第27話 深まる嫌悪と疑惑
アリーシャは魔塔に着くと真っ先にグレイソンの所へ向かった。
黒い壁のホールを抜けて転移魔法のかかった床に行く。ただそれだけなのにいつもはルーカスと手を繋いでいたせいか、一人でいることがなぜか不安で仕方がなかった。
ルーカスとそんなに長くいたわけではないのに、いつの間にか自分のすぐ近くにいるのが当たり前になっていた。でもそれも終わりにしよう。必要な時だけ一緒にいればいい。でないと傷つくのは自分自身なのだから。
私は自分に言い聞かせていた。
グレイソンに会うと私は腕輪のことをすぐに伝えた。封印魔法だけでなく攻撃魔法も付与されているということを。彼はそれほど驚かなかったが、これは二人だけの秘密にしようということになった。皆に動揺を与えたくないのだろう。
遠征は各地で暴れている魔物の討伐をするのが目的で約二か月くらいかかる予定らしいが、その間に何としてでも黒魔法の研究を進め腕輪を外させることに尽力をすると言ってくれた。
私はルーカスのことは敢えて言わなかった。
彼が以前に女性を連れ去っているというのがグレイソンの口から本当だと聞かされたら、それこそ私は本当にくずれてしまいそうだからだ。
この時はまだ心のどこかでルーカスはそんなことをしないと信じたかったのかもしれない。
私はグレイソンにルーカスがこの後来たら戻るまで魔塔で面倒を見てほしいと伝え、そのままその足で空中宮殿に向かった。もちろんあの事を聞くためである。
そして魔塔を出て空中宮殿の転移装置がある所まで歩いているとディアナが声をかけてきた。
「ちょっとアリーシャ。どこいくのよ?」
「あ…ディアナ。」
「…?どうしたのよ。何か変よ。今日のあんた。」
「…。ちょっとエスティオ王に話があって。」
「エスティオ様に!?初日に謁見したって言ってたけど一体何話したのよ。本当に変よ。黒龍様もいないし。」
ルーカスのことを言われ私はビクッとなった。少し聞くだけでもこんなに反応するなんて、いつの間にこんなにアイツの存在が大きくなったんだろう。
「ルーカスは今日は魔塔にいるの。」
ディアナは探るような目つきでジロジロと見ている。
「ふーん…。もしかしてアンタたち喧嘩でもしたの?」
喧嘩ね…。どちらかというと喧嘩する前に私が強制的に終わらせたと言う方が正しい。思いっきり言い争ってたら何か違ったのかな。
「そんなんじゃないわ。それに何度も言うけどルーカスとは何でもないから。」
「ふーん。何でもいいけどアンタその顔でエスティオ様に会う気?ひっどい顔してもう少し何とかしたら?」
普通だったらこんなこと言われたら思いっきり言い返してやるのに、なぜか今日はそんな気になれない。
「そんなにひどい顔してる?」
「ええ。いつもの100倍ブサイクよ。」
ディアナは相変わらず口が悪いが、今はその物言いが逆にうらやましい。それだけ素直に言えたら良かったのに。
「じゃあ、一緒について来てくれる?部屋の前まででいいから。」
ディアナみたいにズバズバ言う子が側にいて言ってくれたら心強いかもしれない。むしろルーカスがいない穴を誰でもいいから埋めてほしいのかもしれない。
「え?何よ突然?」
「ディアナがいたら心強いなって。ダメかな。」
ディアナはなぜか耳が急に赤くなっていた。
「そ…そんなことくらいなら、別に構わないわよ。このディアナ様にた…頼りなさいよ。」
ディアナは明らかに恥ずかしがっていた。やっぱり根はイイ子なんだろう。ただちょっと素直じゃないだけで。私はクスッと笑った。
「じゃあ、お願いします。」
そう言うとディアナはさらに慌てて顔を赤くした。
「やっぱり変よ。今日のアンタ!」
そうして私とディアナは空中宮殿の中に入って行った。
♢♢♢
今日は茶色のローブを着た魔導師に案内されて、別の部屋に通された。
ディアナは外で待とうとしたが、扉が開き中から声がした。
「今日はお友達も一緒だね?私は別に構わないよ。」
エスティオは奥のソファに座りながらにっこりと微笑んでいた。
「では遠慮なく。」
私はエスティオに冷たい視線を送りながらディアナを連れて入った。
ディアナは初めて会うエスティオに少し顔を赤らめていた。きっと私が最初に彼に会った時と同じ気持ちなのだろう。
「アリーシャから会いに来てくれるなんて嬉しいよ。でもただ会いたくて来てくれたわけではなさそうだね。」
「ええ。まずは報告しに来ました。」
「ほぉ。何のだい?」
「朝言っていた件です。ルーカスに触れないよう命令しました。これで魔塔の魔物たちの命は保障してくれますよね。」
「もちろんだとも。」
エスティオは満足気な笑みを浮かべた。その顔を見てさらに腹立たしくなったが、感情的にならないよう必死に抑えた。隣で会話を聞いているディアナは何か言うかと思ったが、静かに押し黙っている。こういう雰囲気は読めるらしい。
「それでルーカスがさらったという女性のことを教えてください。」
遠征に行く前に何としてでも確かめなければと思った。これがエスティオの罠だとわかっていてもせずにはいられなかった。
「構わないよ。案内役には私の部下を一人つけよう。丁度今日ここまで連れてきた茶色のローブを羽織った男がいただろう。彼に頼んでおく。」
「ありがとうございます。」
「話はそれだけかい?」
「ええ。」
必要最低限のこと以外でもうこの人には関わりたくない。ルーカスの腕輪が外れたら絶対一発殴ってやるんだから。このサイコパス男!
