12.夫婦デートに行ってきます
その日から、アレクシス様は人が変わったみたいに健康的な生活を送るようになった。
夜は早めにベッドに入るし、朝食もしっかり取ってくれる。不器用ながらも私を喜ばせようと、花やお菓子の贈り物もまめにしてくれるようになった。
けれどそれだけ努力しても、マイナスほっぺはなかなか減らない。
その理由は明白である。
「そもそも、ほっぺ取引の構造的に無理があるのだ。夜きちんと眠るためには最低サンほっぺは必要だし、本音を言えばジュウほっぺは欲しい」
「そう言って毎晩ほっぺを借りるものだから、借ほっぺが減るどころか増えていってるんですよ」
むにゅーぅ。
アレクシス様が心から楽しげに私のほっぺをつねっている。また借ほっぺが加算されるというのに、幸せそうで何よりである。
「明日の休みは魔石の細工を依頼に行こう。ベルはどんな指輪が好みだ?」
機嫌良く問い掛けられ、私は思わず返答に困ってしまう。
メイドだった私には指輪を付ける習慣などないし、大きな魔石は正直書類仕事の邪魔になる予感しかしない。物理的にも、精神的にも。
「……精神的?」
「だって、あまりに綺麗なんですもん。魔石の中の星は一瞬だってじっとしてないし、仕事も忘れていつまでだって見入っちゃいそう」
守り袋に入れた魔石を取り出して、私は感嘆の息を吐く。
手なんていつでも目に入る場所に魔石があっては、無視することなどできない気がした。
そんな私をアレクシス様は目を細めて眺めると、ふっと小さく笑った。
「それほどまでに気に入ってくれたならよかった。何せ質・大きさ共にこれほどの魔石だろう? 持ち主の魔物はなかなかに強敵だったが、苦労した甲斐があったというものだ」
「へぇ~。魔石の品質って魔物の強さと比例するんですか?」
魔石を指でなぞりつつ、興味しんしんで覗き込む。
一緒になって魔石を見つめながら、アレクシス様が大きくうなずいた。
「その通り。魔石自体の大きさと、後は中の光の欠片が多ければ多いほど強い魔石であるとされている。……ちなみに今までの最高記録は、ベルのこぶしほどの大きさだったか」
「それはさすがに大きすぎ! 指輪なんて絶対無理っ」
笑い出す私に、アレクシス様もおかしそうに頬をゆるめる。
私の手からそっと魔石を持ち上げて、考え込むように魔石を撫でた。
「だが、言われてみると確かにこれも大ぶりすぎるか……。ならば、そうだな。この魔石は指輪以外の装飾品に加工するのはどうだ?」
「え? いいんですか?」
魔石の指輪は結婚のあかしと聞いていたが、大丈夫なのだろうか。
戸惑う私に、アレクシス様は事もなげにうなずく。
「いつでも指輪に加工し直すことはできるし、もう少し小ぶりで質のいい魔石を見つけたらそちらを指輪用にしてもいい。まずはお前の気に入った形にするのが一番だ」
「夫……!」
私は感動して、まだほっぺを触っているアレクシス様の手を取った。
「今の発言、とても良き。ボーナスほっぺジュウ進呈!」
「やったぞ!!」
そんなわけで、明日の休みは夫婦デートをすることになった。
あ、魔石の細工だけじゃなく、乾いてすっかりカピカピになった食虫花の根っこも売らないとね。
◇
翌日の天気は快晴で、私は上機嫌でソニアさんに行ってきますの挨拶をした。
アレクシス様からエスコートされ、まずはメインイベントである宝石屋さんへ。おじさんの細工師さんは、魔石の大きさと美しさに感心していた。
「さすがは伯爵様のご用意された魔石ですね。腕が鳴るというものです」
満足気に息を吐くと、「それにしても」とアレクシス様を見て苦笑する。
「まさか伯爵様自ら店舗にお越しいただけるとは。呼びつけていただければ、どこへなりとも参りましたのに」
「出来上がった暁には、そうしてもらおう。だが、今日わざわざ街に来たのは妻の機嫌取りも兼ねているからだ」
「ははは、夫婦仲がよろしくて結構なことですな」
のんびりした平和なやり取りに、私は内心首を傾げてしまった。
相手は領主様だというのに、細工師さんに緊張した様子は少しもない。貴族と平民がこれほど距離が近いのは初めて見る気がした。
「――それで、ベル。お前はどんな装飾品を望むのだ?」
「! え、あ、ああ。そう、ですね……」
我に返って私は考え込む。
指輪に限らず、私は装飾品の類をほとんど身に着けたことがない。
漠然とブローチかペンダントにしてもらえばいいと思っていたけれど、せっかく本職の職人さんがいるのだ。まずは相談してみるのもいいかもしれない。
「えっと、いつも身に着けていられて、なおかつあまり邪魔にならないものがいいんですけど」
「……なるほど。いっそ着けているのを忘れるぐらいに、ですかな?」
「っそうです、そうです。私と魔石は一心同体!みたいな感じのがよくって」
細工師さんは面白そうに口の端を上げると、まじまじと私を観察する。
「かしこまりました。奥様にぴったりな一品を考えてみましょう」
今日の私の格好は、清楚な白のブラウスに首元には黒のリボン。足首まで隠れる長いスカートは、落ち着いた深緑色で縦縞の透かし模様が入っていた。
少し前までは普段着にすら困っていたが、最近ではアレクシス様がまめにプレゼントしてくれるお陰で不自由していない。
「ブローチはね、一点で豪華になるのが良いところですが、毎日同じものでは飽きが来る。せっかくのドレスに穴も空いてしまいますしね」
「ああ、言われてみれば確かに」
「ペンダントも決して悪くはありませんが、着けているのを忘れるのは無理でしょうな。何せこのように素晴しい魔石だ、存在感がありすぎます」
それも確かに!!
深く納得していると、アレクシス様が面目なさそうに肩を落とした。
「とにかく最高品質の魔石を、と張り切りすぎてしまったようだな」
「ははは、愛のなせるわざですな」
細工師さんにわざとらしく囃し立てられ、私は思わず隣の夫を見上げる。
照れているかと思いきや、夫は大真面目な顔でうなずいた。
「そうとも、愛なのだ。……おい、ちゃんと聞いたか妻よ。愛だぞ、愛。俺の愛だ嬉しかろう」
……あぁん?
「そこまで恩着せがましく連呼されると、逆に意地でも受け取ってやるかって気になります。あ~あ、むしろマイナスほっぺを食らわせてやりたい気分」
「…………」
マイナスほっぺを恐れた夫は、口を押さえて黙り込んだ。
見事やり込めた私が得意気にふんぞり返っていると、細工師さんが声を上げて笑い出した。
「いや、本当に仲がよろしいですな。お二人を見ているとインスピレーションが刺激されます。……そうですね、奥様。くるりと回っていただいてもよろしいですかな?」
細工師さんの言葉に、私は素直にその場で一回転してみる。
ちょっとよろけてしまったら、アレクシス様がすぐに私の手を取って支えてくれた。繋いだ手を重心に、もう一度くるっと一回転。
今度はとても優雅に回れた。
アレクシス様を見上げて笑い合っていたら、細工師さんがポンと大きく手を打つ。
「よしよし、思いつきましたよ。邪魔にならず実用的で、毎日飽きずに身に着けられる。そんな、奥様にぴったりの装飾品を――……」
そうしてされた提案を、私はいっぺんで気に入ってしまった。
アレクシス様もうなずいてくれたので、早速それでお願いすることにした。
出来上がるのが今からとっても楽しみだ。




