第18話 王との謁見(2)
私とルーカスは大きな扉の前まで案内されると、辛子色のローブを羽織った男の人がその扉に向けて手をかざした。するとピカッと一瞬光りゆっくりと二枚の扉が左右に開いた。
そして中に入るように促され私たちは足を進めた。その間、私は無意識にルーカスの手を強く握りしめていた。何だかわからない大きな力に飲み込まれるようで怖かった。
中央に金の刺繍がしてある赤い絨毯が走り、その先の高くなったところにはいかにも王座っぽい豪奢な造りの椅子に男の人が足を組んで座っていた。
私は間違いなくあの人がディアナが言っていたリュッセント王国の主、エスティオ王だと直感した。
今から何をするのか分からない不安に包まれながら、私は一歩ずつ近づく。
そして王の側近らしい男の人が止まれというような合図をしたので、私とルーカスはそこで立ち止まった。床には美しい幾何学文様が描かれており、その丁度真ん中に私たちは立っていた。
「初めまして。よく来たね。」
そう言うと椅子に座っていたエスティオはゆっくり腰を上げ、少しずつアリーシャに近づいた。そして目の前まで来ると手を差し出した。サラサラとした水色の髪が肩にかかり、綺麗なブルーの瞳がこちらを見つめていた。白地に金の刺繍が入ったローブを纏い、透明感に満ちた雰囲気はちょっとドキドキした。
この国の、いやこの世界の作法はわからないけど、わざわざ下までおりてくるのは謙虚な王様に違いない。これはきっと握手…だよね。
そう思い、私はエスティオの手を取った。すると彼は私の手を持ち上げ、手の甲にキスをした。すると一瞬だが彼は私の手をペロっと舐めた…ような気がした。びっくりしてサッと手を引っ込めると、彼はニッコリと微笑み私をじっと見た。
「どうかしたかな?」
まるで何事もなかったかのようにする目の前のエスティオに、得も言われぬ怖さがあった。
「いえ、何も…。」
「そう。ところで自己紹介をしてくれるかな。」
そこで私はハッとした。どう考えても私から言うべきだ。社会人の常識なのにすっかり忘れてた。そこで慌てて名前を告げた。
「すみません。あの…アリーシャと申します。で、こっちが黒龍のルーカスです。」
チラッとエスティオ王の顔を見ると、彼は怒っている様子もなくニコニコとしていた。それを見てほっとしたのもつかの間、ルーカスが突然グイっと腕を引っ張り彼の背後に隠すかのようにした。
「ちょっルーカス、何し…。」
ルーカスを叱ろうと顔を覗くと彼の目はギラギラと光り、今にもエスティオ王を殺さんとばかりに息を荒げていた。そしてエスティオを睨みつけながら、今までにない低い声を出した。
「お前だろ。さっき見てたの。」
エスティオは微動だにせずに微笑んでいた。
「何のことだい?」
「とぼけても無駄だ。俺にはわかる。アリーをずっと見てただろ!」
「……。」
するとエスティオは急に無表情になり、冷たい視線をルーカスに向けた。
「黒龍君。ちょっと君、邪魔だな。」
その言葉を発したと同時に床の幾何学文様が光り、ルーカスが突然床にドンっと叩きつけられた。
私は瞬間的にルーカスの名前を呼び駆け寄った。
「ルーカス!!」
「…っつ!…。」
ルーカスは何かの強い力に抑え込まれ、立てないでいる。
私はエスティオをキッと睨みつけた。
「ルーカスに一体何したの!」
するとエスティオは一瞬うっとりするような眼差しを私に向けたかと思うと、先ほどの笑顔に戻り淡々と話し始めた。。
「黒龍の力は強大だからね。ちょっと封じさせてもらったよ。アリーシャ、君とゆっくり話したくてね。」
「一体何言ってんのよ。早くルーカスを元に戻して!」
「そう興奮しないで。王であっても黒龍は恐ろしい。彼には悪いがしばらくそうしててもらうよ。」
一刻も早くルーカスを何とかしてあげたかったが、どうやら話をしないと解放してくれないらしい。最初に感じた恐怖はやっぱり当たっていたかもしれない。
「話って何ですか?聞いたらルーカスを解放してくれます?」
「当然だよ。」
「じゃあ、聞きます。おっしゃってください。」
するとエスティオ王は私の手を握り、綺麗なブルーの瞳を輝かせた。
あまりの豹変ぶりに私は頭が混乱した。な、なんだろう。突然…。
「まずは黒龍を使役したことに心から感謝するよ。そしてもう一つ。君が愛らしいことに礼を言いたい。」
「いえ、ありが…。」
ん?ちょっと待て。
今、この王様…変なこと言わなかった?
