第22話 黒の魔塔(2)
エスティオが黒の魔塔から出て行くと、皆一斉にローブを脱ぎ黒いカーテンを開けた。
先ほどの極彩色の壁に戻ると、ここにいる全員が一つの箱に注目していた。
グレイソンがため息をつきながら、私を見た。
「アリーシャ、あなた一体何をしたの?」
「私は何も…。」
思い返しても心当たりがまるでない。昨日初めて会ったし、特に何もしてないはず。
するとルーカスが私を後ろから抱きしめ、私の手の上に置かれた箱をつまみゴミ箱へポイっと投げ捨てた。
「ちょ、ちょっと!ルーカス、何して。」
「いらないだろ。あんなもの。」
「まぁ…。」
そうなんだけど指輪なんてもらったことないし、ちょっとじっくり見てみたかったなんて言ったらきっとルーカスめちゃくちゃ怒るんだろうな。と言うより問題はそこじゃないんだろうけど…。
ゴミ箱に捨てられた箱をエイミーが取り出すと、中の指輪を取り出した。
「うーん。これはブルーダイヤね。こんな大きな宝石なら家が100個は建てれるわ。」
え!?家が100個?それならもう、このダイヤを売って一生遊んで…って何考えてんの私!そこじゃないでしょ。そこじゃ。私は余計な考えをすぐさま打ち消した。
ザックもまじまじと見ながら、ダイヤをエイミーから私の手に戻す。
「これはマジだな。あの王が冗談を言うとも思えないし、本気でアリーシャを嫁にする気だな。よく見たらこのダイヤ、エスティオの目の色そっくりじゃないか。」
言われてみれば確かにエスティオの瞳の色と同じだった。
グレイソンは私をチラッと見ながら、厄介なことになったと言わんばかりの顔をしている。
「で、アリーシャはエスティオ王のことどう思ってるの?」
どう思ってるも何も、何もわからないというのが正しい。
ただはっきりしているのは、いきなり転生してその上よくわからない王と結婚って。そんなのできるわけない。
そりゃ最初はあの整った顔と雰囲気にちょっとドキドキしちゃったけど、やっぱりどうもいけ好かないのよね。何て言うか…、
「カッコイイけど(残念なんだよね…)。」
私は無意識に声に出していた。
ふぅとため息をつくと、私の耳元でルーカスの低く冷たい声がした。
「アリー、今何て言った?」
「えっ…。」
ルーカスの方に首を向けると、彼は冷たく光った金色の瞳で私を見下ろしていた。
「アリー、今、何て言ったの?」
「えっ、私何か言った?」
きょろきょろと周りを見ると、みんな目を反らしていた。えっ…私何かまずいことでもしたかな。
「アリー?アイツのことカッコイイの?」
「えっ!そんなこと言った?」
「言った。」
周りもウンウンと頷いている。うそでしょ。さっきの声に出てたの?
「いや、だから。それは一般論として顔が整っているってことを言いたくて。でも、そう!結婚なんてしたくない。したくないよ。昨日会ったばっかりだし。」
ルーカスはさらに怒りを目に宿らせながら、私をぎゅうっと抱きしめた。
「何?じゃあ、会ったばかりじゃなかったらアイツと結婚してもいいってこと?アリー、怒るよ、俺。」
もう怒ってるじゃんと思いながら、私がルーカスをなだめようとしたその時だった。
グレイソンが「はい、そこまで。」と言いながら手をパンパンと叩いたのだ。
「アリーシャ、黒龍様。その続きは今日お部屋でゆっくりと。それよりも問題なのはエスティオ王がアリーシャに興味を持ってしまったこと。もしこれで頻繁にこの魔塔に来られたらちょっと厄介だわ。」
「あ…すみません。」
そうだよね。せっかくみんな自由にしてたのに。
「そうじゃないの。あなたが悪いんじゃなくてね。実は私たちはあの金の腕輪を外すための方法をさぐっていたのよ。もしこれが知られたら私たちは反逆罪になってしまうわ。」
「そんなことをしてたんですか!」
ルーカスにはめてしまった腕輪を外してあげたいと思っていたところに、魔塔がまさかその研究をしてるなんてまさに渡りに船。私は興奮が抑えられなかった。
「で、方法は?」
「それがね…エスティオ王による自らの解除しかないの。」
それを聞いて私は目の前が真っ暗になった。エスティオが腕輪を外すなんてことはまずないからだ。それは昨日のルーカスに対する態度でわかる。彼は魔物と人間をはっきり区別…いや、彼は魔物を差別している。
そんな落ち込む私にエイミーがニッコリ笑った。
「アリーシャ、希望はあるわ。実はそれと同時に私たちの魔法についても研究していたの。そしたら黒の魔導師が使うのはどうやら精神に影響を及ぼす魔法だと言うことまでわかったわ。だから私たちは魔物を使役できる。だからね、もっと私たちの魔法研究が進めばエスティオに解除をさせることだって夢じゃないわ。」
ザックも励ますように言った。
「そうだぞ。だから俺たちは諦めてない。まだ魔法の発動方法もわからないけど、きっとできるようになる。それまでは魔塔にアイツを近づけたくないんだ。」
