20.腹を割って
「きゃあっ、こんなふかふかなベッド久しぶりっ。寝間着も高級な手触りだし、着心地最高。本当に借りてしまってよかったの?」
二つ並んだベッドのうちの片方に倒れ込み、マリアベルお嬢様は嬉しそうに私を見上げた。
私も隣のベッドに腰掛けて、「もちろん」と微笑む。
「余分に持ってきてよかったです。二、三日は滞在する予定ですから」
「……そっか。わたくしたち、ベルたちが帰ってしまうまでに、結論を出さなきゃいけないのよね」
一転してしおれた様子でお嬢様が起き上がる。
――夕食後、宿に戻るという二人を引き止めたのは私だった。
せっかく再会できたお嬢様とまだ離れがたかったし、何よりお嬢様のことが心配だったのだ。新婚ごっこ中の私とアレクシス様は別々の部屋を取っていたので、私の部屋に一緒に泊まらないかとお嬢様に持ちかけた。
結果、マリアベルお嬢様は私の部屋に、デズモンドはアレクシス様の部屋に泊まることになった。
なんで俺が!?と最初は拒絶したアレクシス様だったが、大幅なボーナスほっぺを約束したことで折れてくれた。ついでにデズモンドからいろいろ聞き出してくれたらさらに追加してあげますよ、とそそのかしたら、「任せろ!」と腕まくりして張り切っていた。頼りにしてるよ、夫。
思い出し笑いをしていると、マリアベルお嬢様がぎゅうと枕を抱き締めた。
「……本当に、どうすればいいのかしら。ここならベルがいるし、デズモンドに辺境で職を探してもらってもいいのだけれど。でもねぇ、わたくしにはどうしても、魔物食が生理的に受けつけないのよねぇ」
「それは仕方ないですよ。食の好みは人それぞれですもん」
私はお嬢様の隣に移動して、震える細い肩を優しく撫でた。
なんだか不思議な気持ちだ。主とメイドの関係だったころなら、こんなふうに同じ部屋に泊まることはもちろん、私がお嬢様に服を貸すだなんてあり得なかったろう。
ぼんやりと物思いに沈んでいたら、お嬢様がそっと私に体を預けてくる。
「本当はね、わたくしだって考えないわけじゃなかったわ。だってその日暮らしの旅は苦しいし、先なんて絶望的なほどに何も見えないのだもの。……だからいっそ、このまま辺境伯に嫁入った方がいいのかしら、なんて……」
「……っ」
心臓がどくんと嫌な音を立てる。
息もできなくなる私を、マリアベルお嬢様が気遣わしげに見た。手を伸ばして私の頬を撫で、むにっとつまむ。
「そんな顔しないで、ベル。思っただけ。ほんの少し思っただけよ。全然本気じゃないわ」
「おじょーひゃま……」
「わたくしのわがままを押し通した結果だもの。今さらつらいから逃げたい、だなんて言ってられないわ」
そう言って気丈に笑う。
やっぱり、お嬢様は変わったかもしれない。前より……何というか、大人になった。
感慨にふけっていたら、お嬢様が険しい顔で私を覗き込んだ。
「わたくしのことより、ベルはどうなの? あの男が言ったことは本当? 本当にわたくしたちは、あなたを助けなくて構わないの?」
畳みかけるように問い掛けられ、私は苦笑してしまう。
ベッドに深く座り直して、深呼吸した。そうして今日まであったあれこれを、お嬢様に順序立てて説明する。
「まあ。それじゃあまだ結婚したわけじゃなかったのね? 新婚ごっこ、だなんて」
それから、借ほっぺですって?
真面目な顔で聞き入っていたお嬢様だったが、やがて耐えかねた様子で笑い出した。私も一緒になって声を上げて笑ってしまう。
「――それで、ベルはどうしたいの?」
目尻に滲んだ涙をぬぐい、お嬢様が私をひたと見つめた。
「このまま一生、マリアベル・ゲイツとして辺境で暮らしたい? あの男のことを……愛して、いるの?」
私は目を閉じ、考える振りをする。
本当は考えるまでもなく、とっくに答えなんか出ていた。ただ、覚悟が必要だったのだ。
「――マリアベルお嬢様」
ゆっくりと目を開き、私はお嬢様にぎこちなく微笑みかける。
「私、お嬢様のことが大好きですよ」
「えっ?」
唐突な告白に、お嬢様が驚いたみたいに赤くなった。
照れる彼女から目を逸らさず、私は指を折って並べ立てる。
「たとえどれだけわがままでぇ~、自分勝手でぇ~、気まぐれでぇ~、怒りっぽくたって」
「ちょっとベルッ、あなた喧嘩売ってるの!?」
「――実のお姉ちゃんみたいに、慕っています」
勇気を出して一息に告げれば、マリアベルお嬢様が目をまんまるにした。
その瞳に拒絶や嫌悪の色は見えなくて、緊張しきっていた私は胸をなで下ろす。
マリアベルお嬢様はおっとりと首を傾げて考え込み、やがて納得したみたいに深くうなずいた。
「姉。姉ね。……そうね、言われてみたら、確かにそうかもしれない」
言いながら、みるみる頬を上気させる。
「子どものころからずっと一緒に育ったのだもの。ベルは、わたくしの妹よ」
「……っ」
嬉しくて嬉しくて、じんわりと涙がこぼれた。
白い指で私の涙をぬぐい、マリアベルお嬢様が私をきつく抱き締める。そのままあやすように、何度も優しく背中を撫でてくれた。
「……あなたを身代わりにして、置き去りにしたこと、本当にごめんなさい」
涙交じりの声音で、お嬢様が私にささやきかける。
「だけどあの時は、ああするしかないって思ったの。わたくしはデズモンドと逃げると決めたけれど、行く当てのない旅に、あなたまで巻き込むわけにはいかなかったから」
「……え?」
「だって、わたくしが出ていくなら、あなたは必ず供をすると言い出したでしょう? それは絶対にいけないと思った。だからあえてあなたに身代わりを命じ、屋敷にとどめることにしたの」
「…………」
ちょい待って。
お嬢様。
お嬢様。
いくら何でもそれは、私を過大評価しすぎです。考えすぎです。
「いやいやいや、絶対行きませんよっ? 嫌ですよそんな、無鉄砲な愛の逃避行になんて付き合えませんて!」
とんだ誤解ですよ!?
腕を突っ張ってお嬢様の体を離し、私はぶんぶんと激しく首を横に振る。行かないよ、行くわけないじゃん!?
「はああッ!? あなた、わたくしを慕ってるって言ったじゃない!」
「それとこれとは別問題!」
「何よもう、やっぱりあなたなんか妹じゃないわっ!」
「ふ~んだ、もう遅いですよ~っだ! この耳でちゃあんと聞きましたからね、私はお嬢様の妹だってっ!」
ぐぎぎぎぎ、と睨み合い、私たちは同時に噴き出した。
お腹が痛くなるほど笑いながら、二人並んでベッドに寝転がる。私とお嬢様の淡い金髪が、シーツに広がって重なった。
「……もう、今日はこのまま寝ちゃいます?」
「賛成。旅の間に泊まっていた安宿と違って、この部屋のベッドは大きいもの。二人で寝たって余裕よね」
そのまま布団をひっかぶり、こそこそと内緒話をする。
だんだんとまぶたが重くなり、気づけばどちらからともなく寝落ちしていた。
そうして再び目を開けた時には、もうすっかり日が昇っていた。




