第38話 生還
ドルマンの瞬間移動により先ほどの森に戻ると、真っ先にルーカスが私を見つけた。
「アリー!!」
私は目深にフードを被り、目を伏せている。
周りの魔導師たちも気づいたようだが、すぐに私から距離を取った。
なぜならすぐ後ろにドルマンが控えているからである。
「吸血野郎!遊びたいなら俺が遊んでやる!だからアリーから離れろ!」
周りの魔導師たちが距離を取る中、ルーカスは私たちめがけて一気に飛んで来た。
それが嬉しいと同時に、やっぱり心臓は苦しかった。
あなたがそう思うのは私のせいなのに…。
「ルーカス、止まれ!!」
その声と同時にルーカスの体が光り動きが止まる。
刻印の命令を使ったのだ。
「…アリー?」
私は静かに、そしてその場を制するように低い声を出した。
「ドルマン、ひざまずけ。」
すると後ろにいたドルマンの体が光りザっとひざまずく。
ドルマンは私を下からひと睨みすると、ふーっと息をはいた。
「本当にいい度胸だ、アリーシャ…。」
「どういたしまして。」
その様子を見ていた魔導師たちは、目の前で何が起きているのかまだ理解できていない様子だった。
そんな彼らに私は左手の甲をかざした。
赤い薔薇の刻印が刻まれた左手を。
「ドルマンは私が使役しました。攻撃態勢を解いてください!」
周りの魔導師たちは信じられないという風に私を見ている。
そしてルーカスは…すごく、ショックを受けたような顔をしていた。
「ルーカス、ドルマン…自由にしていい。ただし人に危害は加えるな。」
私は主にドルマンに言うように先ほどの命令を解除した。
彼らの体がまた光ると同時にルーカスはこちらに駆け寄り、ドルマンはゆっくりと立ち上がる。
「アリー、無事でよかっ…。」
その瞬間、ドルマンは私を後ろからぎゅうっと抱きしめた。
「よぉ…黒龍。さっきはよくもやってくれたな?危うく死ぬところだったよ。」
「吸血野郎…アリーから離れろ。」
「やだね。それに本人も嫌がってないじゃないか。」
私は俯いたままじっとしていた。
ドルマンが明らかにルーカスを挑発しているのはわかっている。
でも、ルーカスの私に対する思いが魔法なら…もう…。
「アリー!コイツに離れろって命令しろ。」
「…。」
「アリー?」
「…。」
ドルマンは不適な笑みを浮かべながらルーカスを見た。
「残念だったな。アリーシャは強い魔物の方がお好みだってよ。」
「なっ…アリー、嘘だろ?」
私はドルマンを軽く一瞥し、そしてルーカスから目を反らした。
「ドルマンの言ってることは本当よ。だから、ルーカスは私に必要以上に構わないで。」
あなたが特別だから、だからもうこれ以上構わないでほしい。
魔法で気持ちを動かしてるなんて、あまりに残酷な現実だった。
「何言って…アリー、どうしたんだ?」
「どうもしない。ルーカスとドルマンの両方を使役してるんだもの。序列をつけて当然でしょ。」
「そんなの俺の知ってるアリーじゃない。一体どうしっ。」
ルーカスが私の腕を掴もうと手を伸ばすも、刻印の命令が邪魔して私に触れられない。
「アリー、頼む…命令を解除してくれ。俺はもう…耐えられない。」
悲痛な表情を浮かべるルーカスに、私は心臓がえぐられる思いだった。
それと同時にすべてが偽物だと思うと、さらに大きな悲しみと虚しさが襲ってくる。
「解除しない!私が死んだら自由になるんだから、そしたら本当の好きな相手を見つけて子どもでも作ればいいわ!」
私は自分の顔を隠すとドルマンの腕を振りほどき、そのままアレックスやシュナウザーたちの方へ駆け寄った。ドルマンは口角を上げながらニヤつき、ルーカスは私の後ろ姿をじっと見ている。
その後二人は一言、二言何か言葉を交わしていたが私のところまでは聞こえなかった。
私は魔導師団のリーダーたちに近づくと、また目を伏せながら報告する。
「見ての通りです。ドルマンは使役したのでこのまま王宮に連れ帰ります。問題…ないですよね。」
さすがにアレックスやシュナウザーも恐ろしい吸血魔族の王ドルマンを連れ帰っていいものか躊躇していたが、ここでこうしていても解決策が見つからないので結局そのまま王都に帰還することとなった。すべての判断はエスティオ王にゆだねるようだ。
ドルマンを連れて行ったら、さすがに結婚どうのこうのと言っていられなくなるだろう。
帰りは私とルーカスそしてドルマンは隔離され、皆と同じ魔導車に乗せてもらえなかった。
ルーカス一体だけでも若干遠巻きにされていた感じであったが、そこにドルマンも加わり益々私は孤立した。同じ黒の魔導師であるエイミーやザックも私を見る目に微かな恐怖が混じっている。
私は王宮に戻る中でこれからのことを考えていた。
闇魔導師…だったらきっと腕輪の件は何とかなるだろう。
発動条件とか、方法とかきっと魔塔で調べていたはずだ。
私なら…いや、私だけが使える魔法。
自分を特別な存在に仕立て上げた闇魔法は、同時に大きな苦しみをもたらした。
ルーカスのことをこれほど好きになる前だったら、こんなに辛くもなかったはずなのに…。
そうして私はこの時ある決断をしていた。
魂を縛る精神魔法…これで私の存在を消してしまおう、と。
揺れる魔導車の中で私は目をつぶった。
♢♢♢
ルーカスは最後に放ったドルマンの言葉が頭から離れなかった。
それはアリーがまだ気づいていない事実だった。
アリーは明らかに何かが変わってしまっていた。
俺に向ける視線も態度も言葉も、全てにおいて冷たくなっていた。
そして彼女は俺に「自分が死んだら自由に他の女を好きになれ」とまで言った。
そうしてその場を離れたアリーの後を追いかけようとした時、ドルマンが言った言葉。
それが頭から離れない。
― 黒龍、あの女はもう人間じゃない。
アリーシャはドルマンの血を飲まされた。
殺す気だったんだ。
それを聞いて目の前のドルマンを八つ裂きにしてやりたかった。
でもそれ以上に、アイツの血を飲んだということはアリーにはもう普通の人間としての生は送れないことを意味していた。
自分が死んだらと言っていたアリー。
だが、不死の血を飲んだアリーはもう…きっと人間の寿命ではないに違いない。
ドルマンはそれを言う気がないという。
なぜなら前例がないからだ。千年後に死ぬかもしれないし、ドルマンと同じように永遠に生き続けるかもしれない。
アリーが変わってしまったのがドルマンの血の影響なのかわからないが、俺はそれでも言い続けようと思う。
あの寝たふりをして聞いた小さな声の「好き」が最後だったとしても、心変わりを本当にしてしまったとしても、俺は言い続けよう。
「アリー、大好きだ…もう、理屈じゃないんだ…。」
そしてこのアリーに起きたこの悲劇が、俺には幸運なことだと思ってしまう自分を許してほしい。
たった数十年しか一緒にいられなかった運命が、俺が死ぬまで一緒にいられる幸せに喜んでしまう俺を…。
そうしてアリーの寝顔を見ながら俺も目を閉じた。
アリー、ずっと一緒だ。
死ぬまで…ずっと。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次話は7月27日(火)18時の予定です。




