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第51話 幸福は長くは続かない

龍の巣に来て二十日の時が過ぎた。

私の闇魔法も上達し一瞬で精神魔法をかけられるくらいになっていた。

残すはグレイソンただ一人となっている。


それと日課もできた。

それは朝目覚めると自分の目を確認することだ。


「よし、茶色い。」


どうやら魅了魔法を使うと瞳の色がピンクになるらしく、前は無意識に魔力を使っていたらしい。

もしかしたら一種の防衛本能だったのかもしれない。

自分を傷つけられないようにするための。


それから隣の部屋で寝ているだろうルーカスとドルマンの様子を見に行く。

二人の仲は決していいとは言えないけれど、こうして契約した魔物同士一緒の部屋にいるのは不思議だ。


大概ルーカスは寝たふりをして私に起こされるのを待っている。

もしかしたら以前触れるなと命令したことを未だに引きずって、私から触ってもらうように仕向ける癖がついてしまったのかもしれない。

そのせいか以前のように隙あらばキスをしたり、それ以上のことをしようとしなくなった。

もう二度とあんな命令はしないと言っても、やっぱりどこかで警戒しているのかもしれないと思うと少し可愛く見える。


それからドルマンはというと、割と一日の中で寝ている時間が多い。

ドルマンいわく前よりだいぶ起きているらしいが、私から言わせれば寝坊助である。

一番驚いたのはあまりに退屈な時は百年間くらいずっと寝ていたこともあるらしい。

人間の一生が彼にとっては睡眠で終わることもあるなんて何てヤツと思ったけれども、無限の時を生きる魔族と有限の時を生きる人間ではわかり合おうというのが無理なのかもしれない。


「ルーカス、朝だよ。起きて。」

「ん…アリー。」


少し揺するとルーカスはわざとらしく私に手をのばし、ぎゅうっと一度抱きしめてから起きる。

抱きつくくらいなら…まぁいいかなと思って私もそのままにしていた。


ここにいるとあまりに平和すぎて、自分がやらなきゃいけないことをつい忘れてしまいそうになる。

出来ればエスティオのことなんて放っておいて、こうして暮らしていきたい。


でもやっぱりそんな甘い考えが長くは続かないことを私はこの日知らされる。



「アリーシャ!!すぐ来てちょうだい!」


切迫した声で私を呼ぶグレイソンの声が聞こえた。

緊張の伝わるその声から何かが起こったのだと直感が知らせている。

当然それはルーカスやドルマンも私以上に感じ取ったらしく、すぐに跳ね起き中央の間へと集まった。

他の部屋からアレックスやシュナウザー、ノクスにディアナと慌てて集まって来る。


その時ルーカスの父ルシエルが神妙な顔つきで外から戻って来た。


「グレイソンさん、どうしたんですか?それにルシエルさんも…。」

「親父、何かあったのか!」


するとグレイソンが真っ青になりながら私の方を見た。


「アリーシャ、それに皆…聞いて。さっき私の相棒である白狼(はくろう)が亡くなって、その最期を私に見せてくれたわ。」


グレイソンの使役する魔物は白狼と黒狼の二体だが、離れてもう二十日。

魔力供給をせずに生きられる時間はせいぜい一か月。

限界が近づいていることは分かっていたが、こうやって聞くと心臓に辛い。

そして黒魔導師は使役した魔物が死ぬとその魔物の最後を脳裏に見るという。グレイソンの相棒は三回代わっていると言っていたが、こんなことを今までにも経験してきたかと思うと辛くてどう見ていいか分からなかった。


「何が見えたんだ?」


アレックスがその切羽詰まった様子からただ事ではないと察知したようだ。


「龍族の巣を襲っていたの…。魔導師たちと一緒に。」


グレイソンが顔を歪め目頭のあたりを手で覆った。


「龍族の巣って、まさかここに!安全じゃなかったのか!」


慌てるアレックスに冷静なシュナウザーが言葉を被せる。


「それにしては静かすぎます。もしそうだとしたら僕たちが気づかないはずがない。」


それは私も同じ意見だった。

ここにいるのは仮にも一流の王国魔導師たち。

その中でもアレックスやシュナウザーは団長クラスだ。ノクスやディアナだって実力は折り紙付きである。気づかないはずがない。


するとルシエルが口を開いた。


「先ほど緊急で代表議会があってわかったんだが、南の龍族がやられたそうだ。」

「南の龍族って…。」


ルーカスが呟く。


「リタがいるところじゃないか…。」


リタと言えばあの黒髪ナイスバディの龍族だ。確か一旦自分の故郷である南の龍の巣に帰ったと言っていた。私は心配になって、


「リタさんは…無事なんですよね…?」

と聞くとルシエルが答えた。


「わからない…。不意をつかれたらしくかなりやられたようだ。どうやら助かった龍族がこちらに向かっているらしい。ただ、その中にいなければ…。」


その先は聞かなくてもわかった。

いなければそれは()られたか、捕縛されているかのどちらかだ。

リタは決して仲が良かったわけでもなく、どちらかと言えばルーカスに纏わりついて気にさわる方だったかもしれない。

けれどもそういう問題じゃない。

私たちを助けるために協力してくれたのに、それが原因でエスティオに目をつけられれたのであれば、それは私たちのせいなのだ。


「でも、何でなの?龍の巣は見つからないんじゃなかったの!」


ディアナが興奮気味に声を荒げると、ルーカスが彼女に視線を向けた。


「ここはな…。ただ南の龍の巣は位置が低いんだ…。迂闊だった。まさかそっちを攻めるとは…。アイツは俺が見た中で最低の人間だ。」


ドルマンがフッと鼻で笑うと、ルーカスは彼をギロッと睨んだ。


「おい、吸血野郎…何が可笑(おか)しい。」

「いや…黒龍族とは思ったよりも人間を知らないと思ってな…。」

「どういう意味だ…。」

「俺の知る限りは人間とはそういうものだ。時に残酷で残虐。自分の欲に実に忠実な生き物だ。そのエスティオとかいうヤツも同じ(たぐい)なだけだ。」

「っ…。」


あまりに多くの人間の悪を見てきたドルマンの発言にルーカスもこの時は言い返さなかった。


「しかもそのエスティオとやらは我々がそこにいないのを知っててそこを襲ったのだろう?」

「ドルマン、それはどういう意味?」


私の顔を見てドルマンはニヤリとした。

まるで人間の考えることなど全てお見通しと言わんばかりに。


「俺が見てきた悪い人間なら、数匹わざと逃がして追跡するけどな。その先を追えば必ず獲物はいるはずだと…。」

「なっ…。」


ルシエルはそれを聞くとすぐに代表を再招集して話をすると言い、外に飛び出して行った。

残された私たちもまた来る戦闘に備えて準備しなければならない。

こうして私の平和は簡単に崩されることになったのだ。


「ルーカス、南の龍の巣からここまでだいたいどれくらいかかるの?」

「そうだな…全速力で飛んで三日と言うところだ。」

「三日…。」


私は何としてでも三日以内にエスティオの力を封じ込める(すべ)を身につけなければならない。


「グレイソンさん、いいよね。」

「ええ。」


もうやるしかなかった。


大丈夫。

今までだって出来たし黒魔導師相手だって同じようにやれば出来るはず。


この時の私はまだそう思っていた。






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