第46話 闇魔法の特訓(アレックス編)
結局グレイソンとどうしてもその場から離れないルーカス以外は部屋から出し、私は再びアレックスに魔法をかけることに集中した。
相手の瞳を通してかけるという、いわば洗脳に近い精神魔法。
今、中途半端にかかってしまっている魅了魔法も何とかしなければならない。
アレックスの赤い瞳に集中しながら、私はじっと彼の瞳の奥にあるものを見つめた。
「何だかそんなに見つめられると、ドキドキするな。」
「そう?」
アレックスの耳や頬が仄かに赤い。
そんな様子をルーカスは不機嫌そうに監視しているが、それは無視。
私はとにかく集中した。
魔力はその体に宿り、魂でその魔力を使うという。
それが魔法だ。
体と魂が別の私はそのつながりが浅い。
アリーシャになってからまだ三か月。
魔力がうまく引き出せないのはおそらくそのせいだ。
時間がたてば魔力も上手く使えるのかもしれないが、それでは遅すぎる。
闇魔法に関してはエスティオの方がずっと上なのだから。
それでもグレイソンの見立てでは私の方が魔力量が勝っているというのだ。
普通はルーカスを使役するだけでもギリギリなのに、ドルマンまで使役しているということは魔力量は半端なく多いらしい。
ドルマンいわく二千年前に駆けたとされる魂の鎖のせいで、本来の魔力が抑え込まれていた可能性が高いと言う。人間には計り知れない時間を過ごしてきた魔物の言葉には説得力があった。
私が魔力を感じ取ることができるのは、とにかく強くそこに意識が集中した時だけ。
私は瞳に集中した。
周りの音が少しずつ消えていく。
私の目の周りがじわじわと熱い。
明るい部屋で瞳孔が開き、私のピンクの瞳の色がさらに濃くなっていく。
アレックスの赤い瞳しかもう見えない。
そしてチカチカとする光りの瞬きを見た時、彼の瞳の奥に赤く光るカケラを見つけた。
胸がドクンと波打ち、本能があれだと言っていた。
そして自分の声ではない声が、私の魂の声が彼に命令する。
『汝の魂に刻む…今すぐ腹筋100回!』
アレックスは虚ろな目で「はい。」と返事をすると、急にその場で腹筋をし始めた。
「すごいわ!やったじゃない、アリーシャ!これ、完全に成功よ!」
「ありがとうございます。でも、何だかすごく疲れました。」
気づけば私は汗でびっしょりだった。
一体どれだけ集中したらこんなになるのか…。
グレイソンが近寄り無心に腹筋をするアレックスの様子を見た。
気づけばルーカスは私の体を支えてくれている。
するとグレイソンから驚きの言葉を聞かされる。
「そりゃそうよ。だってあなた、三時間もアレックスをじっと見ていたんだから。」
「さ…三時間…。」
そんなに私はずっと集中してたのか…。
チラッと横を向くとルーカスが物凄く不気味な笑顔を向けている。
「アリー、よく頑張ったな。すごいよ。うん、すごいことだ。」
ルーカスの支える手に力が入る。
金の瞳には嫉妬の色がにじみ出ていた。
「だけどね…わかっていても他の男を見つめるのは苛つくんだよな…。」
「ルーカス…?」
「昨日の吸血野郎のことと言い、俺に対して何か言うことあるんじゃない?」
「えっと…。」
私はちょっと目線を外して言った。
「ごめんね。」
「それから?」
「ドルマンには後でもう出来ないように命令する。」
「あと?」
「ルーカス…。」
「何?」
私はグレイソンに聞こえないように耳元で囁いた。
「好き。」
ルーカスは私をぎゅうっと抱きしめる。
「ちょっと、汗でベタベタだから…。」
「関係ない…。全然、気にならないから。」
そっちが気にしなくても私が気になるんだけどと思いながら、私はルーカスの頭を軽く撫でる。
心が広いんだか狭いんだか…。
私はルーカスの大きな体に抱き締められながらその心地よさに浸っていると、グレイソンに頭をちょんちょんとつつかれ我に返る。
「アリーシャ、二人の世界はいいけどアレックスを元に戻してくれる?」
「あ…。」
申し訳ないことにアレックスは隣で「56、57、58…。」と腹筋していた。
私は再びアレックスに近づき、彼の瞳を覗き込む。
一度見つけた彼の魂のカケラは驚くほど簡単に捉えることができた。
私はまた集中する。
『汝の魂に刻まれしすべての鎖よ…滅びろ!』
彼の赤い魂のカケラにかけられた鎖がパリンとはじけるような感覚があった。
そして私はズンッと体の力が抜け、後ろに倒れそうになるのをルーカスが受け止める。
「どう…戻った?」
アレックスは不思議な目で私を見ていた。
「あれ、俺…何でいきなり腹筋してたんだ。それに…。」
「それに?」
「不思議だ…。アリーシャのことは今でも好きだが、何か…うまく言えないんだが何か違う。」
「それはそうよ。だって魅了魔法にかかっていたんだもの。」
どうやら今までかかっていた精神魔法が全てクリアになったようだ。
「そうか…。何か複雑だな。」
そう言うとアレックスはニカッと笑った。
「あんまり私の目を見ない方がいいよ。またかかっちゃうかもしれないから。」
私は目を伏せながら話す。
やっぱりあの極端すぎる行動は魔法のせいだったかと思うと少しショックだ。
その後、アレックスにアレコレとグレイソンが質問し今日の午前の特訓はひとまず終わった。
私は体力回復のために少し横になって休んだ後、お昼を取ることにした。
別の部屋に移動する私と入れ違いに、外に追い出された皆がぞろぞろと部屋に戻っていく。
私はモフモフベッドにバタンと倒れ込むと、先ほどのことを思い出していた。
魔法が解けると「好き」という感情に変化が起こることがわかって、それが私の心を暗くした。
魔法が解けても好きでいてもらうよう努力するって言ったのに、このままじゃもしかしたら…。
そう思うとなかなか寝付けなかった。
しばらくするとルーカスが私の様子を見に部屋に入って来た。
私はガラにもなく万歳のポーズでルーカスを誘う。
「どうした?一緒に寝てほしいのか?」
「…うん。」
意外にも素直な返事に一瞬ルーカスは戸惑ったようだが、そのまま静かに抱きしめてくれた。
「アリー、大好きだ…。だからゆっくり休んで。」
ルーカスはいつでも私に優しい。
たくさん「好き」だと言ってくれる。
どうかこれが変わらないでいてほしい。
そう思いながら私は浅い眠りについた。




