第47話 闇魔法の特訓(ノクス編)
「アリー、起きて。そろそろお昼だ。」
甘く低いバリトンボイスが頭に響く中、薄っすらと目を開ける。
今までも目を開けると同時にルーカスの美顔を拝ませてもらったことは何度もあったが、今日はいつになく実体をもってソレがあった。アイドルや二次元を見るような感じではなく、同じ世界に存在する血の通った男として見ていた。
「ルーカス、ありがとう。」
「別にこれくらいどうってことない。もっと頼って。」
ルーカスはきっと起こしてくれたことに対して言ってるんだと思っているけど、私の中では少し違った。
最初は訳が分からないまま森に入ってルーカスを使役することになった時は面倒だと思ったけど、今はこの世界でルーカスに会えたことに感謝している。
私はルーカスの背中に頭をコツンとつけた。
「どうした、アリー。」
「…なんでもない。」
「もしかしてこれもアピールか?もっと好きになってもらうっていう…。」
「そうかもね。」
私はくすくすっと笑った。
♢♢♢
昼食もやはりルシエルの奥さんたちが準備してくれ、私たちはテーブルを囲んで食べた。
普段はこんなに人間がいることがないから嬉しいのだそうだ。
因みに夫人たちは三人とも同じ指輪をはめていたので聞いてみると、それは龍の目から作られた貴重なものらしい。龍族の体の一部を身に着けることで、恐怖を和らげるのだそうだ。そうでなければいくらカッコ良くても溢れる魔力に気圧されてしまうとのこと。
第一夫人のオランジュさんは自分が死んだら、この指輪をまた次の奥さんへと引き継ぐのだそうだ。そうして脈々と受け継がれていく指輪にはたくさんの思い出と記憶が詰まっている。
因みに指輪もなしに龍の巣にいる私たちは異常だと改めて感心された。
まぁ一応みんな王宮魔導師ですからね。
美味しくご飯をいただくと私はまた先ほどの部屋へと戻る。
本当は一番かかりやすいアレックスで試したいところらしいが、一日に何度も闇魔法をかけられたら精神への負荷が半端ないので今度は別の人で練習することになった。
それでも人に対して成功したのは初めてなので、アレックスのことは大きな一歩だとグレイソンはやや興奮気味だ。
火魔法の魔導師が一番かかりやすいと聞いていたので次はディアナかと思いきや、同性は難しいらしいのでディアナは最後の方らしい。そして選ばれたのはノクスだった。
今度はノクスかと思いながら先ほどと同じように瞳を覗き込む。
部屋にはグレイソンとルーカス、そして今回はディアナもいた。
やっぱり好きな人に精神に影響する魔法をかけられるとあっては、気になって仕方がないよね。
そう思いながらノクスに集中する。
翡翠のような綺麗な緑の瞳だ。
ノクスらしい優しい感じがする。
思えばノクスが私のことを好きだと思ったのも魔法のせいかもしれない。
最初に会った時に私は彼の顔をまじまじと見た。
中途半端な私の魔法のせいで、ノクスの精神にもきっと影響を与えてしまったのだ。
そう思うとやるせなかった。
大丈夫。
今日、全てを元に戻すから。
澄んだ緑の瞳をじっと見つめる。
どれくらいの時がたったのか分からない。
私とノクスはそこに固まったようにじっとしていた。
そしてアレックスの時と同じように不思議な感覚に包まれる。
目の周りが熱くなりチカチカとした光りが見えたと思ったら、その先に翡翠のカケラが目に飛び込んで来た。
アレックスの魂のカケラは四角錐を組み合わせたような形をしていたが、ノクスの魂のカケラは丸みを帯びた綺麗なエメラルドグリーンだ。
その魂のカケラを通じて私は彼の魂を支配する。
『汝の魂に刻む…ディアナの魅力を今すぐ言え!』
私の濃いピンクの瞳がカッと光ると、ノクスの瞳は少しトロンとした。
そのまま私はソファにドサッともたれ掛かる。
「アリー、大丈夫か?」
ルーカスが心配そうに私をまた支えてくれる。
私は彼に向けてニコッと笑うと、ノクスの方に視線を移した。
どうだろうか?
上手くいった…?
「ノクス…?」
彼は何も動かずただじっとしている。
もしかして失敗した?…と思った瞬間、彼は急にキョロキョロし始めた。
そしてディアナを見つけるとそちらに向かって、いきなり大声を出し始めたのである。
「ディアナ!君は意志が強くてとても可愛い!いつもハキハキと言うのが好きだ!それでいて時々強がって言葉がきつくなるのを後で後悔しているのがたまらない!キリっとした目も魅力的で、燃えるような赤い髪も素敵だ!それから…。」
さすがに私もこれはやり過ぎたと後悔した。
少しディアナを嬉しい気持ちにさせてあげようと思っただけだったのに、まさかノクスにこんな一面があるとは思いもよらなかった。
闇魔法は確かに相手の精神に命令しその通りに行動させる魔法だが、その人が持っている本質は基本的には変わらない。ましてやディアナの魅力を言えという命令のため、本人がそう思っていないと出ないのだ。
当のディアナは顔が真っ赤になって私を見た。
「っちょっと!一体、何を命令したのよ!」
「いや…ただディアナの魅力を言えってしただけで…。」
「ちょ…早く解きなさいよ!ノクスが可哀想でしょ!」
私は慌ててノクスの瞳を覗いた。
やっぱり一度見つけた魂のカケラは簡単に見つかる。
綺麗なエメラルドグリーンに纏わりつく光る鎖まで今度は見える。
『汝の魂に刻まれしすべての鎖よ…滅びろ!』
パリンと鎖がはじけ、ノクスはパタッとその場で倒れた。
「ノクス!!!」
ディアナが急いで駆け寄りノクスの体を起こすと、彼は顔を真っ赤にして手で顔を覆った。
「アリーシャ、何てことをしたんだ。僕はこれからどんな顔をしてディアナを見ればいいと…。」
ディアナがノクスの顔を覗き込む。
「ノクス…さっきのアレって、本当なの?」
「…うん。」
「ウソ。だってノクスはアリーシャがずっと好きなんでしょ!」
「…それもそうなんだけど。今は何か…少し違って、アリーシャは幼馴染として好きなんだと思うよ。」
「ホントに?本当?」
ノクスはコクっと頷いた。
ディアナとノクスは二人とも顔を真っ赤っかにしながらお互いを見ていた。
やっぱり彼の感情を捻じ曲げてしまっていた事実に、私はただ黙って見ているしかできなかった。
アレックスに続いてノクス。
これで私に好意を抱いていた二人が本来の姿に戻って、私を恋愛の「好き」ではなく同僚や友人に向ける「好き」という感情で見るのだろう。
そう思うと、どうしたってルーカスのことが頭をよぎってしまう。
彼にかかった魔法を解いたら一体どうなってしまうんだろう。
そしてそんな不安を察するかのようにルーカスは私をぎゅっと抱きしめた。
「アリー、大好きだよ。だから心配しないで。」
私は彼の魔法を解く日が刻々と近づいていることを感じた。
そう、それはこの特訓が始まった時から決めていたこと。
アレックス、ノクス、シュナウザー、ディアナ。
この四人にかかってしまった魔法を解いたら、最後にルーカスを解くと。
私はルーカスをぎゅっと抱きしめ返したのだった。




