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衰退世界の人形劇  作者: 小柚
中巻

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第十三章(4)

「事情は大体わかった。今度はこちらから、現状を説明することにしよう」

 ここ一週間ほどでかき集めた情報だから、漏れや遅れは大いにあるだろうが、と前置きをして虎白さまは話を始めた。

「まずはアピス国の話だ。ニ週間前ほどから雨が降り続いている。アピス運河は何箇所も氾濫し、すでに河からも陸からもアピスヘイルに到達することができない。雨が降り始めてすぐにアピスヘイルを出た者たちが隣町リデルに避難しているようだが、その数は百人もいないそうだ」

「……!」

 わたしは息を呑む。アピスヘイルが黒い雲に包まれていることはわかっていたけど、こうも具体的な被害を並べられるとショックが大きい。

 母さまはご無事かしら。姉さまは大丈夫なのかしら。不安に思ったけど問いかけるのが怖くて、わたしは無言のまま虎白さまの話を聞いた。

「リデルを仮の首都として置き、国に散らばっていたアピスヘイルの者たちを集めて救援活動をしようとしているらしいが、上手く行っていないらしい。アピス国は交易以外の国交を拒否していた国柄、表立って他国に救援を依頼することはできないようだが、先日ハクトに使者をよこした。ハクトには司彩がいないから、一番頼みやすいのだろう」

「アピスが救援要請をしてくるなんて、よっぽどだね。助けてあげるつもりなのかい?」

「まさか。ハクトにそんな余裕はない」

「そ、そんな!」

 わたしはつい大声を出してしまい、慌てて自分の口を押さえた。

「お前はアピスヘイルの白子だと言っていたが、まだアピスに未練があるのだな」

「アピスヘイルには、わたしの家族と友人がいます……」

「そうか。それは心配だろうが、俺にはどうしようもない」

「あの。その救援要請には応えてあげることはできないんですか。アピスヘイルからリデルへみんなを避難させるだけでも……」

 わたしは虎白さまだけでなく、スイさんの方も見た。スイさんは狐翠さまの力を使うことができるとウィスさんが言っていた。司彩さまの力があれば、アピスヘイルを救うなんて造作もないことなんじゃないの?

 だけどスイさんは、首を横に振った。

「私には無理なんだよ、カノン。私が出しゃばると、おそらくもっと悲惨なことになるだろうからね」

「どうしてですか? 狐翠さまならアピスヘイルを救えるんじゃないですか?」

「アピスヘイルの都民は狐翠に救われるくらいなら死を選ぶだろう。仕都というのはそういう所なんだよ」

 わたしが絶句していると、虎白さまがその話を引き継いだ。

「アピスヘイルは比較的新しい仕都だが、先代の藍猫が随分苦心して作り上げたシステムがある。実際に住んでいたお前の方が詳しかろうが、藍猫を唯一神として崇め、他の神を異教の悪魔として絶対に認めない。あそこに他の司彩が手を出せば、民たちはパニックに陥るだろう」

 確かに、言われてみたらそうだ。わたしは色々あって他の神さまの存在を認めることができたけど、都のみんなはその過程を踏んでいない。藍猫さまがお怒りの中で、異教の神の手を借りるなんてことになれば、さらに藍猫さまがお怒りになると恐れるだろう。

 ラウドの書、第九章「献身」の内容が頭に浮かんでくる。神民の八戒の「八の戒」としても知られているこの章には、次のような一節がある。『藍猫さまは唯一の神である。世にはびこる他の嘘の神に惑わされてはならない。』

 藍猫さまは"異教の嘘神"に惑わされる愚かな者を最も嫌い、この戒律を守らないものには八の門を潜るように命じている。八の門の先にあるのは、魂の消滅。他の門には僅かばかりの希望が残されているけれど、この門を潜ったものには何の希望も与えられない。

