婚約者と引き出し
四月になりました。
アンタイルに離宮から持って帰ってきた引き出しを見せた。
もちろん、彼女は色々と理由をつけて安全な場所にいてもらっている。もうただの引き出しのはずだが、もし彼女に何かあったら私が堪えられない。
「なんだ? こんな引き出しを見せて」
眉間の皺を深くしながら、アンタイルが聞いてくる。
普通の引き出しに見えるからね。彼女と新しい魔道具の話を詰めていたのを中断させたのにも関わらず何の変哲もない引き出しを調べろと言われ不機嫌になるのも分かる。
フェルプスの言葉も交えながら、離宮の聖女の部屋であったことを話す。
「紫の石?」
眉間の皺がますます深くなる。見たのはフェルプスだけだ。私は閃光を防げなかったから。引き出しを開けたとき何かが転がる音を聞いただけ。
「お前にしてはしてやられたか…。石に魔力を込めたなら、発動で砕けても何かしら残るはずだが…」
中身を撒き散らして運んできたか! と睨まれて、フェルプスと首を横に振る。大事な証拠品だ。丁寧に運んだ…、はず。
力の反動で粉砕されても砂になった欠片とか何かが残るはずなのに引き出しには塵すら残っていない。布で拭いても何もつかない。
「魔力を石にしたのなら、残滓があるはずがそれもない…」
アンタイルは腕を組んで唸っている。ここまでアンタイルが悩むなど初めて見た。
「実物を見ないと分からん。だが、その実物自体ない」
つまり何も分からないということか…。
「余程の力の持ち主…と言ってよいだろう。離宮にも結界がしてある。破られた形跡はない」
確かにそれは思った。神殿の者たちが発って幾日も経っている。警備の者たちもいる。部屋の隅々まで何回も不信な物が無いかも調べられている。それなのにその石はあった。
「石…。専門家に聞いてみてはどうか?」
アンタイルの言葉に首を傾げる。専門家? 鉱石の専門家というと学者か? この国にも鉱石を研究している者はいるがあまり詳しそうではなかった。一度会ったが専門書と同じ内容を説明されただけだ。市井から詳しそうな者を探すにも他国から招くにも時間がかかる。
「ユインシキー宝飾商。珍しい宝石の話を知っているかもしれない」
ああ、キャスターか。その父親も石の購入で各国を飛び回っている。確かに宝飾に使えそうな透明な綺麗な石だったらしいから何か知っているかもしれない。その道の者しか知らない噂話もあるかだろう。聞いてみる価値はある。
「疑わしいのは神殿関係者」
私もそう思うが疑わしい者は離宮に近づかないようにしてあるがそれでも完璧とはいかない。
「心当たりはあるのか?」
「タルカ司祭が消息不明らしい」
紫。紫の髪と瞳を持つタルカ司祭。最年少で神殿の最高位である司祭の座に着いている。ソナタ山にある本殿から滅多に出ることがなく、容姿しか知られていない。老害といえる高位神官たちと折り合いが悪く監禁されているという噂もある。どうやらその監禁場所に姿がなく、息子神と同じく秘密裏に神殿側が探しているらしい。
「怪しいが…」
「色だけだからな」
「………」
「アンタイル?」
「滅亡の王子、と言っていたのだな」
そうだ。それは私もはっきりと聞いた。
「はっきりと繰り返しの時を覚えているのは、レオン、お前と息子神擬き」
そのはずだがそうではないことが分かった。
「その紫の石を仕掛けた者もお前が何度もこの世界を壊したことを知っている…」
そうなる。その者が最初から分かっていたのか、それとも思い出したのかは分からないが…。
「……、マリークライスは?」
「マリークライスはこの世界は遊戯の世界だと思っていた。繰り返しているのも思い通りの結末になるために自分が遊戯を最初から始めているからと」
アンタイルは納得したように頷いている。
「やはりそうか…」
アンタイル、何か知っているのか?
アンタイルは胸から折り畳んだ紙を出すと机の上に広げた。それを見た瞬間衝撃が走った。
「ユインシキー家で聞いたことだ」
アンタイルの言葉が遠くに聞こえ、私はその紙を凝視した。
「エイプリルフール?」
なんだい、それは?
四月一日は嘘を吐いて良い日? 異世界では嘘を吐く日が決められているのかい?
「人を楽しくさせる嘘や悪戯をしてもいい日です」
彼女自身は嘘を吐いても絶対怒られない日だと思っていたらしい。けれど、″お兄ちゃん″からエイプリルフールでも人に迷惑をかける嘘は吐いてはいけないと教えられたらしい。
「四月一日は″わたぬき″とも読みます」
暖かくなって服の綿を抜く頃から、そう読むようになったらしい。
じゃあ、四月二日は″わたをぬいた″と読むのかい?




