22.視察という名の観光です
「さあさあベル奥様、どこへなりともご案内いたしますよ。軍資金は旦那様からたんまり預かっておりますから、今日は思う存分豪遊いたしましょう!」
「嬉しそうですね~、ピエールさん」
「ふっふっふ。護衛用の特別手当も頂戴しましたからね」
宿を出てアレクシス様と別れた私たちは、玄関でピエールさんと落ち合った。
マリアベルお嬢様とデズモンドにもどうするか聞いたら、ぜひ一緒に観光したいと言う。私たちは四人で連れ立って、まずは大通りへと向かうことにした。
「ああ、久しぶりにのんびりした気分。先のことはまだ何も決まっていないけど、なんだかほっとしちゃったわ」
大きく伸びをしてお嬢様が無邪気に笑えば、デズモンドもしみじみとうなずいた。
「僕たちの状況を思えば、のんきに観光している場合じゃないんでしょうけどね。それでも部屋の中であれこれ考え込むより、こうして外に出た方が良い案も浮かびそうな気がします」
「そうですよ。今日のところはいったん悩みは忘れて楽しみましょ!」
ペルレアはにぎやかな街で、見物するものには事欠かなかった。
さすが辺境というべきか、店に並べられた商品には魔物を利用したものがほとんどだった。特に骨や皮を材料にした工芸品や衣服には、魔物食を嫌がるお嬢様とデズモンドも興味しんしんだ。
恐る恐る手を触れて、襟巻きのやわらかさにお嬢様が息を呑む。デズモンドは骨を加工したナイフの、鞘に掘り込まれた装飾の細かさに感嘆していた。
「これはもはや芸術ですね」
「辺境の名産品なんですよ。お土産におひとついかがです?」
店員さんに勧められ、デズモンドは苦笑いで遠慮していた。お嬢様もそっと襟巻きを店に戻す。
(本当は、今日の記念にプレゼントしたいけど……)
誤解だったとはいえ、二人はわざわざ辺境まで私を助けに来てくれたのだ。
お礼をしたいとは思うが、お金の出どころは私ではなくアレクシス様なのだから、勝手に使うのははばかられた。私の手持ちのお金は、昨日の夕食代でほとんど使ってしまったし……。
悩んでいたら、にこにこ顔のピエールさんが私にささやきかける。
「奥様、奥様。旦那様からお言付けです。『軍資金』とは別に、奥様が立て替えてくださったお金を返しておく、とのことですよ」
「えっ」
驚く私に、ピエールさんはいたずらっぽく笑う。
「なんですかな、昨夜宿屋に戻られた後で、夕食の会計をし忘れたと気づいたそうなのですよ。領主が食い逃げをしてしまった!と真っ青になって店に走ったそうですが、奥様が済ませてくださっていたとのことで。出来た妻を持って俺は幸せ者だ、なぁんてのろけていらっしゃいましたよ」
「……全く、もう。そういうことはちゃんと妻本人に言ってくれないと」
照れ屋な夫で困っちゃいますよね~。
口ではけなしつつ、心がほんわりと温かくなった。ふぅんふぅん、そうなんだ。アレクシス様ってば、私のお陰で幸せなんだ。
「……ベルったら、どうしたの? 顔がだらしなく崩れているわよ」
商品棚から離れ、マリアベルお嬢様が不思議そうに首を傾げる。
私はせいぜい偉そうに胸を張り、お金が返ってきて膨らんだ財布を見せつけた。
「ふっふふ、聞いて驚いてくださいお嬢様。わたくし、領主の妻として自力で稼いだお金がございますのよ~」
「ええっ?」
「特別な薬になる、花の根っこを売って得たお金ですわ。……あ、でも花を持ち帰ったのは夫だし、洗って乾かすのを手伝ってくれたのも夫だし、買い取りのお店に案内してくれたのも夫だけど……」
「それって『自力で稼いだ』って言えるのかしら?」
おぉう、確かに。
説明しながら自分でもそんな気がしていたよ。
「そ、そうかもしれませんけど、とにかくこれは私が自由に使えるお金なんですっ。わざわざ辺境まで来てくださったお二人に、どうかお礼のプレゼントをさせてくださいっ」
一息に言い切れば、デズモンドが表情を曇らせた。
「ベルさん。それは……」