君が愛らしいって…。
「私はね黒魔導師はあまり好きではなかったんだ。暗くて陰気な者ばかりでね。君のような可愛らしい黒魔導師は初めて見たよ。そうゆう意味で感謝している。この出会いに…。」
ああ、なるほど。そういうことか。
私はエスティオの言うことに何となく納得したものの、握られた手を一向に離してくれないのが気になった。
「こ、こちらこそ王国魔導士として呼んでいただき感謝しています。」
最初からこう言えば良かったかも。ルーカスが変なことを言ったから、エスティオ王も警戒したのかもしれないわね。早く何とかしてあげるからもうちょっとの辛抱よ、ルーカス!
「あの…それで、ルーカスをそろそろ戻してあげてほしいんですが。」
「ああ、それはそうしたいんだが…。彼は私に敵意を向けていたからね。封印魔法を解くと私は確実に攻撃される。だからアリーシャ、君に頼みがあるんだ。」
「何でしょう?」
「この金の腕輪は王族を攻撃できないよう、封印魔法がほどこしてある。これを彼の腕にはめてはくれないか?」
私はチラッとルーカスを見た。彼は「フーフー」言いながら苦しそうに床に押し付けられている。腕輪をはめたらエスティオを庇うことになる。でもルーカスを助けるにはそれ以外の方法はなかった。
「わかりました。その腕輪を貸してください。」
私はルーカスに近づき彼の腕を掴んだ。ルーカスの目は絶対にやめろと訴えていたが、私は「ごめんね」と言い、彼の右腕に金の腕輪をはめた。するとルーカスは「ぐぁっ」と一瞬苦しい悲鳴を上げたかと思うと、腕輪が青白く光り彼の腕に食い込んだ。
一層苦しむルーカスを見て、私は「ごめんね。ごめんね。」と何度も謝っていた。
「封印ができたようだな。よし。彼を押さえつけている魔法を解除しよう。」
エスティオが指をパチンと鳴らすと、幾何学文様の床はただの柄に戻りルーカスはヨロヨロと立ち上がった。そして私は彼を支えるように腕を肩にまわした。ルーカスの目はただ一点、エスティオ王をひたすら睨んでいた。
「すまなかったね。私も手荒な真似はしたくなかったんだが。王国の安全のためだと思って我慢してくれたまえ。」
「いえ…。大丈夫です。」
私はルーカスが心配で早くこの場から連れ出してあげたかった。
「今日はこれで十分だよ。また用がある時は呼ぶからその時はよろしくね。アリーシャ、…そして黒龍君。」
「はい。ではこれで失礼してよろしいですか。」
「ああ。では、また。」
エスティオ王は最初のにこやかな笑顔でひらひらと手を振っていたが、私はそんな気分になれず軽く会釈してルーカスと入って来た扉の方へ歩いて行った。
そして扉を出ようとする時、ルーカスが一瞬ぴくっとしものすごい勢いでエスティオをもう一度睨み返していた。私はそんなルーカスを引っ張って謁見室を後にした。
二人が去った後、謁見室でエスティオ王は不適な笑みを浮かべた。
「あの黒龍君にちゃんと届いたようだね。さすが人間よりも耳が効く。くふふ。でも君はもう私には手出しできない。どうしようもないのだよ。」
そう呟くと彼は込み上げる笑いを必死に堪えていた。
♢♢♢
ルーカスには分かっていた。
エスティオの本当の狙いが。
そして、それを防ぐことが出来なかった自分の無力さに一番ムカついていた。
そして人間の魔法技術を舐めていた自分を呪った。この150年の間に随分と進化したようだ。
アイツ…アイツは俺たちが部屋を出て行く時、俺だけに聞こえるように言った。
― 黒龍君。君とアリーシャは所詮魔族と人間。君の大事なご主人様は私のものだよ。
アイツからアリーを守らないと…。
そのためには、まず力だ。それとこの腕輪。何とかしなければ。
これから考えることがたくさんありそうだな。
ルーカスは久々に心の底から殺したい人間に会ったと思っていた。