精神に影響する魔法…。もしそれが可能だとしたらもちろんルーカスの腕輪だって。だけど、それと同時に人の精神に影響を与えてしまう魔法というのが使えるようになったら、それはそれで恐ろしかった。
グレイソンが優しい目をして私を覗き込む。
「アリーシャ。あなたが考えていることは何となくわかるわ。でも、もう黙ってられないの。私たちの相棒が今まで酷い目に遭わされたわ。エスティオは私たちが使役している魔物が死ぬと、すぐに新しい魔物を使役させるわ。そうしてまるで命のない道具のように、危険な任務につかせるわ。私の相棒はもう三回も変わった。」
私はルーカスを見た。彼は強いから簡単には死なないのかもしれない。でも…。
「わかりました。グレイソンさん、私は何をすればいいですか?」
「そうねぇ…。取りあえず黒の第一魔導士団に入ってもらって遠征に行ってもらおうかしら。エスティオは王宮から出ないから、ここから離れれば結婚もできないし一石二鳥じゃない?」
正直に言うと魔法研究の第三魔導士団に入りたかったが、当面の結婚云々も避けられるならそれが一番良い選択に違いなかった。
「はい!それでお願いします!」
私が勢いよく言うと拍手が沸き起こった。
「ここにいるザックととエイミーも第一魔導士団だから、色々と教えてもらうといいわ。とりあえず来週から遠征に行くから、必要な物を街で買いそろえておきなさい。お金は黒の魔塔に請求すれば問題ないわ。」
「ありがとうございます。」
私が深々とお辞儀をすると皆笑った。
エイミーがニコニコと笑いながら私の手を握った。
「黒龍様も一緒なんて心強いわ。これからよろしくね。」
そしてザックは私とルーカスを見ながらニヤニヤした。
「遠征中にあんまりいちゃつくなよ。他の魔導師の目もあるんだからさ。」
「ザック!揶揄わないで!」
こうして私は黒の第一魔導士団に入ることになった。
エスティオのいきなりの求婚には正直驚かされたけど、遠征に行けば当面は考えなくて済むので少し安心した。彼から離れればルーカスもきっと落ち着くに違いない。
そして黒の魔導師の人たちは気さくで明るく、個性的な人が多い。私はそれに少しほっとしていた。
♢♢♢
その日の夜。
私とルーカスはベッドに座り、彼の手を握っていた。
「どう?ルーカス…。魔力伝わった?」
実はあの後、エイミーに魔力伝達の方法を特訓してもらったのだ。アカデミー卒業者がこんな初歩の初歩ができないことに驚いていたが、そこは崖から落ちたショックでと誤魔化しておいた。苦しい言い訳なのは仕方ないとして、そのおかげてちょっとだけ、本当にちょっとだけコツをつかんだのだ。
どうやら魔力を送る時にその部分にとにかく集中することが必要なのだ。キスしてる時にできたのはきっと…集中してたからだと思う。それを考えると恥ずかしい。
毎回ルーカスへの餌付けにキスをしていたんじゃ私の身が持たない。ここら辺できっちり線を引いておく必要がある。
「ねぇ、どうなの?」
ルーカスはじっと黙り込んだまま私の手を見ていた。
「やっぱりうまくいかなかった?魔力の感じ、ちょっとあったと思うんだけどな…。」
まぁ、まだ初めてみたいなものだし仕方ないかと思っていると、ルーカスが私の目をじっと見つめてきた。
「アリー、俺はアリーが可愛いよ。」
「あ、ありがと…。」
脈絡のない発言に驚きつつ、またいつものヤツかぐらいに思っていた。
「アリーは俺のことカッコイイって言ったよな。」
「うん。そりゃ…カッコイイよ。」
「じゃあ、アイツもカッコいいのか?」
またその話かと思いながら、ふぅとため息をついた。
「それは昼間も話した通り一般論としてよ。顔が整ってるって意味。」
「じゃあ、俺は?俺のカッコイイも一般論ってやつか?」
「それは…そうよ。」
そうよね。顔が整っててカッコイイって意味だもんね。別にそれ以外の他意はないはず。
ルーカスの手に力が入るのがわかった。
綺麗な金色の瞳がゆらゆらと揺れていた。
「俺は…アリーだけだ。可愛いのは。他の人間にそう思わない。なのにアリーのカッコイイは俺だけじゃないのか?」
「それは…。」
「魔族と人間はやっぱり違うんだな…。」
そう言うと今日はキスもぎゅうっと抱きしめることもなくルーカスはベッドに横になった。
「大丈夫。何もしない。ただ、アリーの側で寝させてほしい。」
ルーカスはそのまま静かに目を閉じた。
私は目をつぶったままのルーカスを見て、よくわからない罪悪感と一緒に先ほどの言葉がぐるぐると頭の中を支配していた。
魔族と人間はやっぱり違う。だからルーカスを好きになるなんてないと自分に言い聞かせて。
でもそれは本当にそれでいいんだろうか。
私は机の引き出しに閉まった指輪の方にチラッと視線を落とした。
「おやすみ、ルーカス。」
そして私はそのままルーカスの隣で眠りについた。
次話は本日23時に更新予定。