「あら、ここはベルの言葉に甘えましょうよ。好意を素直に受け取るのも礼儀だわ」
くすりと笑い、お嬢様はデズモンドの腕に手を絡める。
そのまま商品棚に引っ張っていき、あれやこれやと議論を始めた。仲の良い二人に、微笑ましい気持ちになる。
「いいなぁ。今日ドロッパゲが狩れたら、明日は私もアレクシス様とこんなふうにお買い物できますかね?」
ピエールさんを見上げれば、ピエールさんは大きくうなずいた。
「旦那様ならば確実に今日中に仕留めてくることでしょう。ドロッパゲは『境界の森』においては格下の魔物ですからな。余裕ですよ、余裕。はっはっは」
「なぁんだ、よかった。ドロッパゲって弱いんですね?」
考えてみれば、ドロッパゲはペルレアの名物料理なのだ。三日と空けずにドロッパゲできるほど、安定して捕れる食材なのだろう。
安心する私に、ただし、とピエールさんは意味ありげに声を落とす。
「ドロッパゲの真価が発揮されるのは、実は森の外においてなのです。……自分も一度見たことがありますが、奴らは二足歩行の力強い足で地を蹴り、いったん空に昇った後は両翼を羽ばたかせ、不規則にふらふらと予測不能な動きをします。かと思えば突然疾風のようなスピードで降下して、地上の人間に攻撃を仕掛けるのです」
「怖っ!!」
ドロッパゲ、味は美味しいくせに恐ろしすぎる。
想像したら途端にアレクシス様が心配になり、居ても立っても居られない気持ちになってきた。
そわそわと足踏みする私を、ピエールさんは苦笑して眺めた。
「大丈夫ですよ、奥様。森の中は木々が生い茂っていますからな、ドロッパゲは単なる鈍重な魔物に成り下がります。ドロッパゲの生息域は狭く、ペルレア寄りの境界の森だけ。辺境騎士団が毎日欠かさず見回っておるお陰で、森の外に逃れるドロッパゲなぞほとんど存在しません」
そ、そうなんだ。
でも『ほとんど』ってことは、たまには森の外にも出てきてる、ってことなんじゃあ……?
「ベル、これに決めたわ!……ってあら、どうしたの? 今度はいきなり暗い顔になっちゃって」
頬を上気させて駆けてきたお嬢様が、気遣わしげに眉をひそめる。
私は慌てて笑顔を作り、お嬢様の手の中を覗き込んだ。
「何でもないです! それより、そんな小さな鈴でいいんですか?」
「ええ。だってこれ、魔除けの鈴なんですって」
そうっと開いた手の中には、コロンとした丸っこい鈴が載っていた。
鮮やかな朱色の紐が付いていて、紐を振ると澄んだ可愛らしい音がする。デズモンドが選んだのは黒の紐のもので、どうやら二人でお揃いにするらしい。
「辺境の必須アイテムですな。俗に『魔物鈴』とも呼ばれてまして、これを鳴らしながら歩けば魔物が近寄ってきません」
「おおっ。そんなすごい効果が!?」
二人から鈴を受け取って会計を済ませていたら、ピエールさんが解説してくれた。
感心する私に、ピエールさんと店員のお姉さんが顔を見合わせてニヤリと笑う。
「お買い上げくださるのは、領外から来たお客様ばかりです」
「領民は誰ひとりとして買いません」
「要は『安心』をお買い上げいただいてるってわけですよ」
「…………」
辺境の商売根性を見た。
まあ鈴自体は可愛いらしいデザインだし、音も綺麗だし、辺境にしか売っていないなら記念にはなるだろう。
そう結論づけて、私は出口で待ち構えるお嬢様とデズモンドに鈴を渡した。
二人は早速服のベルトに鈴を付けて、嬉しそうに笑い合っている。小さな鈴をそうっと撫でて、マリアベルお嬢様がはにかんだ。
「ありがとう、ベル。わたくし、とっても嬉し――……」
『キャアアアアアッ!!』
「っ、何だ!?」
突然、店の外からつんざくような悲鳴が聞こえる。
ピエールさんがさっと緊張し、すばやく背後に私をかばった。その瞬間。
――ガッシャーーーーンッ!!
凄まじい音を立て、店のドアが大破する。
「……え……?」
もうもうと土煙の立ち込める中、うっすらした大きな影が現れる。
私は息を呑み、ただ茫然と立ち尽くした。




