第19話 王との謁見(3)
本来は王との謁見の後に魔塔に行く予定だったが、ルーカスが心配だったので明日にしてもらうことにした。どうやら空中宮殿を取り囲んでいる塔が王宮魔導士の研究塔らしい。それぞれの魔法属性に合わせて造られており、黒魔法の魔塔はやっぱり黒い色で塗られていた。
ノクスやディアナはきっとそれぞれの魔塔に連れていかれたのだろう。どんな感じか出来れば聞きたいところだが、とにかく今はルーカスが最優先である。
王宮魔導師たちが生活する居住空間は王宮内にあり、基本的に部屋の造りは一緒だと言う。ただ魔塔の師団長クラスになると王宮の外に家も持つ者もいるらしい。私はルーカスを連れ部屋へと向かった。
てっきり寮みたいなところを想像していたが、豪華な博物館のような外観をしており部屋の中は想像以上に広かった。20畳くらいはありそうなリビングにバスルームが完備されており、バスタブもあってちょっと安心した。やっぱり日本人なのでお風呂には浸かりたい。食事は作らなくても専属料理人がいて、食堂に行けば食べれるらしい。まぁ食堂というよりレストランって感じだったけど。
家具はベッドとクローゼット、そして机が置かれそれ以外の物は自分でそろえてほしいとのこと。以前まではソファや本棚、そして絵画などもあったらしいがインテリアにこだわる魔導師もいて徐々になくなっていったんだとか。そして最低限必要なものだけを取りそろえることになったらしい。
案内してくれた魔導師にお礼を言うと、私はルーカスを椅子に座らせた。
「ルーカス、大丈夫?」
ルーカスは俯いたまま私を見ずに「大丈夫だ」と答えた。エスティオ王にやられたことに相当ショックを受けているらしい。彼にはめた金の腕輪が痛々しかった。
「ルーカス、元気出して。私は大丈夫だから。」
するとルーカスは私をぎゅっと抱きしめ「ごめん。」と言った。
何だろう…。ルーカスは魔物なのにさっきのエスティオ王より断然、人間らしいじゃない。
私はルーカスの頭を撫でようと手を伸ばすと、彼は私の手首をグッと掴んだ。
「アリー、手を洗おう。」
「えっ?手?」
「アイツのがついてる。」
ルーカスは私の手を引っ張り、洗面所でごしごし洗い出した。
「っちょっと痛いよ、ルーカス。」
「ああ、ごめん。つい夢中で。」
エスティオが触れたのが気に入らないらしい。そして私は彼が最初に手の甲にキスしてきたのを思い出した。絶対あの時、舐めた気がするんだけどな…。
「アリー、ヤツのこと考えてるのか?」
「えっ、いやそんなことは。」
「だったらいいけど、もうヤツには関わるな。呼ばれても無視しろ。」
と言われてもね。会社で行けば社長。いや、国のトップだから大統領とか総理大臣に近いかも。王だから天皇か…?
「アリー?」
「へっ、あ、うん。わかった。極力、断るようにするよ。」
そこは本心だけどね。言ってることよりも何か纏ってる雰囲気が嫌な感じだったんだよね。うまく言えないけど。ルーカスには不思議とそういうのはないんだよな。
「ルーカス、もう十分だよ。」
「っああ…そうだな。」
やっぱりいつもより口数が少ない。落ち込んだルーカス。初めて見るなぁ。
落ち込んだ時ってどうすれば良かったっけ。ビール飲んで、映画見て…それから…!
「ルーカス!何か美味しいものでも食べる?」
「美味しい…もの?」
「そう、美味しいもの!こういう時は美味しいものを食べると元気がでるのよ。」
と自分で言っててルーカスにとっての美味しいものって何だっけと考えていた。ルーカスが美味しそうって言ったもの…えーっとえーと…。
「いいの?」
「えっ、うん。もちろん。」
するとルーカスの瞳は瞬く間に綺麗な金色に変った。こんなに綺麗だったっけ…。
「じゃあ、いつもより多めに…」
ルーカスは私の腰に手をまわすと、優しく引き寄せ顔を近づけた。彼は一瞬斜め上の方をみてクスッと笑うと「いただきます」と言って、私の口を塞いだ。
いつもより長かったせいか、自分の中に変な気持ちが湧きおこりそうで怖かった。
私はひたすら自分に言い聞かせていた。これはただの餌付け。餌付けなんだから。
やっぱりコイツのキスは甘くて危険な香りがした。
顔を離すとルーカスはまたペロっと自分の唇を舐め、ニッコリ笑った。
「ごちそうさま。」
私の心臓はドキドキしたままだった。
笑ったルーカスはやっぱりカッコ良かった。コイツの顔は目に毒だ。そう思った。
そうしてまた同じようにルーカスは私をぎゅうっと抱きしめた。
「やっぱり美味しい。アリー、大好き。」
こうして私とルーカスの甘く波乱に満ちた王宮生活が始まったのである。
♢♢♢
エスティオは謁見の間を出るとすぐに水鏡の間に向かった。
アリーシャ、アリーシャ、アリーシャ。
とっても可愛い名前じゃないか。
軽く挨拶して手にキスするだけのつもりが、つい舐めてしまった。不審に思われてなければいいが。
まぁ今日はあの黒龍の力を封じ込められただけでもよしとしよう。
エスティオは元々、黒龍を手に入れたら自分に害が及ばないように万全の準備をしていた。そしてそれが今日このような形で役にたったことを心の底から喜んだ。
「さて、私のアリーシャは今何をしてるかな?」
興奮する気持ちを押さえ、水鏡を覗き込んだ。
「どこにいるのかな?魔塔には行ってないようだから、もしかして部屋かな?」
水鏡をじっと見ながらアリーシャの部屋を探した。普段こんな使い方をしたことはないが、部屋を覗くというのは随分と背徳的な感じがするな…。ただ、私の未来の妻なのだから全部を知っておかねば。
エスティオは自分の欲するものは必ず手に入れる主義の男である。
初めて湧きおこる異性への強い興味と執着は止めようもなかった。
そしてアリーシャを部屋で見つけ、困惑した。
「なぜ彼女の部屋に黒龍もいるんだ…。普通、魔物は檻の中だろ。」
二人は何やら洗面所にいるらしかった。
手を…洗っているのか?
っち、あの黒龍め。私が触れたところを一生懸命洗いおって!
すると洗う手をとめ、何やら話をしているようだった。
「水鏡では何を話しているのかわからないのがもどかしいな…。一体何を…。」
そう呟いた時、黒龍がチラッとこちらを見て目が合った。
そしてあろうことかヤツは彼女にキスをした!
その瞬間、エスティオは一瞬にして水鏡の水を吹き飛ばしていた。
「なんてことだ!!」
私のアリーシャに手を出すとは…あの黒龍め!
魔物は大人しく人間に従っていればいいものを!
煮えくり返る腹立たしさをエスティオは何とか抑えようと息を吐いた。
まぁ、いい。
ヤツには存分に王国の役に立ってもらって、アリーシャと結婚した暁には魔塔の監獄に閉じ込めよう。
そして死ぬまで檻の中から私たちの幸せな姿を見せつけようではないか…。
いや、違うな…。
ヤツの方が寿命は長いから、彼女と私の一生を目に焼き付けさせればいいのだ。
所詮、魔物は人間とは違うのだから。




