24.予想外の来訪
ようやく泣き止んだころには、体力が尽きてすっかりくたびれ果てていた。
ぐったりとアレクシス様に体を預けていたら、何を思ったのかアレクシス様が急に私を抱き上げる。
「わっ!?」
特に力を込める様子もなく、軽々といった感じだ。そのまま横抱きに運んでいこうとするので、私は真っ赤になってアレクシス様の胸を叩く。
「こっ、ここ子ども扱いしないでくださいっ。私、全然ひとりで歩けるし、余裕だしっ」
「子ども扱いじゃなくて、妻扱いだ。妻扱い」
「そっか、ならいい……ってなるかーっ!」
子ども扱いだろうが妻扱いだろうが、恥ずかしいものは恥ずかしいんだってば!
周囲には街の人たちと、アレクシス様と共に駆けつけてくれた辺境騎士さんたちもいる。とにかく大通りは人であふれかえっていて、こんな格好は耐えられない。
再び抗議の声を上げようとしたら、騎士さんの一人が駆け寄ってきた。
「アレクシス様。魔石の回収と清めが完了いたしました」
アレクシス様は満足そうにうなずくと、渡された魔石をすばやくポケットに入れる。
「ご苦労。ようし、ならば残るはもちろん――……喜べ、皆! 今日はドロッパゲの塩焼きだぞ!!」
アレクシス様が周囲に聞かせるように叫べば、おおおっ、と歓声が弾け飛んだ。
街の人たちはハイタッチを交わし、踊り出さんばかりに喜んでいる。
き、切り替えが早すぎる……。
さっきまでこの街は阿鼻叫喚の有り様だったのに。
思い出した途端にまた体が震えそうになって、私はぎゅっと目をつぶってアレクシス様にしがみついた。
(ここなら安全。ここなら安全……)
必死で自分に言い聞かせていたら、くくっと押し殺したような笑い声が聞こえた。
「たまには弱っている妻もいいものだ」
「…………」
はい、マイナスほっぺ確定。
「ごふぅッ!?」
脇腹に一発入れて、私は軽やかにアレクシス様の腕の中から飛び降りる。
服に付いた土ぼこりを払い、澄まし顔でしゃんと立った。なぁんだ。私、案外へっちゃらじゃない?
得意になっていたら、殴られた脇腹を押さえてアレクシス様が苦笑する。
「やはり俺の妻はそうでなくては」
「ふふん。そうでしょ?」
胸を張って威張り、二人同時に噴き出した。
アレクシス様はしばらく笑うと、やがて優しく目を細めて私を見下ろした。
ぽんと私の頭に手を置き、ゆっくりと意味ありげに通りの向こうを振り返る。
「ベル。実はお前に、客が来ているのだ」
「私に……、え?」
遠くから「ベルーッ」と名前を呼ばれた気がして、私はアレクシス様の視線を追った。
辺境騎士に護衛されながら、はあはあと息を切らせて男の人が駆けてくる。あまりに予想外の人物に、私は目を丸くしてその人に見入ってしまった。
――すっかり痩せてはいたが、面影はある。
「だ、旦那様っ!?」
「お父様っ!?」
私のすぐ隣には、いつの間に来たのかマリアベルお嬢様が立っていた。そしてその後ろには、今にも気絶しそうな顔色のデズモンドの姿も。
「マリアベル、ベル……っ。ほ、本当に、無事でよかったっ」
倒れ込むように膝を突くと、旦那様がわあっと泣き崩れた。
◇
「境界の森に向かう途上、騎士団の詰所から伝令が駆けつけてきてな。それでドロッパゲ狩りを中止して街に戻ったわけだが、結果的にはそれが功を奏した。お陰でベルの窮地に間に合ったわけだからな」
場所を移して、昨夜食事をした食堂である。
店内の扉や窓は全て開け放たれ、人がひっきりなしに出入りしている。
めちゃめちゃになった街の中を、騎士と街の人たちが大車輪で片付けているのだ。この食堂は休憩所として開放されていた。
街の人たちはこういった事態に慣れているらしく、協力して手際よく動いている。
「面目ないです、旦那様。護衛の自分が付いておきながら」
「顔を上げてください、ピエールさん。全部、勝手に動いた私が悪いんですからっ」
ピエールさんの頭には包帯が巻かれていた。
逃げる私とお嬢様に気を取られた瞬間、ドロッパゲに突き飛ばされて棚に打ちつけてしまったらしい。たんこぶができた程度ですよ、とピエールさんは笑うが、あまりの申し訳なさに居たたまれない気持ちになってくる。
「いいえ奥様、護衛としての任が果たせなかったのは事実ですから。ベル奥様に怖い思いをさせ、あまつさえ怪我までさせて」
「それこそかすり傷ですよ。膝を少し擦りむいただけなんだから」
「そこまでにしておけ。いいからピエール、お前も少し休んでこい。……ああ、頭を打っているから今日は酒はやめておくように」
「そんなぁっ。せっかくドロッパゲがあるってのに!」
肩を落としたピエールさんが、すごすごと去っていく。
とはいえ休むつもりはないようで、そのまま厨房の方へ行ってしまった。炊き出しのお手伝いをしますよぉ!と声が聞こえてくる。
辺境のみなさん、本当にたくましいです。
「いいからベルは休んでいろ。ほら、茶でも飲め。寒くはないか?」
どうやらアレクシス様は私に付いていてくれるらしく、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
大きな騎士服を肩に掛けられ、温かなカップを渡されて。私はほっと安堵して湯気の立つお茶に口をつけた。
「……あっち、深刻そうですね?」
落ち着いたら気になってしまって、私はちらりと隅のテーブルへと視線を移す。
暗い表情の旦那様と、マリアベルお嬢様とデズモンドが顔を突き合わせて話し合っていた。話の内容までは聞こえなくて、心配ではらはらする。
「ゲイツ伯爵はお前に手紙を出してすぐ、執務の都合をつけて伯爵領を出立したらしい。節約のため従者を一人だけ付けての旅だったそうだが、なんと途中でそいつに金を持ち逃げされたらしくてな」
「ええっ?」
「それからは一人きり、ほぼ浮浪者のように命からがらでようやく辺境に辿り着いたそうだ。俺と連絡を取ろうとペルレアの騎士団の詰所を訪ねたのが、ちょうど今日だったというわけだな」
え、領主様なら今まさにペルレアに滞在中ですよ?
騎士団でそう告げられたという旦那様は、それは大喜びだったという。
騎士たちは旦那様の風体を怪しんだが、仮にも領主の妻の父を名乗る相手を無下にはできない。それで急ぎ、アレクシス様に伝令を立ててくれたのだそうだ。




