第48話 闇魔法の特訓(シュナウザー編)
私が闇魔法の特訓を初めて一週間ほどが経った。
アレックスやノクスに初めて闇魔法を使った時、一日様子を見たが特に大きな問題はなかったのには安心した。それから一日一回アレックスとノクスの交互に協力してもらい、最初は3時間かかっていたのが今では30分ほどでかけられるようになっていた。
今の私の力では一日二回が限度だ。
魔力もごっそり持っていかれる上に、体力も精神力もクタクタになる。それに加えてルーカスとドルマンに魔力を渡さないといけない。
午前に一回、午後に一回の練習はたとえ魔法をかける時間が短くなったとしても、ハードなのに変わりはない。
そうしている間にも悪い知らせが入って来る。
エスティオが数十の魔導師団を王宮から放ったらしい。目的は間違いなく私たちの追跡だ。
幸いなことに追跡魔法にも距離の限界があるため、上空10000メートルにあるこの龍の巣はまず見つけられないだろうと言っていた。
そこはちょっと安心だ。
しかしそういった知らせを聞くたびに、私の中で焦らずにはいられない。
もっと魔力をコントロールして一瞬で相手の魂を縛らないと逆にこっちがやられてしまう。
そうして私は難しい顔をしながら考えていると、シュナウザーが私の顔を覗き込んできた。
「今日はいよいよ僕の番だね。」
長い銀髪が肩からサラリと前に落ちると、色素の薄い透き通った瞳と目が合った。
私はすかさずサッと目を反らす。
「反らさないで。君の魔法が別にかかったって構わないから。」
「シュナウザー…さん?」
シュナウザーは柔らかく微笑むと私の髪を触った。
ちょうどルーカスはお父さんのルシエルと話をするため部屋から出ている。そして同じ部屋にいるグレイソンは見て見ぬふりをしてくれていた。
「実は黒龍君の父君にお願いしたんだ。彼を部屋から遠ざけてほしいってね。」
「意外と策士なんですね。知らなかったです。」
シュナウザーは私はのツヤツヤした金色の髪を指で確かめながら、自分の口に近づけた。
「甘い匂いがする。」
不覚にも一瞬ドキッとしてしまった自分をしかりつけ、私ははっきりと言った。
「私、ルーカスが好きです。」
「はっきり言うね。」
「はっきりした方がいいと思って…。それに今のシュナウザーさんは本当のシュナウザーさんじゃないですし。」
「それを言うなら黒龍だって同じだよ。違う?」
私はグッと手に力を込めた。
「シュナウザーさんって結構イジワルですね。」
するとシュナウザーはクスクスと笑って「そうだよ。」と言った。
「僕は皆が思うよりもずる賢くて意地悪なんだ。きっと君が知らないことはもっとあるよ。そして僕も君のことを少ししか知らない。だけど一つだけ分かることがあるんだ。」
「何ですか?」
シュナウザーは私の瞳を射貫くようにじっと見つめた。
「僕は君が好きだ。最初は魔法のせいだったかもしれない。でも一緒にいるうちに君に惹かれている自分が分かるんだ。」
「それも魔法のせいかもしれないですよ。」
「そうだね。でも、もし違ったらその時は…。」
シュナウザーがその続きを言おうとした時、ルーカスが勢いよく部屋に戻ってきた。
ルーカスの額には若干汗がにじんでいる。
「悪いが銀髪男、その先は言わせない。」
「聞こえてたのか?」
「黒龍の耳はいいんでね。」
ルーカスの冷たい視線がシュナウザーを突き刺す中、私は彼の透き通るガラスのような瞳を見る。
「シュナウザーさん…。もし違ったとしても私の答えは変わらないです。」
「わかってるよ。ただ、伝えておきたかったんだ。」
シュナウザーの微笑みはやっぱり柔らかかった。
そんな彼を見て私はどこか期待していた。
もし魔法を解いてもシュナウザーの気持ちが変わらなければ、それは同時にルーカスもその可能性があるからだ。
そんなことを考える時点でシュナウザーに失礼だとは知りつつも、私の頭の中は自分のことしか考えていない。こんな利己的な自分の一体どこに魅力があるのだろう。そう思えば思う程私は自分に自信がなくなっていくのだ。
そしてだからこそ「可愛い」と言われる度に、どこか空虚な感じがする。
だってそれは他ならぬ外見のことを言っているのだから。
そしてその外見はアリーシャのものであって、どこか自分でないような気がしているのだ。
きっとこれも何十年もたてば私自身だと思えるようになるのだろうけど、鏡を見る度にどこか他人を見るような気がしてならなかった。
シュナウザーが惹かれたのがもし外見ならば、「好き」の気持ちは変わるだろう。結局は闇魔法で支配できる精神なんていうものは、魂のほんの表層にしか過ぎないのだから。
私はシュナウザーの透き通るビー玉のような瞳をじっと見つめた。
アレックスやノクスと違って色素がほとんど無いためか魂のカケラが見つけにくい。
かなり集中しているはずなのに、瞳の奥にあるはずの光が見つけられない。
目の周りだけでなく眼球自体も熱くなり、もう目玉が飛び出しそうな気がするほどチリチリと痛む。
それでも私はやめなかった。
グレイソンが止めようとする腕を振り払い、私の意識はシュナウザーの瞳の中に入っていく。
一瞬…キラキラと反射するような光りがかすめた。
どこだろうと必死に探す。
またキラッと光って、その先を進むと何か温かいものに触れた。
それは透明な…でも温かいクリスタルだった。
コレだ!
すぐさま捕えたクリスタルに向けて命令しようとした時、同時に光の鎖が絡まっているのを感じ取った。
私は自分の気持ちに従った。
『汝の魂に刻まれし魅了の鎖よ…滅びろ!』
パリンッ!
鎖がはじける音がする。
目が熱い。
熱くてもう私の目は限界だった。
シュナウザーにかけられた魅了魔法を解くと同時に私は瞼を閉じ一気に真っ暗になった。
「アリー!」
ルーカスの声がする。
もしかしたらまたソファに倒れ込んだのかもしれない。
「ルーカス…シュナウザーさんは?」
私は気になって仕方がない。
シュナウザーがどうなったのか。
何か変化があったのかどうか。
「アリーシャ…。」
シュナウザーの声がする。
「…どうですか?何か違いますか?」
シュナウザーはアリーシャの手を握った。
ルーカスはこういう時は手を出さない。何か感じ取っているのだろう。
「アリーシャ、僕はやっぱり君のことが好きなようだ。変わらなかったよ。」
そしてシュナウザーはアリーシャの手を彼自身の胸に当てた。
「僕の胸の振動がわかる?これが証拠だよ。」
その時私は見えない瞳から涙がこぼれた。
その涙はシュナウザーの気持ちを利用した酷い気持ちからなる嬉し涙だ。
「シュナウザーさん、ありがとう。」
私はそれしか言えなかった。