「残念だ。君と愛でも語り合いたかったのに。」
「私は語り合いたくありません。」
「冷たいな。私たちは結婚するっていうのに。これじゃあ王国民が悲しんでしまうよ。」
私はジロッとエスティオを睨むと、フンっと顔を横に背けた。
「だいたい何でそこまで私に執着するんです?黒龍を使役してるからですか?」
エスティオはクスッと笑うと、堂々と言った。
「顔だよ。君の顔が私のドストライクなのだよ。見ているだけでこんなに心臓が早鐘を打つのは初めてだ。そして誰にも渡したくない。黒龍は二の次さ。」
顔…。確かに私もルーカスを最初に見た時はカッコイイとかずっと思ってたけど、こんなにはっきりとしかも面と向かって言われるとちょっと引くわ…。
「つまり私の性格がめちゃくちゃ悪くてもいいってことですか?」
「ああ、構わない。怒った顔もすべて可愛いいからね。そして私の腕の中に抱いた時はどんな風になるのか今から想像するだけで楽しみだよ。」
私は背筋がまたぞくっとするのを感じた。ルーカスだって似たようなこと言ってたけど、全然違う。気持ち悪くて仕方がない。
「あなたの思い通りになんてなりませんから。」
「どうかな。遠征から返ってきたらすぐに式を挙げて、初夜だ。この計画は変わらないよ。因みに遠征中は私の部下が監視し報告することになってるから、アレとの距離をとることに気を抜かないようにね。」
ディアナもようやく事態が呑み込めてきたようで、隣でエスティオを睨んでいる。
「信用してないんですね。」
「信用?違うね。これは保険だよ。私との初夜の前にアレに奪われたらたまらないからね。」
私は歯をギリッと食いしばった。本当にサイテーな男。しかも未だにルーカスのことをアレ呼ばわりしているのがまた気に食わない。
「だったらこのスカート、足首まであった方がいいんじゃありません?ルーカスに奪われないように。」
命令をしたルーカスにそんなこと出来るはずがない。でも皮肉ぐらい言わないと腹の虫がおさまらない。
「そのスカートは私の好みだ。その長さがとてもそそる。しかし遠征中は違うのを用意しよう。私が見れなければ意味がないからな。」
エスティオの視線が一瞬太ももの辺りにささり、さらに気持ち悪さを増す。このスカート…短いと思ってたけどコイツのせいだったの?本当に最悪。
「ええ、ではすごーーーーく長いのでお願いします。」
「ああ、承知した。では、式のドレスの話でも…。」
私はエスティオの話を遮るように言い放った。
「いえ、これで失礼します!あとはあなたの部下に聞きますから!」
ドレスの話なんて冗談じゃない。私はソファから立つとディアナも同じように立ち、彼女はエスティオを最後にもうひと睨みして部屋を出た。さすが、ディアナ。相手が王様でもひるまない。もしかしたら悪友から親友パターンかもしれないわね。
そうして私とディアナは空中宮殿を後にした。
ルーカスに連れ去られた過去をもつ女性には明日の午後尋ねることが決まった。
一日でどんどん色んなことが起きている。
私は自分で拒否をしておきながら、やっぱりルーカスのことが気になって仕方がなかった。




