魔王の父になりました①
「お父しゃん。」
大村ユウジは涙声の子どもの声に起こされた。
「う…んん…どーしたの?アユム…起きちゃった?」
「こわいゆめみたの。」
「んー…そっかー。じゃあお父さんが魔法で守ってやるからこっちにおいで。」
「ん。」
アユムと呼ばれた子どもは、モゾモゾと大村ユウジの布団に潜り込み、5分ほどですうすうと寝息を立てた。
「おはようございます〜。」
大村ユウジは、自転車のベビーシートからアユムを下ろし、抱き抱え保育園の門を潜った。
「アユムくん、おはよう〜。」
ピンクや水色などの明るい色のエプロンを付けた保育士達が口々に声をかけるが、アユムは目に涙をいっぱいに溜めて無言だった。
「ほら、アユム…先生にご挨拶は?ね?おはようって、ほら。ね?」
大村ユウジは、アユムを促したが、アユムは大村ユウジのネクタイをギューっと握りしめていた。
「うぐっ…。」
大村ユウジは思わず呻く。アユムは三歳の割に力が強い。
「アユムくん、お父さん大好きね〜。」
保育士が笑顔で言った。大村ユウジがアユムの顔を見ると大粒の涙がポロポロと落ちている。そんな姿を見てしまうと大村ユウジもこのまま連れて帰って家で二人で過ごしたいという気持ちになるが、頼る宛のないしがない父子家庭では働かないわけにもいかない。
「あ、痛い…痛たたた…アユム、大変…。」
「どしたの?おなかいたい?」
「うん。お父さん仕事行けないかも。頑張れない。応援してくれる?」
「がんばえー。お父しゃんがんばえー。」
「わあ!アユムが応援してくれたから治った!お父さん仕事行ける!ありがとう!アユム!お父さん頑張ってくるね!」
大村ユウジは、保育士達に軽く会釈すると素早く自転車に乗った。保育士達は明るく笑顔で手を振り、アユムはいつまでもいつまでも大きな声で大村ユウジを応援しながら両手をブンブンと振っていた。
「お父しゃんがんばえー!がんばえー!!」
「おっと!いけない!遅刻遅刻!」
大村ユウジは自転車のペダルを踏み込む速度を上げ、会社に向かった。株式会社ハッピーハッピーライフへ。
この世界は大村ユウジに子どもがいること以外、元いた世界と何一つ変わることのない世界だった。子どもがいること、自分が守らなくてはいけないもの、自分しか守れないものがあったことで、大村ユウジのお節介とお人好しは抑制され、導線は横領に繋がらず、順調に営業周りをしていた。
「私、株式会社ハッピーハッピーライフの大村ユウジと申します。弊社のことはご存知でいらっしゃいますか?弊社はサプリメントの販売をやっておりまして、最近は、シミが薄くなるってテレビでも結構取り上げられてましてね…まあローカルではありますけど。でもローカルとはいえお昼の情報番組では良心的なご紹介を受けておりましてね。あの!大女優の加藤富美子さんが大絶賛してくださいまして、それだけ弊社商品は…」
午後の一軒目の取引先でのセールストーク中、大村ユウジの携帯が鳴った。アユムの保育園からだった。
「ちょっと失礼致します。申し訳ありません。あの、息子の保育園からで何かトラブルかも知れないので…。」
「いいのよ。お子さんのことは最優先よ。気にしないで。」
営業先の受付の妙齢の女性は笑顔で言った。
「はい、大村です。」
大村ユウジは受付の女性にペコペコと頭を下げ、背を向け、小声で電話に出た。
「お世話になっております。きらきら保育園です。アユムくんのお父さんでよろしかったでしょうか。」
少し焦っているような声色に大村ユウジの気持ちは曇った。
「はい。アユムに何かありましたか?」
「アユムくんが滑り台から落ちて。」
「ええっ?怪我は?!」
大村ユウジの声が大きくなる。受付の女性が心配そうに見つめている。
「それが運良く怪我一つなかったのですが、もし頭を打っていたりしたら、後から症状が出ることもありますので、念のため、今日はもうお迎えに来ていただけたらと思いまして。」
「もちろんです!すぐ…あ」
大村ユウジは営業先の受付の女性の方を見た。受付の女性はうんうんと頷き、出口の方を指さしている。
「すぐ向かいます。」
大村ユウジは、営業先の受付の女性に一礼し、出口へ急いだ。
「すみません!大村です!」
青い顔をした保育士がアユムの手を引いていた。
「お父しゃん!お父しゃんだあ!」
アユムは、大村ユウジを目にすると保育士の手から離れ、満面の笑みで両手を広げて走ってきた。大村ユウジは両手を広げ、アユムをしっかりと胸に受け止めた。
「大村さん、本当にすみませんでした!気がついたら滑り台の上にいて…。」
保育士は何とも言えない表情だった。己の不覚に対する反省と、園の責任や先行きについてと色々と思うところはあるだろう。だが、そこにはちょっときつねに摘まれたような表情もあった。
「アユム〜…危ないのはダメよ〜。お父さんが心配で死んじゃうよ?。」
大村ユウジは、アユムの頭を優しく撫でながら言った。
「だめえー。」
アユムは俯いて小さな声で言った。
「うん。じゃあアユムもだめ、ね?」
「ん。」
大村ユウジはもう一度アユムを抱き締め、抱き上げた。
「どうもお騒がせしました。」
大村ユウジは深々と頭を下げ、園庭を横切り駐輪場へと向かった。
「おっと!」
アユムを抱き抱えているせいで足元を見ていなかった大村ユウジは園庭で足を取られた。滑り台の脇に深さ20センチほどの穴が空いていた。
「どこもなんともないですね。滑り台…ですよね?落ちたの。」
医者がレントゲン写真を見ながら訝しげに言った。
「あ、はい。そう伺いました。」
「相当運が良かったんですね。」
「僕に似たんじゃないかなあ?僕、昔から体力お化けで体も丈夫なんです。28の時ちょっと大きめの交通事故にあったけど後遺症とかもないし。」
大村ユウジは言った。
「いやでも…。」
大村ユウジの話に医者は呆気に取られた様子で言った。
「この子は養子ですよね?」