 そのような結末になるのならば、"藍猫さまを信仰したまま死んだほうがマシ"であるとアピスヘイルの人々が思ってしまうは無理からぬことだろう。

「それでは司彩さまじゃなくて、ハクトから人的な救援を出していただけないのですか?」

「アピスヘイルの民にとっては、俺も司彩と似たようなものだ。司彩でないと言っても異教の者であることは変わらんだろう。それに……」

「それに?」

 虎白さまは少し視線を泳がせて、間を紡いでからこう答えた。

「ハクトはこの世界でかなり微妙な立ち位置なのだ。ハクトがアピスに手を出せば、″ハクトがアピスを占領しようとしている″とみなされ、他の国から非難を受ける。フリンジ以外の国というのは、ハクトを叩く材料をいつも探しているからな。ハクトの平和を思えば、俺は滅多なことはできんのだ」

「……?」

 わたしがその意味をよく理解できないでいると、スイさんが解説めいたことを耳打ちしてくれる。

「ハクトというのは、正式な国ではない。司彩から国として認められていないんだよ。この世界は現在、六人の司彩が六等分した六つの国しかないという取り決めになっている。ハクトというのはフリンジ国に白子たちが勝手に作り上げた国だから、司彩にとっては世を乱す迷惑な存在。いつでも潰したいと思っているはずなんだ」

「そ、そうなんですか? それならどうして、こんなに平和で豊かに暮らせているんですか?」

「目立たないようにしてきたからだよ。フリンジ国は狐翠のものだから、その土地を不当に占領するハクトを潰すのは狐翠の役割であり、他の司彩が口出しすることではない。狐翠が仕事をサボっているせいでハクトは発展してしまったが、今のところ他の国に迷惑をかけたことがないからね。潰したいと思っても口実がなくてどうしようもなかったのさ」

「ハクトがアピスに兵を出せば、他の国にハクトを攻める口実を与えることになるわけか」

「そのとおりだよ」

 ルカさんの相槌にスイさんは、深く頷いてから前方に視線を戻した。

「そういうわけで、ハクトにアピスの民を救うことはできん。そもそも今ハクトにはアピスに目を向けているゆとりがない。アピスよりも問題が発生している国があるからだ」

「ハルム……ですか?」

 虎白さまはわたしの言葉に、ゆっくりと頷いて応じた。

「一週間前、ハルムヘイルに大地震が起きた。ハルムヘイルはその一撃で半壊し、多くの死傷者が出たと聞く。橙戌は昔から荒っぽい性格の司彩だったから、また仕都と揉めてそのような災害を起こしたのかと初めは思われていたようだが……」

「橙の都が崩壊していたから……」

「そうだ。その情報がつい先日入ってきた。今ごろハルムはイグニアとクラウディアに救援を要請しているだろう。あの三国は元々活発に情報を交換している国だった。というか、近年のハルムとイグニアというのは、クラウディアという大国の子分のような関係になっていた」

 わたしはかつてスイさんに見せてもらった世界地図を思い起こす。アピス国の北に位置するフリンジ国、その北にあるのがハルム国だ。ハルム国の西隣にあるのがイグニア国、その南側にあるのがクラウディア国。フリンジ国とクラウディア国は、内なる海を挟んでちょうど反対側に位置する国だったはずだ。

「クラウディアを治める金凰は聡明な司彩であると専らの評判だ。仕都との関係も悪くない。すでに金凰は都民からの報告を受けて、橙戌がいなくなっていることを把握しているだろう。橙戌が何故居なくなったのかは簡単にはわかるまいが、橙の都にいた怪しい白子二人がフリンジ兵に攫われたことはすぐにバレてしまうだろう。やつらは橙戌を探すことを口実にフリンジに侵攻することができる。狐翠がなにもしないのであれば」

 スイさんに鋭い目を向ける虎白さま。スイさんはまるで他人事のようにヒョイと肩をすくめる。

「狐翠に何ができるんだい? 橙戌を探す振りをして時間を稼ぐくらいならできるかな」

「……そういうわけで、この局面は俺がなんとかせねばならんというわけだ」

 わたしは地図を思い浮かべたことで、なんとなく事の重大さが分かり始めていた。

 ハルムとクラウディアとイグニアは隣り合っている国なんだけど、その三国が手を取り合うと世界の半分を占める大国となる。その巨大な国に、長年フリンジとハクトは睨まれていた。睨まれているだけならいいのだけど、少しの隙を見せただけで噛みつかれる恐れがある。ハクトはフリンジ国にあるから、ちょうどアピスとハルムの間に存在する。もしハクトがアピスに救援を向けると、ハルム側にある連合三国に背を向けることになる。多分攻め入るには最適な形だ。あっという間にハクトは消し炭にされてしまうだろう。

