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衰退世界の人形劇  作者: 小柚
中巻

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第十五章(5)

「昨晩おふたりは、公聴会に出たんですね」

「はい。知り合いに誘われたので」

 翌晩の演習でリンさんはわたしたちにそんな話を振ってきた。

「リンさんたちは出席しなくて良かったんですか?」

「ええ。あれは"勘違いのでしゃばりさん"たちが参加する会ですから」

「勘違いのでしゃばりさん……?」

 わたしが問うと、彼女は訳知り顔で思わせ振りなため息を付いてから口を開く。

「虎白さまは私たちに忌憚のない発言を求めてきますけど、そもそも私たち一般国民の意見なんて虎白さまの参考になるはずないんですよ」

「そうなんですか?」

「そうなんです。虎白さまは若い姿でいらっしゃいますが、あの体での年齢は五十を越えておられます。その上、彼は既に三回目の人生だと言いますから、精神年齢は軽く二百歳を越えておられるわけですよ」

「三回目、ですか?」

「はい。三回目です。白子でなく有色として生きた数十年と、一回目の転生で白子として生きた百年ほど。それから虎白さまはもう一度白子として生まれ、現在の姿になったと言われています」

「虎白さまの前世は二人いると言うことですか?」

「そうです。しかもその二人も"虎白さま"ですから、今の虎白さまは三回目の虎白さまを担っておられるわけです」

 わたしはリンさんの話に混乱した。えっと、虎白さまの前世は虎白さまで、生まれ変わったのも虎白さまで、それからまた虎白さまとして生まれ変わった? そんなことが可能なのかと、わたしは目の前がグラグラとしてしまった。

「一度目と二度目には少しの失敗もあったと思いますが、虎白さまはもう三度目のハクト王としての人生を送られているのです。生まれたときから王としての自覚を持たれていた虎白さまに、今さら私たちから何を助言できるでしょうか。虎白さまにとってはみんな赤子よりも幼いんですよ」

 対等に意見できるのはカミノタミ派の一部の人くらいですね、とリンさんは笑う。特にファイさんは一番長く生きている白子で、虎白さまよりも歳上なのはファイさんくらいのものだと教えてくれた。

「あの会に出るような国民は、知りたがりの臆病者か、立場を弁えない愚か者か、目立ちたがりの構ってちゃんかどれかです。リンさんのようにどっしりと構えた上級国民には必要ないものですね」

「そうなんですか……」

 鼻をフンスと鳴らすリンさんには悪いけど、わたしにはそうは思えなかった。

 虎白さまは本当に忌憚のない発言を求めているように思えたし、参加者は懸命にハクトを思って意見しているように見えた。何も考えず虎白さまに従おうとしているリンさんのほうが、危うい存在のように思えるけど……。

 いえ、高々十数年しか生きていないわたしがそんな考えを抱くのはおこがましいわよね。わたしは頭を振ってモヤモヤを吹き飛ばし、今晩の演習の内容を尋ねた。

「今日はついに本番に向けた演習です。精鋭部隊に参加してもらいます!」

「えっ?! あそこに入るんですか?」

「はい。頑張ってください」

 精鋭部隊は今日もドンパチと彩謌を撃ち合っている。まだ怪我をした人はいなかったけど、毎日数人はどこかを怪我している演習だ。

 わたしはすっかり尻込みしてしまって、順番待ちをしている間、頭が真っ白になってしまった。

「大丈夫ですよ。慣れるまでは倍音はかからないですから、失敗してもちょっと痛いだけです」

「ちょっと痛いだけ……ですか……」

「あ、交代の合図です。行きましょう」

 わたしはガチガチに固まりながら、リンさんの後ろに続く。わたしとルカさんは、五人組の後ろに配置され、四番目と五番目の音を担当することになった。

 四番目まで音が必要な彩謌は『焦光』、『灯光』、五番目まで音が必要なのは『発雷』、『発電』しか知らない。それ以外はとりあえず黙っていればいいのだから楽勝だ。そう自分に言い聞かせながらわたしは指示の声を待つ。

 わたしたちは虎白さまの部隊に属しており、リンさんが先頭のチームだった。

「では始めるぞ。『"散乱"、前方五』!」

 見学していたときはよく聞こえなかったけど、この場所で虎白さまの声はよく通る。命令を聞き逃すことは絶対にないだろうと思った。

 辺りにキラキラと光の粒が飛び、前方のファイさんの姿が霞んでいく。向こうからビリビリと振動が届いた。相手の攻撃、ティール、イアー、オス、ゲル、ラグ、『発電』の基音だとすぐに判断できた。

「『"発電"、前方十、ルオン』!」

 わたしはゲルの基音を出す。ルオンというのは先頭の人が唱えるものであるから、リンさんが即座に呪文を口にする。

「『ティール、イアー、オス、ゲル、ラグ』!」

 すると、わたしたちの周りに鋭くバチバチという音が纏わりついた。前方から激しく干渉する音が響き、打ち消し合うように消えていく。

 再び向こうから新たに聞こえるコードは『陽光』。虎白さまからの指示は『"恒常"、前方十』。周りで何が起こっているのか、全てを把握することはわたしにはできない。ぼんやりと暖かくなったり、光ったり煙が出たり。痛みを感じることはなかったから、上手く行っているのだと思う。

