第42話 龍の巣(2)
大きな竪穴の中はタコの足のように枝分かれした空間があり、天井は高く上から太陽の光が入って来る。ドアのようなものはなく、上からすだれのような仕切りがあるだけだ。その先に綿菓子のようなフワフワしたもののがあり、グレイソンはその上に寝かせられた。
落ち着いたのかグレイソンはすぅっとそのまま気持ちよさそうに眠りについた。
「ルーカス、このフワフワしたもの何?」
あまりに気持ちよさそうに寝るので、つい気になってしまった。
「アリーのよく知るものだ。」
「私の知ってるものって…。」
「言ってたじゃないか。モフモフを手に入れたいって。これはソレから作ってる。」
ルーカスは爽やかに笑っていたが、私は少々知りたくない事実だった。
モフモフの毛皮だったなんて…。
グレイソンにはアレックスとシュナウザーがつくことになり、起きたら知らせてくれると言っていた。
ノクスはまだ気分が良くないらしく、もう少し休みたいそうだ。
私とディアナ、そしてドルマンはルーカスたちと一緒に別の部屋へと移り、状況を聞くこととなった。
その間もずっとあのナイスバディはずっとルーカスの腕に纏わりついていた。ディアナもそれに気づいたらしく、私に「大丈夫なの、あれ?」と尋ねるので、私は「何のこと?」と気にしてないフリをした。
何より腹立たしかったのはルーカスがそのままにしていることだ。
あの腕を振り払えるのに、何もしないことが一番腹が立っていた。
「では、改めて自己紹介をしよう。私はルーカスの父親でルシエルという。気軽に呼んでくれて構わないよ。」
ニッコリと笑うルシエルに対し、ルーカスは不服そうな顔をした。
「何カッコつけてるんだよ。親父は親父だろ。アリー、いちいち名前で呼ぶ必要ないからな。」
どうやら名前で呼んでほしくないらしい。
そんなルーカスに対してルシエルはキラッと目を光らせた。
「息子よ、そのような小さな器では愛想をつかされるぞ。」
そして私たちに顔を向けると、また柔らかな笑顔を向けた。しかし隣のディアナが私の腕を掴み離さないところを見ると、どうやら言葉には出来ない怖さがあるようだ。
それもそうかもしれない。
前には黒龍が三頭(?)座っており、後ろには吸血魔族のドルマンがニヤニヤしながら立っている。
特級魔族に囲まれて普通でいられる方が珍しいのかもしれない。ノクスが調子が悪いのはそれもあるのだろうかと思いながら、自分は至って普通なのに自分でも驚いていた。
もともと黒魔導師は魔物に免疫がある。闇魔導師なら尚更なのかもしれない…。
「えっと…そちらの方は…。」
そしてついに私は今、一番気になっていたナイスバディへ目を向けた。艶やかな長い黒髪に色気のある黒目、色っぽいルージュの唇に何と言ってもナイスバディ!胸の谷間が協調されたぴっちりとした服が余計にイライラさせる。そう…女性らしさや色気でいけば完全に負けているのだ。
「あたしぃ?あたしはリタよ。ルーカスたっての頼みだからはるばる南から来て協力してあげたのに。嫁をとったってどういうことよ?」
「おい、さっきからくっつきすぎだぞ。離れろよ。」
やっと気づいたかと思いながらさりげなくルーカスを睨む。そんな視線にはまったく気づかずに、二人のやり取りが続いていた。
「やぁだ。だってルーカスったら全然会ってくれないんだもん。」
「おい、くっつくなよ。」
「だぁめ…久しぶりなんだから堪能させてよ。」
「おい、触るなって…。」
そう言いつつリタを力づくでも引きはがさないルーカスに苛立ちが込み上げる。
そしてついにリタがルーカスにキスをしようとした時、私の中でブチっと切れる何かがあった。
気づけば…手を向けていた。
「ルーカス!離れなさい!」
ルーカスの体がぼわっと光ると、瞬時に後ろの壁までルーカスを吹っ飛ばしていた。
リタがゆっくりと私を見る。
「へぇ…あなたが…。」
「な…何よ…。」
「いえ…随分、貧相だと思って…。」
リタの視線が私の胸を見ているのがわかって腹が立ったが、今、自分がしたことの方に驚いていた。
私…こんなに短気だったの…。
吹っ飛ばされたルーカスがこちらに戻って来ると、彼はなぜかニヤニヤとしながら私を見下ろしている。
「アリー、今の…嫉妬だろ?」
ルーカスの金の瞳が怪しく光っていた。
「まさか…わかってて…。」
「嫉妬されるのがこんなに気分がいいとは…。」
意地悪な顔を向けるルーカスは、それはそれで何とも言えずドクドクするものがあった。
リタがそんな私とルーカスを見て、悔しそうに顔を背ける。