 確かにハクトにはアピスを助けているゆとりなんかない。ゾワゾワとわたしの背筋に悪寒が登ってくる。

 虎白さまは今はわたしに視線を向けている。探るような視線を向けている。彼は多分、わたしの理解力を探っている。わたしに常人並みの判断力があるか探っている。

 わたしの額に脂汗が滲んできた。わかっている、わかっているわ。わたしは震えながらも、ゆっくりと口を開いた。

「わたしが、争いの火種になっているのですね……」

「そうだ。だからここへ呼んだ。お前をどう扱うか決めかねていたからだ」

「それで、わたしはこれからどうなるんですか……」

「それはお前次第だ。お前には三通りの道がある」

 虎白さまは指を三本立てた手をわたしに向ける。それを一本ずつ倒しながら話を進めた。

「ひとつ目は、藍猫と橙戌を起こすことだ。ひとりの白子が二柱の司彩の頭になった例は今までにないが、やって出来んことはなかろう。お前が司彩の意識にのまれるかどうかは知らんが、結果として藍と橙の二つの仕都を平定できればとりあえずの文句はなくなる。世界は元通りになり、ハクトは今まで通りにフリンジの影で繁栄を続けられるだろう」

「藍猫さまと橙戌さまを起こす……? それは、どうすれば良いのでしょう」

「確証はないが、お前の話を聞いている限りは、お前が前世の記憶を取り戻せていないのが主原因であると考える。よく食べよく眠り、さっさと前世の魂と融合しろ。お前にできるのはそれだけだ」

 わたしはポカンと口を開く。そんなことが原因だったの? 唖然とするわたしに容赦なく、虎白さまは話を続ける。

「ふたつ目は、司彩の魂を解放することだ。幸いハクトには司彩の器となれる白子が沢山いる。司彩に意識を飲み込まれないほどの逸材がいるかはわからんが、ひとりずつ試していけばいつかは見つかるだろう。意識を乗っ取られず、ハクトに味方をしてくれる司彩が二人増えれば充分金凰に対抗できる。その後はハクトを中心にした大国と、クラウディアを中心にした大国のふたつで新しい世界を創ることになるだろう」

「司彩さまを解放するとは、一体どうすれば良いのですか?」

「心臓を突いて死ねばよい。頭が死ねば司彩は出てくる。そしてやつらは一番近くにいる白子に取り憑く」

「……!」

 わたしは身を縮ませた。わたしよりも、隣にいるルカさんが抗議の声を上げそうになっていた。わたしは彼を止めて、虎白さまの三本目の指に注目させる。虎白さまはわたしに選択をさせようとしているのだから、ひとつの選択肢に固執しても仕方がない。

 虎白さまは緩く頷いてから、三本目の指を曲げる。

「みっつ目は、そのまま司彩を抱え込んだ白子でいることだ。ハルムヘイルとアピスヘイルは崩壊するだろうが、そのうち災厄は終息する。二極を廃し、新しい世界の秩序を創り出す。新しい国境を作るためにしばらく世界は荒れるだろう。ハクトが生き残れるかは運次第だが、俺が上手く立ち回ってみせよう」

「抱え込んだまま……?」

「そうだ。お前はこの国に居るだけでいい。何も考えず、余計なことはせず、司彩を寝かしつけたまま全てを俺の手に委ねろ。俺と、そこのペテン師で世界を治める。俺に逆らう者は皆殺しにしてやる」

「…………」

「結論をすぐに出せとは言わん。しかし、あまり時間はない。数日で決めろ」

 その間の衣食住は保証すると言い、虎白さまはわたしたちを謁見の間から下がらせた。わたしは与えられた三択の衝撃的な内容にしばらく頭を真っ白にさせていた。


 

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