13.辺境食べ歩き
「ふう、思いのほか時間を食ってしまったな。ベル、腹がすいたろう?」
宝石屋を出た途端、アレクシス様がくたびれたみたいに大きく伸びをした。
男のひとには退屈な買い物だったかもしれないな、と私はくすりと笑う。
「私は逆に夢中になりすぎて、空腹も忘れちゃいました。ほとんど座りっぱなしだったし、むしろごはんより少し歩きたい気分」
「ならば、適当に買い食いしながら街を回るか」
「…………」
買い食い?
買い食い、って言った今? お貴族様ともあろう者が、買い食い……!?
衝撃を受けていたら、アレクシス様が怪訝そうに眉をひそめる。
「どうした?」
そんなに不思議そうに尋ねられると、逆に私の方が変なんじゃないかと心配になる。
悩みつつ、どう聞いたものかと言葉を探した。そういえば、宝石屋さんの店主さんとも気楽な雰囲気で会話していたっけ。
「えっと……、お貴族様って一般的にもっとこう、偉そうっていうか、下々の者を見下してるっていうか、品行方正ぶってるものじゃありません?」
「貴族に対する偏見が過ぎる」
言葉選びを思いっきり間違えたらしく、アレクシス様からあきれられてしまった。
眉を下げる私に、アレクシス様が苦笑を向ける。
「まあ、王都から遠く離れたド田舎などこんなものだ。特にここ辺境は、魔物と地続きに生活する特殊な地だからな。基本的に『境界の森』で食い止めるとはいえ、魔物が人里近くに現れることだってある。辺境騎士団は日常的に街中を見回るし、街の人間との交流は深い」
「……アレクシス様も?」
「視察は領主としても大切な仕事だからな。己の目で確認してこそ、早めに気づける問題もある」
「…………」
うぅん、領主様としてすごく立派な姿勢であるのは間違いないのだけれど。
やっぱりどう考えても、アレクシス様は働きすぎだ。
少しは仕事量を減らさなくては、体がいくつあっても足りないと思う。
「おっ見ろベル、魔物肉の軟骨カラアゲの屋台が出てるぞ! 酒のツマミに最高なんだ」
私の心配など知らぬげに、突然アレクシス様が嬉しそうに声を上げた。……魔物肉の軟骨カラアゲ? 夫よ、妻に得体のしれない骨を食わせるつもりか?
顔を引きつらせる私に気づくことなく、アレクシス様が嬉しそうに屋台にすっ飛んでいく。
店員さんと二言三言交わし、すぐに小ぶりの紙袋を持って戻ってきた。
「一刻も早く食べねば。冷めると固くなるぞ」
「えっ時間制限あるんですか!? えぇっとでも、フォークもないし……っ」
動揺していたら、アレクシス様がひょいと一つつまんで私の口に放り込む。熱っ!?
文句を言ってやりたいのに、熱々のカラアゲが口を占領しているのでできない。
あふ、あふ、と口の中の熱気を逃がしながら、少しずつ歯を立ててみた。コリコリッとした食感に目がまんまるになる。
「……っ、うそ、だぁ。ほねなのに、おいしい」
「そうだろうそうだろう。そらお代わり」
またアレクシス様が一つ取ってくれる。
今度は私も素直に口を開けて、またあふあふ言いながら咀嚼した。……やばい。これ、ハマりそう。
「お、お、お、美味しい~っ! 感動! アレクシス様、私、私、新しい美味を手に入れましたっ!!」
「そうだろうそうだろう」
「あははっ、領主様の奥様に気に入っていただけて光栄です」
店員さんが屋台から手を振ってくれる。
私も手を振り返し、それを皮切りにいろんなお店の人が声を掛けてくれた。
見た目おどろおどろしいキノコの丸焼き、目玉のギョロリとした川魚の塩焼き……。口に入れるのに勇気がいるわりに、どれもとっても美味だった。
「境界の森産のものは、見目は悪くとも栄養と味は最高品質だ。辺境は都会と比べると過酷な地かもしれんが、少なくとも金と食には困らない」
「楽園かな?」
私はすっかり満足して、食後の果実ジュースを楽しんだ。
ちらりと見上げたアレクシス様の横顔も楽しげで、満腹のおなかがポッと温まる。
「……ねぇ、考えたんですけど」
ベンチに座った足をブラブラさせながら、私は隣のアレクシス様に少しだけ体を寄せた。
「次からアレクシス様が視察に行くときは、私も付いていくってのはどうでしょう? 私じゃたいして役に立たないかもしれないけど、働きすぎなアレクシス様に少しでも休んでほしいんです……」
「ベル……」
アレクシス様の目が大きく見開かれた。
私はすかさず、剣ダコのできたアレクシス様の固い手に自分の手を重ねる。
「夫の体が心配なの。辺境は広いし、きっと泊まりの視察だってあるでしょう? 夜眠るときに、私のほっぺがあれば疲れも癒えるじゃありませんか」
私、妻として夫の力になりたい……。
ささやくように告げて、目を潤ませる。
アレクシス様も熱い眼差しを私に向けて、そっと指で私の頬をなぞった。そうして豪快にひねり上げる。
「んむにゅうぅうっ!?」
「騙されんぞ、ベル。お前、ただ単にご当地辺境料理に興味があるだけだろう?」
「…………」
てへ。
バレました?
照れ笑いでごまかそうとする間にも、アレクシス様は私のほっぺをむにむにしている。うむ、これはイチほっぺを超えているな。
「ちゃあんとマイナスニ、しといてくだしゃいね~」
「了解した」
アレクシス様は満足気に息を吐くと、ようやく手を離してくれた。
ほっぺ取引表は、最近ではアレクシス様が記録を付けてくれている。大事なものは自分で管理しなければ気が済まないのだそうだ。
一応私も時々チェックはしているが、日付どころが時刻まで完璧に記載されている。
少しぐらいの不正なら見逃してやる度量は私にもあるけれど、アレクシス様はそんな卑怯な真似はできないタチであるようだ。どこまで真面目なん、夫。
「さて、後は食虫花の根を売るのだったか」
「! そうだそうだ、忘れてました! ちゃんと覚えてた夫えらい。サンほっぺ進呈!」
「何だと!? ではこの場ですぐさまイチほっぺ追加させてくれ!!」
お前には貯めるという概念はないのか。
あきれる私を再び座らせ、アレクシス様は幸せそうにほっぺに手を伸ばす。
マイナスニほっぺ、からのプラスサンほっぺ、からのマイナスイチほっぺ。
今日も今日とて一進一退。
ああ、ぽかぽかの日差しが気持ちいいな。
真剣な表情のアレクシス様を盗み見て、私はこっそり笑いを噛み殺した。
ちなみに結果がプラスマイナスゼロになろうとも、アレクシスは帰ったらきちんと省かず取引表に記録します。真面目。




