19.ある意味、両思い
大きめの一口をほおばった瞬間、口の中でほろほろっとお肉が崩れて溶けていった。
私は目を丸くして、まだ余韻が残っているうちにもう一口、さらに一口、と追加していく。
「お、おおお、美味しい……っ。歯を立てなくていいぐらいやわらかい……!」
たっぷりの香草と一緒に煮込んでいるせいもあるのか、辺境料理の例に漏れず味はかなり独特だ。
鼻に抜けていく香りは初めて嗅ぐものだが、決して不快ではない。肉の旨味が溶け出したスープに、これまた肉の旨味がすっかりしみ込んでやわらかくなった根菜類。美味しい。何これ無限に食べられる。
「美味しい、美味しいですねぇアレクシス様っ」
「そうだな。ほら、スープにパンを浸して食べるのもいいぞ」
「ふああああ、スープしみしみのパンが口の中でとろけてく~!」
『…………』
ドロッパゲの煮込みを堪能する私たちを、マリアベルお嬢様とデズモンドがあ然として見つめている。
その視線には当然気づいているし、辺境料理の素晴らしさを教えてあげねばとは思うものの、私は思っていたよりもずっと空腹だった。スプーンとお口を動かすのに大層忙しく、弁解は後、後。
「ベ、ベル……? その料理、強烈な匂いを発してるけど……?」
「一口食べたら全く気にならないです。香草の匂いもあるし、くうぅっ、スープも最高っ」
すみませーん、ドロッパゲ追加で!
手を上げて頼めば、店員さんもお客さんたちもニッコニコだ。
「いやあ、ペルレアの自慢を気に入っていただけて嬉しいなぁ」
「さすが、領主様の選んだかただ」
「たっくさん召し上がってくださいね!」
もちろんもちろん、お任せあれ。
追加のドロッパゲが来るまでの繋ぎとして、豚肉のシチューにも手をつける。うん、こっちも美味しい美味しい。うん、慣れ親しんだ間違いない味。
うーんうーん、パンチが足りない……!
「はい夫、あ~んして」
「俺に押しつける気だな」
口では文句を言いながらも、アレクシス様はシチューを片付けるのを手伝ってくれた。ようし、これで追加ドロッパゲ分の胃袋を確保できたぞ。
「はあ~、満腹満腹」
スープの最後のひとしずくまでパンでぬぐい取り、私は大満足で息を吐く。どのお皿も綺麗に空になっていた。
マリアベルお嬢様とデズモンドは、もはやすっかり沈黙していた。
食後のお茶を一口飲んで、アレクシス様がぎろりと二人を睨み据える。
「この通り、妻と俺は仲良くやっている。お前たちはベルを助けるのが目的だったのだろうが、そんな必要はないとわかっただろう? 早々に辺境を出ていくがいい」
冷たく告げられ、お嬢様は悔しげに唇を噛んだ。
「出ていって、わたくしたちにどこへ行けと言うの? 駆け落ちするときに持ち出したお金は辺境に来るために使い切ったし、ドレスも宝石も売れるものは全て売ってしまったわ」
「知るか。己の無計画さのツケを俺に払わせるな」
「アレクシス様っ。……お嬢様、今のお話は本当ですか?」
アレクシス様を止めて、私はマリアベルお嬢様に向き直った。
確かに今のお嬢様の格好は貴族には程遠く、平民のように質素なドレスを身に着けている。デズモンドもまた、平民の労働階級そのものの出で立ちだ。
「本当です。日銭でも稼ぎながら移動できればよかったのでしょうが、あいにく僕を雇ってくれるところなどありませんでした」
私の問いに答えたのは、お嬢様ではなくデズモンドだった。
瞳を翳らせ、悲しげに自嘲する。
「……考えてみたら、当然ですよね。僕は伯爵家の執事としてしか働いたことがなく、平民に交じって肉体労働などとてもできません。さりとて執事として培った能力は、短期労働では求められていないものなのですから」
「…………」
確かに、そうかもしれない。
デズモンドは執事としては有能だったが、駆け落ち中で身元不明な者なんて貴族は絶対に雇ってくれないだろう。
平民の裕福な商人などなら可能性はあるが、求められるのは短期ではなく長期で店に尽くしてくれる人材だ。
(このままじゃマリアベルお嬢様たちは、帰るどころか生活することすらできない……)
