシャ!」
ルーカスが私の体を支え、グレイソンが急いでシュナウザーを呼びに行った。
「アリー、ゆっくり。大丈夫だから。」
ルーカスが必死に声をかけてくれている。
やがてシュナウザーがグレイソンと共に戻って来るとすぐに「ヒール!」と回復魔法をかけてくれた。
目の痛みや熱さ、息が楽になる…。
「ありがと…、シュナウザー…さん。」
「こんな時まで本当に頑固だね…。でも、良かった。無事で。」
視界もだんだんと戻った時、いつも優しく微笑むシュナウザーの顔が歪んでいた。
ルーカスが心配そうに見つめる中、私は体を起こす。
「グレイソンさん…私…。」
私は…グレイソンの魂を支配することが出来なかった。
失敗したのだ。
グレイソンは全部言わなくても分かっているようだった。
「出来なかったのね。そうでしょ?」
「…はい。」
私は今まで順調に出来ていただけにショックが大きかった。
そして何より時間がないこの状況での失敗は心に大きな焦りと不安を募らせた。
「とりあえず、詳しく話してちょうだい。何か…つかめるかもしれないでしょ。」
「はい…。」
グレイソンはさすが黒魔導師のトップを張っていただけのことはある。
彼の冷静な判断と分析はとても頼りになった。
そして私は先ほど見たことをありのまま伝えた。
正直、魂の制約をする時に使う闇魔法は説明が難しい。
詠唱もなければ感覚的な部分も多く、どうしても内容が抽象的になってしまう。
それでもグレイソンはノートに一字一句漏らすまいと書きながら、何やら考えているようだった。
「なるほど…真っ暗ね…。」
「何か、わかりますか?」
私はグレイソンに視線を向けた。
「いえ…もしかしたら失敗するんじゃないかっていう予感はあったの。前に闇魔導師が粛清された話をしたわよね。古代文字だったから全部は解読できなかったんだけど、闇魔導師に闇魔法を使うには条件があるみたいなの。でもそれが何なのか…。」
「闇魔導師が粛清されたのは確か二千年前でしたよね。だったら…。」
そうして一斉に皆ドルマンの方を向いた。
悠久の時を生きる彼ならばその時代も確実に見ていたはずだ。そして闇魔導師が粛清されたことを以前の話からするに知っている。
「ドルマン…その時のことで何か覚えてない?」
ドルマンはただ無表情に私の顔を見ると、フッと口の端を少し上げた。
「俺は人間とは記憶の仕方が違う。二千年前のことなど分からない。」
「今更なんでそんな嘘つくのよ?闇魔導師が粛清されたこと、知ってたじゃない!」
非協力的な発言にさすがにイラっとし、私は語気が荒くなった。
こんなに何とかしようと頑張っているのに、やっぱり冷酷非道な吸血魔族にとってはどうでもいいことなんだと。
するとドルマンは何の感情もないような、しかし多くの血を凝縮したような赤い瞳で私を見つめた。
「そう怒るな。俺は嘘は言っていない。確かに二千年前に闇魔導師が粛清されたのは知ってる。でも記憶の仕方がそもそも違うのだ。」
「それは、どういう意味かしら?」
グレイソンが興味津々にドルマンの方を向いた。
「人間は感情や思い出と一緒に記憶を結びつけるが俺は違う。時を生きても何も感じなかった。だから、ただ事実だけが俺の頭に残るだけだ。二千年前も闇魔導師が粛清された時期があった。それだけだ。もし何か俺が見ていたとしても、俺の記録にはない。あるとすれば俺が消去した記憶の中だ。」
「消去した記憶って…?」
すかさず私も質問する。
「全てのことを記憶してたら身がもたん。人間も魔物も世界は美しくもあり残酷だ。二千年前だろうが一年前だろうが俺は眠ることでほとんどの記憶を消すように出来ている。どんなに残酷なことがあっても、だ。」
ドルマンにどこか冷たい感じがするのも、もしかしたらそのせいなのかもしれない。
体を破壊されなければ尽きることのない永遠の命。
不死の血を持つ唯一の存在が吸血魔族の王だと言っていたが、ドルマンはずっと一人だと言った。
感情と結びついた記憶の中で生きるのは苦痛なことなのかもしれない。だからこそ、どこまでも無感情にどこまでも無関心でいるように出来ているのかもしれない。
でも一つだけ言えるのは今は少し違うのかもしれないということだ。
なぜならさっき「何も感じなかった」と過去形で言った。
ということは、今私たちといるこの時間は彼の記録というのに残るのかもしれない。
「じゃあ、二千年前に闇魔導師がどんなことをしていたか分からないってことね。」
光明が指しかけたのにまた振り出しに戻ったかのような気になっていると、ドルマンがにやりと悪い顔をした。
「いや、方法はある。俺の記憶を探ればいい。」
ここにいる全員がドルマンの顔を見た時、彼は人間らしい表情をしていた。
「ただしその勇気があれば…だがな。」




