魔王の父になりました②
「この世界のあなたは、アユムという、あなたの母の遠縁の子どもを育てています。アユムの両親は、突然の事故で命を落としました。母方の身寄りはあなたしかなく、父親の親族、親戚達はいましたが、誰も引き取りたがらず…。」
「なんか、僕と似た境遇だな。」
「まさにそれです。そうやって共感したあなたはアユムを引き取ることにしました。」
ゲートキーパーが転生前の基本情報を教えてくれた。
「僕はその子をただ育てるの?なんかそれ、平和すぎてリスクがあるように思えないんだけど。」
「それは…まあ…いや、実は…」
ゲートキーパーが言い淀む。察した大村ユウジがそれを遮って言った。
「話しにくいなら話さなくてもいいけど…聞いたところで、僕、また勝手にやって間違うだろうしな。」
「投げやりにならないでください。いつかきっと輪廻の輪に戻れますよ。」
ゲートキーパーの言葉に大村ユウジは目を細めた。
「君は優しいねえ…。僕はもう正直今の生活も楽しいからいいかなーと、ちょっと思いはじめちゃっているけどね。あーでも、君には迷惑か。僕いると帰れないもんな。んじゃちょっと頑張って来ますかねー。」
ゲートキーパーは、もしかして、大村ユウジは輪廻の輪に戻ることを諦めているのだろうかと思い、不甲斐なさと、それとは反対になぜかちょっと気持ちが弾んだ自分を不思議に思った。
アユムに何事もなかった上に、早めに夕飯の準備ができるから大村ユウジは機嫌が良かった。
「アユム〜?」
「あい。」
「今日の夕飯何がいい?」
「んとね、はんばーぐ!」
「よし!じゃあスーパーに行って材料買おう。」
「やったー!」
「アユムもお手伝いしてな。その方が美味しいのできるから。」
「やるー!おいしいのやるー!」
大村ユウジは、スーパーに向かって自転車のペダルをグッと踏み込んだ。
午後のスーパーは夕方ほどの混雑ではない。それもまた、大村ユウジの機嫌を良くした。
「ぶー。ぶるん!ぶるん!」
アユムも車を模したショッピングカートに乗り、おもちゃのハンドルを握ってご機嫌だ。
「ハンドルを握るのは今シーズン絶好調の大村アユム選手、さあ!今回のレースはどんな走りを見せるのでしょうか?!」
大村ユウジはそういって、軽快にカートを押し始めた。自動ドアを潜るとすぐに野菜売り場があり、大村ユウジはカートを押す手が滞らぬように玉ねぎを取り、カートに入れる。
「ぶーんぶーん!ぶるーん!」
アユムはキャッキャとした幼児特有の明るい笑い声を上げている。
他の買い物客達も笑顔で見守っている。
「大村アユム選手!なんと!コーナーからインコースでトップに躍り出た!」
大村ユウジは、野菜売り場を過ぎ、突き当たりで大げさにカートを揺らしながら精肉コーナーに行った。アユムはキャーっと歓声を上げる。
「さあ!ゴールまで直線コースです!大村アユム選手!逃げ切るか!?」
そう言いながら百グラム百九円の合挽肉をさっとカゴに入れる。
その先も、レース実況をしながら、チーズ、パン粉、ケチャップなどをカゴに入れ、材料を揃えて家に帰っていった。
「アユム、おいしくなあれってコネコネするんだよ。そしたら本当に美味しくなるからね!お料理する人みんなが使える魔法だよ。」
「おいしくなーえ!おいしくなーえ!」
アユムが、小さな、もみじの手でハンバーグのタネをこねているのを見ると、大村ユウジはこの生活がずっと続けばいいなあと思うが、自分が罪人であり、リスクの高い転生しかできないこともわかっている。ゲートキーパーが言い淀んだ何か。きっと落とし穴があるんだろう。
「お父しゃん!みて!みて!はんばーぐ!みて!」
お世辞にもハンバーグとは言えない小さくて歪な肉の塊を見て、大村ユウジは、今はこの幸せを噛み締めていようと思った。
「はい!いただきまーす!」
「まーす!」
ハンバーグ、ブロッコリー、コーン。ご飯は猫の形に型で抜かれている。彩豊かに盛り付けされた夕飯を前に、二人で手を合わせて、これをいただく。
