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第54話 愛とは一体何なのか

日曜日。夜。

セイナが家に着いたのは、十一時を過ぎていた。玄関のドアを開けると、リビングから灯りが漏れている。普段ならもう消えている時間だ。

「ただいま。」

声は小さかった。でも、聞こえた。

「遅いわね。」

母の声。低く、冷たい。セイナは靴を脱ぎながら、息をひそめた。

「文化祭の片付けで、遅くなりました。」

「片付け。」母が繰り返す。「本当に片付けだけ?」

「……はい。」

「晴奈。」父の声が重なる。「お前、何か隠してるやろ。」

セイナの肩が、びくっと震えた。

「隠してなんか――」

「嘘はよせ。」父が立ち上がる。「あの学校の文化祭、お前が行くはずないやろ。百合泉の生徒が、なんで松園の文化祭に行かんといかんねん。」

「文化交流で――」

「文化交流?」母が鼻で笑う。「あんな学校と、うちの学校が交流するわけないやろ。そんな嘘、誰が信じる思とるんや。」

セイナは唇を噛んだ。何も言えなかった。

「まさか、あんた――何もやっとるんか?」父の声が一段と低くなる。

「父の言う通り、そんな場所に行くのはただ遊びたがる子供だけよ。」

「……違います。」

「じゃあ、何しに行ったんや。正直に言え。」

セイナはうつむいたまま、答えなかった。リビングの空気が、重くのしかかる。

「……まあええわ。」母がため息をついた。「とにかく、もう夜遅いし。今日はもう寝なさい。明日からはちゃんと勉強しや。期末近いんやから。」

「……はい。」

セイナは小さな声で答え、自分の部屋へ向かおうとした。その時、父が言った。

「晴奈。」

「……はい。」

「お前はお前の道を進め。親を悲しませるようなことだけはするな。」

「……はい。」

セイナはうつむいたまま、廊下を歩いた。自分の部屋のドアを開け、中に入る。鍵はかけなかった。かけていいルールはない。リュックを床に置き、ベッドに座る。スマホを取り出して、画面を見る。