「アレクシス様……!」
途方に暮れてアレクシス様を見上げれば、アレクシス様は苦虫を噛み潰したような顔でうなずいた。
ぽんと私の頭を叩き、大きくため息をつく。緊張するマリアベルお嬢様とデズモンドに視線を移した。
「――妻の顔に免じて、俺が金を用立ててやってもいい。身元を保証する書状も一筆用意してやろう。その金で旅を続けるもよし、どこかで働き口を探すもよし……。ともかく、二人でじっくり話し合って決めることだ」
「あ、ありがとうございます……!」
デズモンドが感極まったように頭を下げた。
マリアベルお嬢様もほっとした顔をしていたが、やはり素直に礼は口にできないようでぶすりと目を逸らす。デズモンドはそんなお嬢様を切なげに見つめ、でも、と力なく声を落とした。
「……本当は、マリアベル様を家に戻して差し上げるのが一番だと、頭ではわかっているのです……」
「っ!? 何を言うの、デズモンド!?」
お嬢様が一気に顔色を変える。
おろおろとデズモンドにすがりつくのを、デズモンドはそっと押し返した。
「わかっているでしょう? 僕では、あなたを幸せにすることができない……。贅沢どころかまともな生活すら、させてあげられない……」
「そんなこと……! わたくしは、わたくしはあなたといられたらそれでいいの!!」
「そうだぞ、急に何を言い出すのだデズモンド! 彼女を手放してはならんぞっ!」
『…………』
テーブルを叩きつけて突然激昂したアレクシス様を、私たちはあ然として眺める。……いや、夫よ。なんでいきなり二人の会話に首を突っ込んでんの?
「アレクシス様?」
「絶対に駄目だ! マリアベル・ゲイツが家に戻ったら――……契約を、履行しなければならなくなるだろうっ!?」
あ。
私と同時に、マリアベルお嬢様とデズモンドも察したらしい。
二人は顔を見合わせ、お嬢様は恐ろしそうに己の身を抱き締める。
「契約書が、あるから……?」
「……そうだ。借金返済が不可能な場合は、ゲイツ伯爵は己の娘を代わりとして俺に差し出す。国の形式に則って作成した正式な契約書だからな。お前が伯爵家に戻ったならば、嫌でも履行せねばならなくなる」
(うそ……)
私の頭が真っ白になっていく。
デズモンドも顔色を失くしていて、それでも彼は気丈に首を振った。マリアベルお嬢様の肩をそっと撫で、その顔を覗き込む。
「……ですが、考えてみてください。今となってはそれが、あなたにとって一番幸せな道なのかも――……」
「はああッ!? ふざけないでちょうだいデズモンドッ!! わたくしは絶対に別れなくてよ!!」
「そうだぞ、この俺が絶対に別れさせんぞッ!!」
「……あのぅ、みんな落ち着いて。とにかく冷静に話し合いを――」
「ああマリアベル様、僕は度しがたき大馬鹿者です。それほどまでに僕のことを想ってくださっているのに、僕はあなたを手放そうとしてしまった……っ」
控えめな私の言葉など、誰も聞いちゃいなかった。
マリアベルお嬢様は怒り、デズモンドは泣き崩れ、アレクシス様は懸命にこぶしを振っている。
「そうよ、デズモンドは馬鹿よっ。こんな性格の悪い男のもとに嫁いで、わたくしが幸せになれるだなんて本気で思っているの!?」
「はッ、己ばかりが不幸せになると思うなよ!? お前が俺を嫌がる以上に、俺の方がお前なぞ願い下げだ覚えておけ!!」
「なぁんですってぇっ!?」
「マリアベル様。僕はマリアベル様の気が強くてわがままなところも愛しています!」
「ああデズモンド……! やはりわたくしには、あなただけ」
「目障りだからよそでやれ、よそで! そして俺たちに関わりなき果てしなく遠い地で勝手に幸せになってこいっ」
「…………」
駄目だこの人ら。
私はそっとテーブルを離れ、怯える店員さんにお嬢様たちの分も含めて会計をお願いした。財布の中のお金を数え、お釣りが出ないようにきっちり支払う。
……ああ、このお金? いつぞやの食虫花の根っこを売った得たお金ですよ。
役に立ってよかったぁ~。