 虎白さまとファイさんで十回ずつ、合計二十回の撃ち合いが終わり、休憩と交代の時間となった。わたしたちのグループは交代にはならず、リンさんとニトさんが位置を入れ換えただけで次の演習が始まる。次からは倍音二、倍音三が混じるようになり、周囲の音が爆音に変わった。

 途中でニトさんの息が上がっているのに気がつく。彩謌は主に先頭の人の力を利用して発動するらしいから、負担が大きいのだろう。もう一人のメンバーが慌てて彼女と入れ換わって、次の指示を受ける。周りの様子を見ながら流動的に対応することも実戦では求められるようだ。

 二十回のやり取りを終えて、わたしたちのグループはようやく下がることが許された。

「おふたりとも、とても良かったですよ!」

 リンさんが満面の笑みで労ってくれる。わたしはルカさんと顔を見合わせて安堵の息を吐いた。だけど、わたしたちよりもリンさんのほうが安堵しているようで、彼女は深いため息を吐きながらこう言った。

「一月でふたりを精鋭に育てろと言われたときにはどうなることやらと思いましたが……なんとかなって良かったです」

「一月で精鋭に、ですか?」

 確かにわたしたちがハクトに来てから大体そのくらいが過ぎている。虎白さまはそんなにも急いでわたしたちを育ててどうするつもりなんだろう。わたしが首を傾げていると、リンさんは快活な笑顔を浮かべて言った。

「明日が虎白さまとのお約束の日でして、虎白さまがクラウディアに向けて使節団を送る日なのです。間に合えばあなたたちも連れていくと言っていましたから、リンさんは必死で鍛えたのですよ」

「使節団……?」

 その話は初耳だ。確かに虎白さまは昨日、金凰と話を付けると言っていたけど、その出発が明日だということ? わたしたちも一緒に行かなくてはならないということ?

「大丈夫です! リンさんもニトも一緒に行きますから。楽しい旅になりそうですねぇ」

 嬉しそうなふたりには悪いけど、わたしは不安しか感じなかった。クラウディア国を統べる金凰という司彩は、六柱の中でも一番有能で厄介だと誰かが言っていなかったっけ? いきなりそんなところへ乗り込んで大丈夫なのかしら。

「今晩は帰って、家で待っていてください。お昼に使いのものが迎えに行きますから。しばらく家を空けることになるので、そのつもりで来てくださいね」

 リンさんにそう告げられて家に帰されたわたしたち。いつものようにダイニングテーブルに着き、ルカさんとふたりで向かい合う。

「流石に突然すぎないか? 明日からクラウディアに乗り込むなんて無茶苦茶だろ」

「一月前から虎白さまの頭にはあったみたいですけど。公聴会でもそんな具体的な話、出てきませんでしたよね」

「この国、機密がないのか機密だらけなのかいまいちわかんねぇな」

「わたしたち、行かないといけないんですよね、どうしましょう」

「行きたくないなら、行きたくないって言えばいいんじゃねぇか?」

「行きたくないわけじゃありません……ただビックリしただけなので……」

 お昼頃にわたしたちの家を訪れた"使いのもの"はウィスさんだった。わたしたちは彼に向けて心の内をぶつけると、彼はアハハと笑って言った。

「いつもそんな感じですよ。ハクトの全ては虎白さまの頭の中だけで決定されますから。慣れていない人は不意を突かれておろおろするんです」

「みんな怒らないんですか? 直前まで予定を隠されて、いきなり決定事項を突き付けられるなんて困るでしょう」

「虎白さまは別に隠していませんから。きっと一月前にカノンさんが尋ねていれば教えてくれたと思いますよ」

「??」

「虎白さまはちゃんと教えてくれますよ、はっきりと質問をする人には。遠慮して何も尋ねてこない人には、疑問点は無いものだと判断して何も教えてくれませんがね」

「はあ……」

「虎白さまはお優しいですがお忙しいので、能動的に動く人しか相手にしないんです。受け身の人は割と無視されますから、気を付けてくださいね」

「…………」

 要するに、質問をしなかったわたしたちが悪いということのようだ。スイさんが以前言っていたことを思い出す。

『自信を持って、自分の気持ちを伝えるんだよ?』

 不安であれば、ちゃんとそれを伝えなさいとスイさんは教えてくれていたのかもしれない。

 思えばわたしはアピスヘイルでもそうだった。自分が置かれている状況を不安に感じながら、口に出すのが怖くて何も言えなかった。流されるまま流され、利用されるまま利用されて、今さらそれを不満に思って抗って、世界を混沌に陥れている。

 もっと早くに行動していれば、こんなややこしいことにはならなかったかもしれないのに。もっと平和に、平穏に暮らせていたかもしれないのに。

『これからは、ちゃんとすればいいじゃない。はっきり意見を言えばいいじゃない。まだ間に合うわよ』

 マグノリアが励ましてくれる。そうかしら。まだ間に合うのかしら? わたしは、これからでも人生をやり直すことができるのかしら。

『全然遅くないわ。だってあなたは、まだ生きているんだから……』

 そうね、マグノリア。あなたはもう亡くなってしまったのだから。わたしはあなたよりも、恵まれているのよね……。


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