グループのメッセージが何件か来ていた。みんな、今までの話をしている。文化祭のこと、ユキのこと、あの後ゲームセンターに行ったこと。でも、セイナは何も書けなかった。

指が震えていた。文字を打っては消し、打っては消し。

その時、キリカから個別のメッセージが来た。

『セイナ。帰れたんか。』

セイナは少し迷って、返した。

『はい。』

『なんかあったんか。』

『なんでもないです。』

『嘘つけ。』

キリカの文字は、いつもより鋭かった。

『親に何か言われたんやろ。顔文字もつけてへんし、句点も打ってへん。』

セイナはスマホを握りしめた。何て返せばいいか、わからなかった。

その時、キリカから着信が来た。セイナは通話ボタンを押す。

「……もしもし。」

「セイナ。」キリカの声が聞こえる。「大丈夫か。」

「……はい。」

「大丈夫なわけないやろ。その声、どう聞いても元気ないし。」

セイナは何も言えなかった。キリカも黙っていた。でも、その沈黙が、とても温かかった。

「……キリカさん。」

「ん。」

「私、自分のやってること、間違ってるんですかね。」

「何が。」

「バンド、続けてること。」

キリカは一瞬黙って、それから言った。

「間違ってへん。」

「でも、親は――」

「親がなんや。」キリカの声が少しだけ大きくなる。「親の言うことだけが正しいわけちゃう。お前がやりたいと思うことをやればええねん。」

「でも……」

「それでまた怒られたら、その時は一緒に怒られたるわ。FAで。」

セイナの目から、涙がこぼれた。

「……ありがとうございます。」

「礼なんていらん。」キリカはそっけなく言った。「早よ寝。明日は何も考えんと、休め。」

「はい。おやすみなさい。」

「おやすみ。」

電話を切った後、セイナはスマホを握りしめたまま、しばらく動けなかった。その時、またメッセージが来た。今度はアコからだった。

『セイナちゃん。キリカから聞いた。大丈夫?』

セイナは返した。『大丈夫です。心配かけてごめんなさい。』

すぐに返信が来た。『謝らんでええ。辛い時は辛いって言うて。無理すんな。』

アコの文字は、優しかった。それでいて、しっかりと芯があった。セイナは、その言葉を何度も読み返した。

『もう少ししたら眠れると思うので、心配しないでください。アコさんこそ、お疲れ様です。早く休んでください。』

『うん。おやすみ。』

『おやすみなさい。』

その時、キリカからもう一通メッセージが来ていた。

『無理すんなよ。もしまた親に何か言われたら、すぐ連絡しろ。一人で抱え込むな。FAにはお前の味方しかおらんから。』

セイナは画面をじっと見つめ――『はい』とだけ返した。

スマホを置いて、電気を消す。部屋が暗くなった。チャチャを抱きしめて、目を閉じる。胸の中が、いっぱいだった。

「……みんな、ありがとう。」

小さな声で呟いた。

笑顔を浮かべながら眠りについた。

「愛してる。」

翌日。月曜日。

松園女子高等学校の校庭は、文化祭の熱気がまだ少し残っていた。片付けが終わって、いつもの静けさが戻りつつある。

カガミはハナルと一緒に、校舎の周りを歩いていた。

「唯ちゃん、まだいるんかな。」カガミが首をかしげる。

「い、いると思います。さっき、学校に来てるって、連絡がありました。」ハナルが答える。

「どこにおるんやろ。」

「わ、私、知ってるかも。」ハナルが校庭の奥を指さす。「前に唯さんが、こういう小さな森みたいな場所が好きだと、言ってました。」

カガミはその方向を見た。校庭の隅、大きな松の木が一本立っている。その根元に、人影が見えた。

「いた!」

二人は駆け寄っていく。近づくにつれて、それが唯だとわかった。白いブラウスにベージュのカーディガン。ジーンズ。髪は後ろで一つにまとめている。松の木の根元に座って、何かを見上げている。その横顔は、少しだけ寂しそうだった。

「唯ちゃん!」カガミが声をかける。

唯が振り返った。その顔に、すぐに笑顔が広がる。

「あ、カガミさん!ハナルさん!どうしたんですか?」

「ちょっと、話があって。」カガミが近づく。「ここ、座ってもええ?」

「もちろん!」

唯が自分の隣をポンポンと叩く。カガミとハナルが並んで座る。松の木の枝が、日差しを優しく遮っている。

「これ、食べる?」唯がリュックからお菓子の袋を取り出す。ポテトチップスと、小さなチョコレートの箱。

「わあ、ありがとう!」カガミが遠慮なく手を伸ばす。ハナルもおずおずと一枚取る。

「この木、好きなんです。」唯が松の木を見上げる。「昔からずっとあるらしくて。何十年もここに立ってる。」

「そうなんや。」カガミも見上げる。

「文化祭、大変でしたか?」唯が聞く。

「うん。でも、めっちゃ楽しかった!」カガミが答える。「唯ちゃんたちのバンドも、かっこよかったで。」

「ありがとう。」唯は少し照れたように笑った。

しばらく沈黙が続いた。風が木の葉を揺らす。その音が、やけにはっきり聞こえた。

「……唯ちゃん。」カガミが口を開いた。

「ん?」

「なんで、あんなにユキのこと、気にかけてるんや。」

唯の手が、少しだけ止まった。

「……気にかけてるように見えますか?」

「見える。」カガミは真っすぐに唯を見た。「あんなに頭下げて、『許してほしい』って……普通、そこまでせえへんと思う。」

唯はしばらく黙っていた。それから、小さく笑った。

「……やっぱり、そう見えますよね。」

「唯さん……」ハナルが小さな声で言う。

「ユキはね――」唯が言いかけて、やめた。「やっぱり、やめときます。」

「なんで。」カガミが聞く。

「話したら、多分、引かれるから。」

「引かへんって。」

「絶対?」

「絶対。」

唯は微笑んだ。

「じゃあ、私は……あなたたちを信じることにします。」

(From Dandy:

The truth is finally coming out. Why is Yui so protective of Yuki? Stay tuned for the next chapter.Hope you guys like it.)

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