「アユム!こぼれてるこぼれてる!」
「こおえてるうー。こおえてるうー。」
ポロポロとこぼしながら、大村ユウジの言葉を真似して笑うアユム。生きてる間にこういう生活したかったな…と大村ユウジは思った。チャンスがなかったわけではない。ただ…
「お父しゃん?」
「あーごめんごめん。今日は色々あったからなー。ちょっとお父さん疲れてぼーっとしちゃった。」
大村ユウジはアユムをギュッと抱きしめ、罪人という自身の立場に思いを馳せ、自分にはこんな生活を生涯続ける資格はない、だから今この間だけでも全力でこの幸せを守ろうと思った。
しかし、大村ユウジが危惧した通り、その夜その幸せは壊された。
夜も更けた頃、大村ユウジはふいに寝苦しさを感じて目を覚ました。
「う…ん…ん?…んんんっ?!」
寝室に5、6人の人影があった。大村ユウジは幽霊かと思い、背筋がゾッとしたが、窓から差す仄かな月明かりが彼らの影を映し、実体の存在を認識させた。しかし、どちらにしても不穏であることは変わらない。大村ユウジは身を起こし、隣の小さな布団で眠るアユムをグッと抱き寄せた。
「あの…どちら様ですか?」
何とも間の抜けた一言。大村ユウジは、こういう時に何かかっこいい言葉が出る人は普段からこういう妄想をしているのではなかろうかと思った。
「あーやべ。起きちゃいましたよ?」
男の一人が言った。
「しょうがねえなあ…おい、あんた。」
声をかけられた男が一歩大村ユウジに近づいて言った。
「その子を渡してくれたら、あんたには何もしないと約束する。」
大村ユウジの気持ちがチリチリと湧き立つ。
「何言ってんだ?お前…。」
「お父しゃん?どうしたのー?」
アユムは目を覚まし、聞き慣れない声色で話す父親に不安げに声をかけた。
「何でもないよ。お掃除の人が来てるから僕とアユムはちょっとお散歩に行こうね。夜だから静かにね。」
大村ユウジは、相手に気取られぬよう、小さな声でアユムに言った。
「うん。」
大村ユウジは壁にかかっている抱っこ紐をチラリと見てから、男に目を戻し、掛け布団を投げつけた。
「うおっ!おい!てめえ!」
男が怯んだ隙に、大村ユウジは壁の抱っこ紐を素早く取り、アユムを自身に固定し走り出した。
「くそっ!待て!ゴルァ!」
大村ユウジに話しかけた男以外がいきり立ち、荒々しい声を上げる。
「ばか!こんな夜に騒ぐな!近所の奴に通報されんだろうがよ!」
その間に大村ユウジは自転車で走り出していた。この世界は、自身が子持ちであること以外は変わらない世界…大村ユウジは生前を懸命に思い出していた。免許は高校出てすぐで取ったはず、でも車は持ってない。仕事が続かなくてローンが組めないからだ。現金で買おうにも頻繁に収入が途絶えてたので貯金はない。
「…詰んでる。」
つくづく、生前の自分が社会不適合だと思い知らされた。
「お父しゃん?なかないの。いいこいいこ。」
泣きそうな顔の大村ユウジにアユムがそう言って頭を撫でた。大村ユウジの気持ちが綻ぶ。大村ユウジは自転車をコンビニの前に止めて、歩いて公園に向かった。少しは時間を稼げればいいが…。
公園で植え込みの中に身を隠し、自身の持ち物を確認する。と言っても持って来たのは財布とスマホだけだった。財布の中身をひっくり返す。所持金は数千円。キャッシュカード、パン屋やスーパーのポイントカード。その中に見慣れないカードがあった。手に取ってみるとカーシェアリングの会員証だった。生前の世界では持っていないカードだった。
「そっか。アユムがいることで変わってるところか。お出かけするために会員になったのかなあ。僕だったらそうするから、僕なんだからそうするよなあ。」
大村ユウジはスマホで最寄りのカーシェアリングできる場所を調べた。
「うげ…なんてこった…。」
一番近いところは、先ほど自転車を置いて来たコンビニの隣の駐車場だった。