いつの間にルーカスにこんな恋愛の駆け引きが出来るようになったのかと思いつつ、私は大きく息を吸い心を落ち着かせた。
「ルーカス、後で話があるわ。あと…リタさん、今回は協力してくれてありがとうございました。」
私はリタに頭を下げると、ルーカスの父親ルシエルに体を向けた。
「し…失礼しました。話を戻しましょう。えっと…隣にいるのが魔導師のディアナ、後ろにいるのがドルマンです。」
「ほぉ…隣の赤毛のお嬢さんもなかなか。でも、吸血魔族の王に会えるとは…驚きだね。」
ルシエルは少し前かがみになりながら、ドルマンを見上げた。
ドルマンは白い手を私の肩に乗せると、透き通るガラスの瞳で私を見下ろす。
「縁あってアリーシャに囚われてしまったのでな。それに生まれて初めて今、面白い。」
ニヤリとしながら見る目は背筋をゾクリとさせるものがあった。
ディアナの手から汗がにじむのが伝わる。ルーカスには慣れてきたようだけど、ドルマンはまだまだ先は長そうだ。コイツがヤバいヤツだということを忘れないようにしなくては…。
「ところで、私たちが去った後のことを教えてください。」
「ああ、そうだったな!」
そう言って、ルシエルは概要を説明してくれた。
どうやら私がルーカスの背に乗って逃げた後もしばらくエスティオとの攻防は続いたらしい。ただ、あくまで私を捕まえることが目的だったため、追いかけることが困難だと判断するとエスティオは王宮に巨大なシールドを貼り守りに入ったという。
その時グレイソンが隙をついて逃げ出し助けを求めていたため、仕方なく一緒に連れてきたのだそうだ。
引き際を見定めたルシエルは攻撃をやめ、戻って来たらしい。ただ、残念なことに黒龍の仲間が二人ほど怪我を負い、エスティオに捕えられたという。
闇魔導師なら今頃、血の契約で使役させられているだろうとのことだった。ただ、向こうの魔導師たちも痛手を負っているから、しばらくはそう大きくは動けないと予想した。
「本当に色々協力していただいてありがとうございます。」
ディアナも隣でお辞儀をする。
「いやいや、二人の美しいお嬢さんに感謝されて嬉しい限りだよ。第三、第四夫人の席が空いてるからいつでもおいで。」
にこやかに笑顔を向けているが、第三、第四と聞いてコレはないなと思った。
「すみません。生憎、第一夫人の座しか興味ないので。」
私が皮肉たっぷりにお返しすると、ルシエルは声を出して笑っていた。
「さすが息子が選んだ女だな…。」
何かルシエルがボソッと言ったがそれはよく聞き取れなかった。
そしてルシエルはリタに話があると言い私たちを部屋から追い出した。
ドルマンは少し外を見ると言って出て行き、ディアナはノクスの様子を見に行くと言ってグレイソンが寝ている部屋へと戻っていった。
そして私は頭を冷やそうと先ほどの湖の近くまで歩いて来た。
当然、後ろからルーカスがついて来ていることを承知で…。
すでに日は暮れかかり、空が赤く染まっていた。
「ルーカス…私、あなたに言っておくことがあるの。」
私は振り返ってルーカスをじっと見た。きっと自分では制御できていない魅了魔法が出ているに違いない。それでも見ずにはいられなかった。
「アリー、言って…。」
ルーカスは待ち望んだように切ない顔を浮かべている。
彼の艶やかな黒髪が風にたなびき、夕日に染まる金の瞳が揺らめいて、この上なく綺麗だった。
きっと魅了されているのは私の方に違いない…。
「前にも言ったけどあなたには私の魔法がかかってる。きっと今の気持ちは本当じゃない…。」
「だからそれは関係ないと前に…っ!」
私はルーカスに駆け寄りぎゅっと抱きしめた。
きっと今の私は顔が真っ赤に違いない。
「だとしても私はルーカスが好き!だから魔法が解けても好きでいてもらう努力をこれからするわ。覚悟して!」
さらにぎゅうっと抱きしめる。
大きなルーカスの背中に私の手の跡がつくんじゃないかっていうくらい、ぎゅうっと力を入れた。
私は人生で初めて、告白をした。
たかだか好きだというだけなのに、ルーカスが何度も自分を好きだと言っているのに、それでもどうしてこんなに心臓が飛び出るくらい緊張するのかわからなかった。
お願いだから何か言ってよ…!
「…やっと聞けた。夢じゃない…ちゃんと起きてる時に。」
「えっ…?」
「アリー、触れるななんてもう二度と言わないか?」
「…言わない。」
「絶対?」
「絶対。」
「約束だぞ…。」
ルーカスの手が私の頬に触れ、唇を指でなぞられると…気づいた時にはキスをしていた。
一番最初にした時とは違う、甘くて切ないキスだった。
「アリー、大好きだ…。ずっと一緒だよ。」




